↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したらみんなが恋人いる謎の世界だった。どうして私だけいないの。  作者: まやまや
転生したら男でした。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/164

90話 自宅に帰った

自宅に帰ってきた。


転生後のこの家も、やはり大きかった。


家があるのは、この国で三番目に大きな都市の近郊だった。


都市の中心部から少し離れた、静かな住宅地らしい。


けれど、自動運転車の窓から見える家々は、どれも前世の感覚なら十分すぎるほど立派だった。


広い庭。


二台、三台と車を置けそうな車庫。


隣の家との間には余裕があり、道路も広く、きれいに整備されている。


そして――。


自分の家が見えてきた。


「……でかくない?」


主人公は思わずつぶやいた。


敷地の周囲には低い塀が巡らされ、その向こうに二階建ての家が建っている。


家の前には庭があり、横には車庫。


さらに家の裏側にもかなりの空間があるようだった。


門から玄関までにも、それなりの距離がある。


「うちの土地って、どのくらいあるの?」


主人公が尋ねると、母は何でもないことのように答えた。


「二百坪くらいよ」


「……二百坪?」


主人公は聞き返した。


前世の知識から、おおよその広さを頭の中で計算する。


六百六十平方メートルほど。


「いや、広いだろ!」


「そう?」


「そうだよ!」


母は不思議そうに首をかしげた。


「この辺では、それほど珍しくないわよ」


主人公は窓の外を見る。


確かに周囲の家も、それくらいの敷地がありそうだった。


都市部から少し離れているとはいえ、住宅地なのに土地の使い方が妙に贅沢だ。


「……この世界では、本当にみんな大きな家に住んでいるんだな」


「家族で暮らすなら、このくらい必要でしょう?」


「その基準が怖い」


前世だったら、二百坪の土地に一戸建てなど、かなり余裕のある家に入るはずだ。


だが、この世界では母にとって普通らしい。


車は門を通過した。


そこから敷地内の通路を十数メートルほど進み、玄関前で停止する。


車を降りる。


改めて家を見ると、やはり大きい。


ただ、二百坪すべてに建物が建っているわけではなかった。


建物そのものは敷地の半分よりずっと小さい。


残りは庭や車庫、通路として使われている。


そのため、家の周囲にはかなり余裕があった。


玄関前にも、小さな広場のような空間がある。


玄関の扉が静かに開いた。


家の中へ入った主人公は、玄関ホールに置かれている物を見て足を止めた。


退院祝いが、いくつか届いていた。


透明な保存容器に入った菓子。


果物の詰め合わせ。


光を調節すると葉の色が変わる観賞植物。


花束。


衣服の入った箱。


数はそれほど多くない。


六つか七つほどだった。


むしろ、広い玄関ホールの隅にきれいにまとめられていた。


しかし――。


問題は数ではなかった。


主人公は一つ目の電子タグを見る。


送り主。


女性。


二つ目。


女性。


三つ目。


女性。


四つ目。


女性。


主人公は黙った。


そして最初からもう一度確認した。


女性。


女性。


女性。


女性。


やっぱり女性。


「……男性からは?」


「ないわね」


母はあっさり答えた。


「一つも?」


「全部、女性からよ」


主人公は静かに方向転換した。


そのまま玄関の扉へ向かう。


母が呼び止めた。


「どこへ行くの?」


「病院」


「もう退院したでしょう」


「新しい症状が出た」


「どんな症状?」


主人公は真顔で答えた。


「女性からの好意を見ると逃げたくなる」


「そんな病気あるの?」


「今できた」


その横で、弟が観賞植物の電子タグを操作した。


すると空中に若い女性の動画が表示された。


『退院おめでとうございます。また元気な顔を見せてくださいね』


主人公は素早く弟の手を止めた。


「勝手に再生しないでくれ」


「普通のメッセージじゃん」


「普通すぎるから逆に怖いんだ」


「意味分かんない」


弟は首をかしげた。


主人公は次の贈り物を見る。


電子タグにはメッセージも残されていた。


『体調が戻ったら、一緒に食事へ行きましょう。そしていいことしましょう』


主人公は固まった。


「待て」


もう一度読む。


やはり同じだ。


「いいことって何だ」


「何か楽しいことじゃない?」


弟が答える。


「その曖昧さが怖いんだよ!」


さらに別の品。


『退院したと聞いて安心しました。明日、会えますよね? 大好きです♡』


主人公は首をかしげた。


「最後の人、質問の形をしているけど断る選択肢がないぞ」


母は衣服の入ったケースを持ち上げた。


「これはサイズもぴったりね」


「なぜ私の服のサイズを知っている」


「昔からの知り合いなんじゃない?」


「記憶がないから、相手との距離感がまったく分からないんだよ」


主人公は改めて、並べられた退院祝いを眺めた。


たった六つか七つ。


それでも怖かった。


全員が主人公のことを知っている。


全員が主人公の退院日を知っている。


全員が女性。


そして主人公は、その誰一人として覚えていない。


前世では敵が誰なのか分かっていた。


巨大な宇宙船が空に浮かんでいれば、迷わず警戒できた。


魔物が襲ってくれば戦えばいい。


しかし、今は違う。


笑顔で菓子や果物を贈ってくる女性たちを、敵と呼ぶわけにはいかない。


だからこそ怖かった。


そのときだった。


玄関の呼び出し音が鳴った。


ピンポーン。


主人公の肩が跳ねる。


「……まさか」


弟が壁の画面を操作する。


門の前に、若い女性が一人立っていた。


