87話 楽園(5)
主人公と夫は、工場の近くにある建物へ連れていかれた。
建物の中に入ると、二人は別々の浴室へ案内された。
主人公は服を脱がされ、温かい湯の中で髪や身体を丁寧に洗われた。
乱暴な扱いではなかった。
むしろ、不自然なほど丁寧だった。
風呂から出ると、飾りのない白いワンピースへ着替えさせられた。
「これから、どこへ行くんですか?」
主人公が尋ねても、魔物たちは何も答えなかった。
その後、別の部屋へ移され、あかすりと全身のマッサージを受けた。
長い間、楽園のような場所で暮らしていたためか、身体には知らず知らずのうちに疲れがたまっていた。
筋肉をゆっくりともみほぐされるうちに、主人公の身体から力が抜けていった。
部屋の中には、甘い香りが漂っていた。
「……何、この匂い……」
まぶたが重くなる。
頭もぼんやりしてきた。
主人公は身体を起こそうとしたが、力が入らなかった。
「だんなは……?」
そう尋ねようとしたが、声がうまく出ない。
やがて視界が暗くなり、主人公はそのまま深い眠りへ落ちていった。
――どれほど時間が過ぎたのか。
かすかな振動を感じ、主人公は目を覚ました。
頭が重い。
身体にもほとんど力が入らなかった。
ぼやけた視界の中で、天井の照明が一つずつ後ろへ流れていく。
主人公は金属製の台車に寝かされていた。
両手と両足には細いベルトが巻かれ、白いワンピースの上には薄い布がかけられている。
左右では、白い作業服を着た魔物たちが無言で台車を押していた。
少し離れた場所にも、同じような台車がいくつも並んでいる。
その一つに、夫が寝かされていた。
「あなた……」
声を出したつもりだった。
しかし、漏れたのはかすかな息だけだった。
夫は目を閉じたまま動かない。
台車は、金属で囲まれた長い通路を進んでいった。
奥からは、巨大な機械が動くような低い音が響いている。
ガタン。
台車が揺れる。
主人公はわずかに顔を横へ向けた。
通路の先に、大きな扉が見えた。
その上には、見覚えのある印があった。
一年間、塀の中から何度も眺めていた巨大な建物。
立ち入り禁止区域にあった――あの工場。
「……いや……」
主人公はようやく理解した。
自分たちは今、工場へ運ばれている。
「やめて……」
必死に身体を動かそうとする。
だが、指先がわずかに震えるだけだった。
魔物の一人が主人公を見た。
「意識が戻っています」
「問題ない。すぐに眠る」
別の魔物が淡々と答えた。
やがて、大きな扉がゆっくりと開いた。
主人公は夫のほうへ目を向けた。
「あなた……」
返事はない。
主人公は必死に目を開けていようとした。
しかし、再び意識が遠のいていく。
そして主人公は、再び意識が深い闇へと沈んでいった。




