72話 お父さんに旅行に誘われた。
ある日、お父さんから突然、旅行に行こうと誘われた。
一緒に行くのは、お父さんとお兄さん、それから弟だった。
「お母さんは行かないの?」
そう尋ねると、お父さんは少し考えてから答えた。
「今回は4人だけで行く。ちょっとした探検みたいなものだ」
さらに、出発前には妙なことを言われた。
「携帯とタブレットは家に置いていけ」
「どうして?」
「旅行中くらい、電子機器から離れたほうがいいだろう」
そう説明されたものの、お父さんの表情はどこか真剣だった。
お兄さんも弟も不思議そうにしていたが、結局、言われたとおり端末を家に置いていくことになった。
主人公たちはお父さんの車に乗り、町の外へ向かった。
車は一時間ほど走り続けた。
途中から建物は少なくなり、窓の外には森や荒れ地ばかりが広がっていた。
やがて車は、舗装された道路から外れた場所に止まった。
「ここからは歩くぞ」
車を降り、お父さんの後について細い道を進んだ。
「本当に旅行なのか?」
お兄さんが疑うように尋ねた。
「もう少しで着く」
お父さんはそれだけ答えた。
しばらく歩くと、木々に囲まれた場所に古びた建物が現れた。
壁はひび割れ、窓ガラスの多くが割れている。屋根の一部は崩れ、植物のつるが建物全体に絡みついていた。
今の町にある建物とは、形も造り方もまるで違う。
「こんな建物、まだ残っていたんだ……」
弟が驚いたようにつぶやいた。
お父さんは周囲を慎重に確認してから、壊れかけた扉を開けた。
中は暗く、床には木材や石の破片、倒れた棚などが散乱していた。
お父さんは部屋の奥まで進むと、大きな棚に手をかけた。
「みんな、手伝ってくれ」
主人公たちは壊れた家具や板を一つずつどかしていった。
最後に重い棚を移動させると、その下から金属製の扉が現れた。
お父さんが扉を持ち上げる。
その先には、地下へと続く階段があった。
「地下室?」
「足元に気をつけろ」
お父さんがライトをつけ、先頭に立って階段を下りていく。
お兄さん、私、弟の順で後に続いた。
階段を下りきった先には、広い部屋があった。
お父さんが壁のスイッチを押すと、古い照明が何度か点滅し、ゆっくりと地下室を照らした。
「うわ……」
目の前の光景に、全員が言葉を失った。
部屋には何列もの本棚が並び、そのすべてに大量の本が収められていた。
どの本も古びていた。
表紙は色あせ、紙は茶色く変色している。中には触れただけで崩れてしまいそうなものまであった。
少なく見積もっても、二百年以上前の本だと思われた。
「紙の本が、こんなに……」
この世界では、本も教科書も新聞も、すべて電子端末で読むものだった。
そもそも紙そのものを見る機会が一度もなかった。
主人公は近くの棚に並ぶ本を、一冊ずつ眺めていった。
そして、ある背表紙を見た瞬間、足が止まった。
「えっ……」
そこには、転生する前の世界で見たことのある本が置かれていた。
隣にも、その隣にもある。
前世で読んだ小説。
学校で使っていた教科書。
図書館に並んでいた図鑑。
名前だけ知っていた有名な作品。
見覚えのある本が、次々と目に入ってきた。
主人公は震える手で、そのうちの一冊を棚から取り出した。
題名も表紙の絵も、前世の記憶とまったく同じだった。
「どうして……」
思わず声が漏れる。
この世界は、前世とはまったく別の世界だと思っていた。
けれど、二百年以上前の本が、転生前の世界と同じ姿で残っている。
それが意味することは、一つしかなかった。
「ここって、もしかして……」
主人公はお父さんを見る。
お父さんは本棚を見つめたまま、重い口調で言った。
「ここにあるのは、宇宙人に消される前の人類の記録だ」
お兄さんも弟も、驚いた表情でお父さんを見ていた。
主人公は手にした本を強く握った。
この世界は別世界ではない。
主人公が生きていた時代から、二百年以上が過ぎた未来だったのだ。




