84話 楽園(2)
神の世界は、まさに楽園だった。
出される食事は、驚くほどおいしかった。
朝食には、焼きたてのパンや卵料理などが並ぶ。
昼食には、かつ丼や天丼といった丼ものをはじめ、カレーライスなど、主食を中心とした料理が用意された。
夕食には、肉や魚を使った豪華な料理が並び、食後にはデザートまで付いてくる。
苦手な食べ物があれば、別の料理に交換してもらうこともできた。
さらに、食堂にはライブキッチンまであり、ラーメン、パスタ、チャーハン、寿司、うどん、そばなどを目の前で調理してもらえる。
ほかにも、炊きたてのご飯や焼きおにぎり、パン、リゾット、パエリア、お好み焼きなど、米や小麦を使ったさまざまな料理が、出来たての状態で提供されていた。
しかも、ご飯やパン、麺類などの一部の料理はおかわり自由だった。
ただし、肉や魚を使ったメイン料理などは、基本的におかわりすることができない。
前日までにリクエストしておけば、希望した料理を用意してもらうこともできた。
もちろん、料理によっては準備に数日かかるものもある。
特に高級食材を使った料理などは、頼んだからといってすぐに用意してもらえるわけではなかった。
それでも、できる限りこちらの要望に応えようとしてくれているようだった。
「明日はハンバーグが食べたい」
そう伝えておけば、翌日の食事にはきちんとハンバーグが出てくる。
その程度のリクエストであれば、ほとんどの場合は応えてもらえた。
デザートにも、おかわり自由のものが用意されていた。
パンケーキやホットケーキ、フレンチトースト、クレープ、ケーキといった洋菓子だけでなく、おはぎ、大福、みたらし団子などの和菓子まで、実にさまざまな種類がそろっている。
それどころか、少しでも皿が空いていると、
「ご飯、おかわりはいかがですか?」
「パンもまだありますよ」
と、職員のほうからすぐに勧めてくるほどだった。
お菓子も好きなだけもらうことができた。
ポテトチップス、クッキー、ビスケット、ラスク、ポップコーン、コーンスナック、パイ菓子、せんべい、おかき、あられなど、種類も豊富だった。
「こんな生活を続けていたら、少し太ってしまいそうだな……」
実際、周囲を見渡すと、ぽっちゃりした体形の人が多かった。
ここへ来たばかりのころは痩せていたという人も、数か月もすれば見違えるほど丸くなっていた。
その一方で、健康に悪いとされるものには妙に厳しかった。
たとえば、たばこは完全に禁止されている。物理的に手に入らなかった。
売店にも自動販売機にも置かれておらず、外から持ち込むこともできない。そもそも神の世界へ来る際、私物はすべて預けさせられるため、隠して持ってくることも不可能だった。
長年たばこを吸っていた者のために、禁煙プログラムまで用意されている。
「はぁ……たばこ吸いてえ……」
食堂では、一人の男性が机に突っ伏して嘆いていた。
「一本でいいんだよ……一本だけ……」
「ここじゃ、どこを探してもないらしいですよ」
「分かってるよ。だからつらいんだろ……」
食事はいくらでも食べられる。デザートもおかわり自由。
なのに、たばこだけは一本たりとも手に入らない。
職員によれば、健康を守るためらしい。
主人公はその説明を聞いたとき、それほど深く考えなかった。
だが、この場所には奇妙な噂があった。
「ここに来た人は、だいたい一年くらいでいなくなるらしいよ」
誰かが小声でそう話していた。
いなくなった人がどこへ行ったのか、知っている者はいない。職員に尋ねても、
「神様に選ばれて、さらに素晴らしい場所へ移ったのです」
と笑顔で答えるだけだった。
だが、その場所から戻ってきた人は一人もいなかった。
この塀の内側であれば、基本的には自由に歩き回ることができた。
ただし、北側には立ち入り禁止区域があった。
金網と監視カメラに囲まれ、入口には警備員が立っている。案内板には、大きな赤い文字で書かれていた。
『関係者以外立入禁止』
その向こうには、巨大な工場のような建物が見えた。
太い煙突が何本も立ち、昼夜を問わず低い機械音が響いている。ときどき大型の無人車両が建物の中へ入っていったが、何を運んでいるのかは分からなかった。
ある夜、主人公は窓から工場を眺めていた。
翌朝、食堂へ行くと、いつも隣で食事をしていた男性の姿がなかった。
「昨日まで元気だったのに……」
職員に尋ねると、いつもの笑顔で答えた。
「昨夜、神様に選ばれました」
主人公は北側の工場を見た。
あの場所には、何かがある。
ここは楽園などではない。
おいしい食事。快適な部屋。
好きなだけ食べさせる一方で、たばこだけは徹底的に禁止し、健康管理まで行う生活。
――もしかすると、そのすべてに理由があるのではないか。
主人公の胸に、嫌な予感が広がっていった。
その日の夜。
主人公は、立ち入り禁止区域へ忍び込むことを決めた。




