66話 医者になるためには
医者になるためには、まず医療高校を卒業し、その後、大学へ四年間通わなければならなかった。
看護師であれば、医療高校を卒業するだけで資格を得られる。しかし、医者を目指す場合は、さらに大学の入学試験に合格する必要があった。
もし試験に落ちれば、その時点で医者への道は閉ざされてしまう。
大学二年生になると、内科、外科、産婦人科、小児科など、専門分野ごとのコースに分かれる。
希望するコースを申請することはできたが、必ずしも希望どおりになるとは限らない。
配属先は、それまでの成績をもとに決められるからだ。
そして、四年間の授業と実習を終え、国家試験に合格すると、仮免許を持つ医者になることができる。
その後、一年間、研修医として病院で働き、十分な能力があると認められれば、ようやく正式な医者になることができた。
つまり、最短でも医療高校で三年、大学で四年、研修医として一年。
医者になるまでには、合計八年かかることになる。
もっとも、この国では教育に関する支援がかなり手厚かった。
医療高校はもちろん、大学の学費まで国が負担しており、学生本人が授業料を支払う必要はない。
教科書や実習に必要な器具についても、その多くが学校から支給されていた。
その制度を知ったとき、主人公は素直に驚いた。
――大学まで無料なのか。
ありがたい。
それは間違いなかった。
しかし、大学が無料だからといって、誰もが進学を希望するわけではなかった。
この国では、高校そのものが職業訓練の場として位置づけられている。
医療高校のほかにも、工業高校、商業高校、農業高校などがあり、生徒たちは卒業後すぐに働けるよう、三年間かけて専門的な知識と技術を身につける。
卒業後の仕事についても、国が本人の適性や希望を考慮したうえで用意してくれるため、就職先を見つけられずに困る者はほとんどいなかった。
そのため、大学へ進学する者は全体の一割ほどしかいない。
残りの九割は、高校を卒業するとそのまま働き始めるのが普通だった。
医療高校も例外ではない。
進路指導の時間、担任が教室で希望調査を行ったことがあった。
「大学への進学を希望している者はいるか?」
その問いかけに手を挙げたのは、主人公を含めて数人だけだった。
教室の大半を占める生徒たちは、すでに看護師や医療技師、薬剤助手などとして働くことを決めていた。
なかには、国から紹介された勤務先の資料を見ながら、どの病院を選ぶか相談している者もいた。
「四年も大学に通うより、早く働いたほうがよくない?」
隣の席の生徒から、主人公は不思議そうに尋ねられた。
「大学を出たって、給料がものすごく上がるわけじゃないし」
それが、この国では一般的な考え方らしい。
大学を卒業したからといって、生涯賃金が大きく増えるわけではない。国が職業ごとの待遇をある程度管理しているため、高卒と大卒の給与差はそれほど大きくなかった。
それなら、高校卒業後すぐに安定した仕事に就いたほうがいい。
大学でさらに何年も学ぶことに、魅力を感じない者が多いのも当然だった。
大学へ進学するのは、医者のように大卒資格が必要な職業を目指す者や、研究者などの高度な専門職を希望する者が中心だった。
主人公も、医者になるという目的がなければ、大学へ進もうとは思わなかったかもしれない。
とはいえ、医者になるまでには長い年月がかかる。
もし大学の学費まで自分たちで負担しなければならなかったら、家庭によっては医者を目指すこと自体が難しくなっていただろう。
前世では、医療大学に進学するには多額の費用がかかった。国立大学なら多少は安かったものの、私立大学ともなると学費は高額で、親が医者だったり、裕福な家庭だったりしなければ、なかなか通うことはできなかったからだ。
ただ、主人公は少しだけ不思議にも思った。
高校も無料。
大学も無料。
医療や子育てにも多くの支援がある。
そのうえ、高校を卒業した者には国が仕事まで用意してくれる。
――この国、ずいぶん手厚いんだな。
それだけだった。
主人公は経済や財政に詳しいわけではない。
国がどうやって予算をやりくりしているのかも、特に興味はなかった。
多少疑問には思ったものの、
――まあ、国がやっていけてるなら問題ないか。
そう考え、それ以上深く調べることはなかった。
今の主人公にとって重要なのは、国の財政ではなく、自分が医者になれるかどうかだった。
そして、努力のかいもあり、主人公は無事に大学の入学試験に合格した。
しかも、合格したのは今住んでいる場所から電車で通える近くの大学だった。
引っ越す必要もなく、彼とも離れずに済む。
さらに学費もかからない。
主人公にとっては、これ以上ない条件だった。
合格通知を見た瞬間、主人公はほっと息をついた。
「よかった……」
これでようやく、医者になるための本当の一歩を踏み出せるのだった。




