85話 楽園(3)
主人公は夜、巨大な工場へ忍び込んだ。
工場の周囲は、高い金網フェンスで囲まれていた。
しかし、一か所だけ錆びついて脆くなっている部分があった。主人公が金網を慎重に持ち上げると、人ひとりが通れるほどの隙間ができた。
主人公は地面に伏せ、服を泥で汚しながら、その隙間をくぐり抜けた。
工場への入口は、正面にある大きな門だけのようだった。
門の前には何人もの警備員が立ち、強い照明が周囲を照らしている。さらに、複数の監視カメラが絶えず左右に動いていた。
正面から侵入するのは、どう考えても不可能だった。
主人公は建物の壁に沿って進み、ほかに中へ入れそうな場所がないか探していく。
そのときだった。
工場の中から、楽しそうな話し声が聞こえてきた。
主人公は足を止め、積み上げられた荷物の陰に身を隠した。
「ボスって最高だよな」
「ああ。俺たちのことをいつも考えてくれてる」
「住みやすい場所も用意してくれたし、食べ物だって安定して手に入る」
「昔は食べ物に困ることも多かったからな」
「今じゃ毎日、うまいものを腹いっぱい食べられる。昔じゃ考えられない生活だよ」
何人かが楽しそうに笑った。
「そういえば、最近の食事、前よりうまくなってないか?」
「ああ。生産方法を変えたらしいぞ」
「育て方を工夫したら、味がかなりよくなったって聞いた」
「加工方法も変えたらしいな」
「それだけじゃないぞ。加工したあと、しばらく寝かせるようになったらしい」
「寝かせる?」
「ああ。そうすると、柔らかくなって、味もよくなるんだとさ」
「なるほど。だから最近のは、あんなに柔らかいのか」
「さすがボスだよな。食事のことまでちゃんと考えてくれてる」
その言葉に、周囲から同意する声が上がった。
「ボスがいなかったら、こんな楽園みたいな暮らしはできなかったもんな」
「俺はボスのためなら死ねるぞ!」
「俺もだ!」
「ボス万歳!」
「ボス万歳!」
何人もの声が重なった。
魔物たちは何度も「ボス」と口にしながら、心の底から楽しそうに笑っている。
主人公が気になったのは、彼らのボスに対する異常なまでの忠誠心だった。
彼らにとってボスは、単なる支配者ではない。
住む場所を与え、安定した食料を与え、豊かな生活を与えてくれた存在なのだ。
だからこそ、心の底から崇拝しているのだろう。
主人公は魔物たちに気づかれないよう、足音を殺しながらその場を離れた。
そして再び、工場の中へ入るための別の入口を探し始めた。
建物の周囲を慎重に一周してみたが、裏口や非常口のようなものも見つからない。
あるのは、厳重に警備された正面の門だけだった。
主人公はしばらく物陰から工場を見つめていたが、このまま無理に侵入すれば、警備員や監視カメラに見つかる可能性が高い。
「……今日は無理か」
悔しさを押し殺しながら、小さくつぶやいた。
主人公はそう判断し、侵入を諦めることにした。
そして、来たときと同じように金網の隙間をくぐり、誰にも気づかれないまま工場をあとにした。