両手で保冷容器を抱えている。


「兄ちゃんに会いに来たみたい」


「今日は誰とも会わない」


「もうカメラに向かって手を振ってるよ」


画面の中で女性が笑顔で手を振っている。


主人公は壁際へ移動した。


「向こうからは私が見えてないよな?」


「門のカメラから家の中は見えないよ」


「よかった……」


主人公は胸をなで下ろした。


二百坪も土地があるのだ。


門と玄関の間には距離がある。


これなら外から家の中までは見えない。


そう思った直後。


画面の女性が言った。


『二階の窓のところにいるの、見えていますよ』


主人公は反射的に上を見る。


どうやら二階の大きな窓際に立っていたらしい。


主人公は全力で窓から離れた。


「見えてるじゃないか!」


「土地が広くても家が見えなくなるわけじゃないよ」


弟が冷静に言う。


「もっと木を植えてくれ!」


女性は笑顔で、もう一度手を振った。


母が玄関へ向かう。


「せっかく来てくれたんだから、少しだけ会えば?」


「病み上がりなんだけど」


「だから退院祝いに来たんでしょう」


「理屈が正しすぎて逃げられない」


母が玄関を出て、敷地の門を開ける。


女性は庭を通り、玄関まで歩いてきた。


その間、主人公は逃げ道を探していた。


裏口。


庭。


車庫。


二階。


二百坪も土地があるのだから、逃げる場所はいくらでもある。


だが――。


「逃げたら余計に怪しいよ」


弟に言われた。


「ぐっ……!」


広い土地がまったく役に立たない。


しばらくして玄関の扉が開いた。


女性は主人公を見ると、うれしそうに笑った。


「退院おめでとうございます」


「あ、ありがとうございます……」


「直接、顔を見て渡したかったので」


そう言って、女性は保冷容器を差し出した。


「あなたの好きなお菓子を作りました」


主人公は受け取る。


「私の好きなお菓子を知っているんですか?」


「もちろんです」


「私たち、そんなに親しかったんですか?」


女性は少し驚いた顔をした。


そして、やさしく微笑んだ。


「私は、そう思っています」


主人公は固まった。


私は。


その一言だけが妙に強く聞こえた。


つまり――。


相手は親しいと思っている。


だが、自分がどう思っていたのかは分からない。


記憶がない。


確認する方法もない。


怖い。


とても怖い。


女性は終始、穏やかな笑顔だった。


強引な態度ではない。


声を荒らげてもいない。


むしろ、とても感じのいい人だった。


だから余計に断りづらい。


数分ほど話したあと、女性を見送った。


玄関の扉が閉まる。


主人公はその場にしゃがみ込んだ。


「終わった……」


弟が言う。


「まだ一人だぞ」


主人公はゆっくり顔を上げた。


「今、何て?」


「退院祝いを直接持ってくるくらい普通じゃない?」


「この世界ではな」


ピンポーン。


再び呼び出し音が鳴った。


主人公は震えた。


弟が画面を見る。


「また女の人だ」


「二人目!?」


門の前には、別の女性が立っていた。


今度は大きな果物の容器を持っている。


主人公は階段を駆け上がった。


二百坪の土地。


広い庭。


大きな家。


それなのに、逃げ場所がない。


自分の部屋へ飛び込み、扉を閉める。


鍵をかける。


カチッ。


「これで安心だ……」


主人公は息を吐いた。


そう思った直後。


部屋の壁面画面が点灯した。


《新着メッセージが八件あります》


「……」


嫌な予感しかしない。


恐る恐る開く。


すべて女性からだった。


『退院おめでとう』


『今日は会えますか?』


『直接、お祝いを渡したいです』


『元気になったら遊びに行きましょう』


『今度、一緒に食事しませんか?』


そして。


『さっき別の女性が家から出てきましたが、誰ですか?』


主人公は最後のメッセージを二度見した。


「……なんで知ってる?」


数秒考える。


そして気づいた。


この家の周囲には、広い庭がある。


道路から玄関までは距離がある。


だが、門から出てくる人間は普通に道路から見える。


つまり――。


「二百坪あってもプライバシーは守れないのか!」


ベッドへ倒れ込む。


退院祝いは、いくつかだけだった。


訪ねてきた女性も、まだ数人だけだった。


敷地は二百坪もある。


家も広い。


庭も広い。


それなのに主人公には、自分の居場所がどんどん狭くなっていくように感じられた。


転生後の私は、どうやらかなり女性にモテていたらしい。


普通なら喜ぶところなのかもしれない。


しかし、記憶のない主人公からすれば、知らない女性たちが自分の好みや退院日や交友関係まで把握しているのである。


怖くないはずがなかった。


前世では宇宙人と戦った。


巨大な宇宙船にも立ち向かった。


命を懸けて戦ったことさえある。


それでも今の主人公は――。


ピンポーン。


一階から呼び出し音が響いただけで体を跳ねさせた。


直後、母の声が聞こえる。


「また女性が来たわよー!」


主人公は枕に顔を埋めた。


「二百坪もあるなら、どこかに隠し部屋くらい作っておいてくれ!」


弟の声が一階から返ってきた。


「物置ならあるよー!」


「そこに住む!」


「本気!?」


主人公はベッドの上で頭を抱えた。


「……モテるって、こんなに怖いものだったのか」


退院初日。


二百坪の広い土地と、大きな家。


前世なら羨ましく思ったかもしれない。


しかし今の主人公が一番欲しいものは――。


広い庭でも。


大きな部屋でも。


立派な車庫でもなかった。


誰も訪ねてこない、静かな一日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。