75話 この世界の歴史(3)
レジスタンスが崩壊したあと、宇宙人は新たな命令を下した。
――地球上に存在するすべての建物を解体し、我々の指示どおりに造り直せ。
その命令によって、人類が何百年、何千年もの歳月をかけて築いてきた町は、次々と姿を消していった。
古い家。
学校。
病院。
寺院や教会。
城や遺跡。
歴史的な建造物であっても、例外は認められなかった。
人々が抵抗すれば、上空に浮かぶ宇宙船から容赦なく攻撃される。
そのため各国の政府は、住民を守るため、自らの手で町を解体するしかなかった。
やがて、世界中の景色は一変した。
そして宇宙人の指示のもと、新しい町が造られていった。
ただし、すべての国が同じ町並みになったわけではない。
新しく建てられる建物には、それぞれの国や地域が持っていた文化がある程度反映されていた。
町はきっちりと区画整理され、住宅地、学校、病院、工場、商業施設などが、あらかじめ決められた場所に整然と配置された。
道路も広く、まっすぐに整備された。
さらに、寺院や城、歴史的建造物の一部は、一度解体されたあと、宇宙人が指定した場所へ移築・復元された。
かつての文化そのものを完全に消し去ったわけではない。
むしろ、文化的な建物だけを「保存された過去」として、決められた場所に並べ直したのだ。
一見すれば、新しい町は美しかった。
道路にはごみひとつ落ちておらず、建物は整然と並び、公園や公共施設も計画的に配置されている。
しかし――。
そこには、人間が自由に町を造る余地など残されていなかった。
どこに住宅を建てるのか。
どこに学校を造るのか。
どの建物を残し、どの文化を再現するのか。
そのすべてを決めるのは、人間ではなく宇宙人だった。
そして、宇宙人が作り替えたのは、町だけではなかった。
次に下された命令は、さらに恐ろしいものだった。
――人類の過去を記録したものを、すべて破棄せよ。
歴史書。
新聞。
手紙。
日記。
写真。
紙の本。
地図。
絵画。
家族の記録。
人々の記憶につながるものは、ありとあらゆるものが処分の対象となった。
各地から集められた大量の本や紙の資料は、町の広場へ運ばれた。
そして、人々の目の前で火をつけられた。
炎は夜空を赤く染め、黒い煙が空高く立ち上っていった。
何百年、何千年とかけて人類が残してきた記録が、次々と灰になっていく。
それは、単なる本や紙ではなかった。
そこに生きていた人々の記憶だった。
家族の思い出だった。
国の歴史だった。
人類が歩んできた証そのものだった。
だが、宇宙人はそれを容赦なく消し去った。
もちろん、処分されたのは紙だけではない。
コンピューターやスマートフォン、サーバーなどに保存されていた情報も徹底的に削除された。
宇宙人は地球上の通信網を完全に掌握し、自分たちに都合の悪い記録が残されていないか、何度も調査を行った。
個人が密かに保存していた写真。
古い映像。
過去のニュース。
家族の記録。
そうしたものまで見つけ出され、消されていった。
さらに――。
過去の歴史を語ることさえ禁止された。
親が子どもに昔の出来事を話すことも許されない。
「昔はこんな社会ではなかった」
「宇宙人が地球へ攻めてきた」
「私たちは戦争に負けたのだ」
そんな話をした者は捕らえられ、そのまま二度と戻ってこなかったという。
そのため、人々は次第に口を閉ざすようになった。
知っていても話さない。
子どもに聞かれても答えない。
そして年月が流れるにつれ、本当の歴史を知る者たちは一人、また一人と姿を消していった。
やがて、新しく生まれた子どもたちは何も知らなくなった。
かつて宇宙人が地球へ攻めてきたことも。
人類が宇宙人と戦ったことも。
レジスタンスが存在していたことも。
かつて、この世界には高齢者が大勢暮らしていたことも。
病気や障害を持つ人々が、ほかの人々と共に生活していたことも。
結婚するかどうかを、自分自身で自由に決めることができたことも。
そして――。
自分たち人類が、宇宙人によって支配されているという事実さえ知らなかった。
学校で教えられるのは、宇宙人によって作られた「新しい歴史」だけだった。
この社会は、はるか昔から続いている。
現在の制度は、人類がより幸せに暮らすために作られた。
今の生活こそが、人類にとって最も正しい社会の形である。
子どもたちは、それを当たり前の事実として教え込まれた。
疑うための資料もない。
過去を知る人間もいない。
比較するものが何もないのだから、疑問を持つことすら難しかった。
そうして、偽りの歴史は少しずつ「真実」へと変わっていった。
それから、さらに長い年月が流れた。
いつしか、紙というもの自体が人々の生活から姿を消した。
本もない。
新聞もない。
手紙もない。
学校の教科書さえ、すべて電子化された。
あらゆる情報は端末や通信網の中に保存されるようになった。
便利ではあった。
だが同時に、それは宇宙人にとって都合のいい世界でもあった。
電子情報なら、いつでも消すことができる。
書き換えることもできる。
昨日まで存在していた記録を、最初から存在しなかったことにすることさえできる。
主人公は、手の中にある古びた本を見つめた。
茶色く変色した紙。
ところどころ傷んだページ。
かすかに残るインクの匂い。
これほど古い本が、どうして今まで見つからなかったのだろう。
いや――。
もしかすると。
主人公は震える指で、ゆっくりとページをめくった。
ここにあるこの本だけが、奇跡的に処分を免れたのかもしれない。
人類から消し去られた、本当の歴史。
宇宙人が最も隠したかった過去。
そして、今では誰も知らなくなった真実。
この古びた一冊こそが――。
消された人類の歴史を伝える、最後の本なのかもしれなかった。




