88話 転生したら男の子だった。
主人公は、ゆっくりと意識を取り戻した。
まぶたを開くと、見知らぬ人たちがベッドを囲んでいた。
三十五歳前後に見える男女と、小学五年生くらいの男の子。そして、背が高く、見た目は十六、七歳ほどに見える女の子。
「目を覚ました!」
女の子が声を上げた瞬間、その場にいた全員の表情が一気に明るくなった。
女性は目に涙を浮かべ、男性はほっとしたように大きく息を吐く。男の子も嬉しそうにベッドへ駆け寄ってきた。。
女性は目に涙を浮かべ、男性は安心したように大きく息を吐く。小学生の男の子も、うれしそうにベッドへ駆け寄ってきた。
女の子は主人公の手を強く握りしめた。
「よかった……本当によかった……」
泣きながら、何度もそう繰り返している。
どうやら主人公は、かなり長い間、意識を失っていたらしい。
だが――主人公には、それとは別の記憶があった。
たしか私は、あのあと意識を失って……。
そこから先の記憶がない。
そして今、自分は見知らぬ人間の身体で、見知らぬ家族に囲まれている。
――ということは。
私、あのあと死んだのか?
それとも、殺された?
そのあと、また別の人間に生まれ変わった?
身体を動かそうとした瞬間、全身に違和感を覚えた。
腕も脚も以前より長い。
身体つきも違う。
そして何より、布団の中から感じる決定的な違和感があった。
前世にはなかったものが、股間についている。
――男だ。
どうやら今度は、男の子に生まれ変わったらしい。
もちろん驚きはした。
だが、前世でも似たような経験をしている。
まったく別人の身体で目を覚ますという異常事態にも、多少は慣れてしまっていた。
さらに頭の中を探ってみると、この身体の持ち主だった少年の記憶が、ほんのわずかに残っていることに気づいた。
自分の年齢。
家族のこと。
学校へ通っていたこと。
そうした基本的な情報だけは、ぼんやりと分かる。
主人公は十三歳。
この春、中学校へ入学したばかりの中学一年生らしい。
しかし、それ以上の記憶には濃い霧がかかっていた。
学校生活のことも、友人のことも、詳しくは思い出せない。
主人公は恐る恐る、今日の日付を尋ねた。
そして、教えられた日付を聞いて、さらに驚いた。
前世で死んでから、まだ数か月しか経っていなかったのだ。
季節は春。
つまり、まったく別の時代へ飛ばされたわけではない。
前世と同じ世界の、少し先の時間に転生したらしい。
とはいえ、
「実は一度死んで、別人として生まれ変わりました」
などと正直に言えるはずもない。
主人公は、前世と同じ方法を取ることにした。
――記憶喪失ということにしよう。
「すみません……」
主人公は周囲の四人を見回した。
「皆さんが誰なのか、よく分かりません」
その瞬間。
四人の表情が凍りついた。
女性は口元を押さえ、男性は言葉を失う。
小学生の男の子も、不安そうな顔で主人公を見つめた。
そして、ずっと手を握っていた女の子の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「私のことも……覚えてないの?」
震える声で尋ねられる。
主人公は記憶を探った。
だが、やはり何も浮かんでこない。
申し訳ないと思いながら、小さくうなずいた。
すると女の子はうつむき、その場で泣き始めた。
その後、主人公は医師の診察を受けた。
身体そのものには大きな異常はなく、長く意識を失っていた影響で、一時的に記憶が混乱している可能性があるという。
診察が終わると、四人は改めて自分たちのことを説明してくれた。
三十五歳前後に見えた男女は、この身体の両親。
小学生くらいの男の子は、年の離れた弟だった。
そして――。
主人公が姉だと思っていた女の子は、家族ではなかった。
主人公と同じ中学一年生。
しかも、小学生のころから付き合っている彼女だという。
「……彼女?」
主人公は思わず聞き返した。
かなり背が高く、大人っぽく見える。
「十三歳?」
「うん。中学一年生」
主人公は改めて彼女を見た。とても同い年には見えなかった。
しかも彼女は、主人公が意識を失っている間、ほとんど毎日のように病院へ通っていたらしい。
両親とも非常に仲がよく、すでに家族同然の付き合いをしているという。
主人公は泣いている彼女を見た。
そこまで自分のことを心配してくれていたのだと思うと、申し訳ない気持ちになる。
しかし――。
俺には、まったく実感がない。
知らない女の子から突然、
「あなたの彼女です」
と言われたようなものだった。
しばらくして、主人公は洗面所へ案内された。
そこで初めて、今の自分の顔を確認することになった。
鏡の前に立つ。
「……」
そこに映っていたのは、当然ながら見知らぬ少年だった。
整った顔立ち。
すっと通った高い鼻。
少し長めの黒髪。
病み上がりのせいで顔色こそ悪かったが、それでも十分すぎるほど目立つ容姿をしていた。
どう見ても――美男子だった。
しかも、背もそれなりに高い。
普通なら、喜ぶところなのかもしれない。
だが主人公は、しばらく鏡の中の自分を見つめたまま動けなかった。
そして――。
「…………」
背中を、冷たい汗が流れた。
前世の経験から、嫌というほど学んでいる。
こういう、妙に条件のいい身体に生まれ変わったときは――。
たいてい、とんでもなく面倒な事情がついてくる。
中学一年生。
高身長。
美男子。
そして、すでに彼女持ち。
条件だけを見れば、恵まれているようにしか思えない。
だが、それがかえって不気味だった。
主人公は鏡の中の自分を見つめながら、胸の奥にじわじわと広がっていく不安を感じていた。
――ものすごく嫌な予感がする。
今度の人生も、どうやら平穏には終わってくれそうになかった。




