76話 この世界の歴史(4)
主人公たちが呆然と本棚を眺めていると、お父さんが静かに口を開いた。
「うちの家系は、かつてレジスタンスに加わっていたと伝えられている」
「レジスタンス……?」
お兄さんが聞き返した。
「宇宙人に抵抗していた人たちだ。だが、武器を持って戦うことはできなかった。抵抗組織はすぐに発見され、ほとんどが処分されたからな」
お父さんは、古びた本の背表紙をそっとなぞった。
「生き残った者たちにできたのは、こうして本や記録を隠すことだけだった」
地下室には、歴史書だけでなく、小説や図鑑、新聞、日記らしきものまで保存されていた。
人類がどのように暮らしていたのか。
どのような国や文化が存在していたのか。
宇宙人が消そうとした過去の記録が、ここには残されている。
「でも、どうしてスマホを置いてくるように言ったの?」
主人公が尋ねると、お父さんの表情がさらに険しくなった。
「この世界にある電子機器には、すべて盗聴や監視のための機能が組み込まれている」
「全部?」
弟が自分の手を見ながら、不安そうに言った。
「ああ。スマホもタブレットも、家の中にある機械もだ。集められた会話や行動の記録は、AIによって分析される。そして、宇宙人に反抗する可能性があると判断された人間は、危険人物として処分される」
主人公たちは言葉を失った。
「昔は、本を山や地下に隠そうとした者も大勢いた。だが、その多くは発見された。隠した者も、その家族も処分されたと記録に残っている」
「だったら、ここも危ないんじゃないのか?」
お兄さんが周囲を見回した。
「絶対に安全とは言えない。だから今日まで、お前たちにも教えなかった」
お父さんは私たち一人一人の顔を見た。
「だが、もう時間がない」
その言葉に、地下室の空気が一段と重くなった。
「お前たちには、この世界の本当の歴史を後世に残してほしい。そして、この世界に隠されている謎を解明してほしいんだ」
「どうして、僕たちが……」
弟の声が震えていた。
お父さんは少し間を置いてから、信じられないことを口にした。
「お父さんとお母さんは、まもなく“神のいる世界”へ行くことになっている」
「えっ……」
主人公の手から、持っていた本が落ちそうになった。
神のいる世界。
この国では、一定の条件を満たした大人が招かれる、何不自由なく暮らせる理想郷だと教えられている場所だった。
「そんな……。それって、選ばれた人が行ける幸せな場所じゃないの?」
「国はそう説明している。だが、私は違うと思っている」
お父さんは首を横に振った。
「おそらく、そこには宇宙人がいる」
「じゃあ、神様って……」
「宇宙人のことなのかもしれない」
誰も何も言えなかった。
旅行へ行くような軽い気持ちで家を出てきたのに、突然、この世界の根底を覆す話を聞かされている。
「逃げればいいだろ」
お兄さんが言った。
「お父さんとお母さんも、ここに隠れればいい。町から離れて暮らせば――」
「それはできない」
お父さんは右手を上げた。
手のひらには、買い物や身分確認に使われる決済用のチップが埋め込まれている。
「このチップには、おそらく位置を特定する機能がある。どこへ逃げても、すぐに発見されるだろう」
「それなら、チップを取り出せば……」
「取り出すには、手を傷つけるしかない。それに、たとえ取り出せたとしても、この世界ではチップがなければ何も買えない」
食料も水も買えない。
電車にも乗れない。
病院にも行けない。
建物に入ることさえできない。
「人里離れた場所で自給自足する方法も考えた。だが、片手が使えない状態で、何年も生活を続けるのはほとんど不可能だ。それに、空から監視されている可能性もある」
お父さんは悔しそうに手を握り締めた。
「私たちは、この社会の中から完全には逃げられないようにされているんだ」
地下室に沈黙が広がった。
お兄さんは何かを言おうとして、口を閉じた。
弟は状況を理解できないように、その場に立ち尽くしている。
主人公も頭の中が真っ白になっていた。
「だから頼む」
お父さんは深く頭を下げた。
「ここにある記録を守ってくれ。この世界の本当の歴史を、次の世代へ残してくれ」
「お父さん……」
「宇宙人は、なぜ人類を完全に滅ぼさなかったのか。なぜ結婚や出産を強制しているのか。“神のいる世界”へ連れていかれた人々はどうなったのか。そして、二百年前に戦った五人の少女は何者だったのか」
お父さんは顔を上げた。
その目には、強い決意と悲しみが浮かんでいた。
「その答えを、お前たちに見つけてほしい」
旅行だと思っていた。
少し変わった家族の探検だと思っていた。
それなのに私たちは今、人類の消された歴史と、あまりにも重い使命を託されていた。
誰一人、すぐには返事ができなかった。
ただ、古びた本に囲まれた地下室で、呆然とお父さんを見つめていた。




