64話 初めて記念日デート
初めて記念日には、二人でホテルのディナーへ行くことになった。
以前、初めて子作りをした高級ホテルと比べれば、今回のホテルはずいぶん庶民的だった。それでも、二人で少しずつお金を出し合って予約した、大切な場所だった。
「こういうのもいいね」
きれいに盛りつけられた料理を前に、彼が笑う。
「うん。自分たちのお金で来たって感じがする」
豪華さでは負けていても、二人で選び、二人でお金を出して来たというだけで、主人公には十分特別なディナーに思えた。
食事を終えたあと、二人はそのままホテルの部屋へ向かった。
彼が先に扉を開ける。
「どうぞ」
「ありがとう……って、何これ?」
部屋に入った主人公は、思わず足を止めた。
ベッドの横に置かれたハンガーラックに、一着のセーラー服が掛けられていた。
しかも、見覚えがある。
中学生のころ、主人公が実際に着ていた制服だった。
「どうしてこれがここにあるの!?」
「お母さんに頼んで、譲ってもらった」
彼は悪びれる様子もなく答えた。
「勝手にもらったの!?」
どうやら母は、面白がってすぐに協力したらしい。
そういえば卒業式の翌日、制服が見当たらなくなって、どこへいったのだろうと探した記憶がある。
まさか、こんな日のために母が保管していたとは思わなかった。
この世界では、初めて記念日に、男性が女性へ好きな衣装を着てほしいとお願いする習慣があった。
もちろん、女性が嫌なら断ることもできる。
主人公は目の前の制服へ視線を戻した。
「それで、私にはセーラー服なの?」
「ごめん。でも、君の昔の制服、すごくかわいいと思ってたから」
「だったら最初から、セーラー服が好きって言ってよ」
彼は少し照れながら言った。
「……そういうこと真顔で言わないでよ」
主人公は制服を手に取る。
卒業してから、それほど長い年月が経ったわけではない。
それでも、今になってもう一度着るとなると、妙に恥ずかしかった。
「似合わなくても笑わないでよ」
「絶対に笑わない」
「本当に?」
「本当」
主人公は少し迷ったあと、制服を持って着替えに向かった。
そして数分後――。
「……どう?」
おそるおそる部屋へ戻る。
すると、彼は主人公を見たまま黙り込んでしまった。
「……何か言ってよ」
「…………」
「ちょっと!」
「いや……すごく似合ってる」
真剣な顔で言われたせいで、主人公のほうが恥ずかしくなった。
「そんな真顔で言わないで!」
主人公は顔を赤くしながらスカートの裾を整える。
すると彼が携帯を取り出した。
「写真、撮ってもいい?」
「一枚だけだからね」
「十枚」
「一枚」
「じゃあ五枚」
「なんで交渉するの!」
「三枚」
「減らせばいいって問題じゃない!」
結局――。
なんだかんだ言いながら、主人公は何枚も写真を撮られることになった。
初めて記念日は、高級ホテルでもなければ、豪華なプレゼントが用意されていたわけでもなかった。
けれど、二人でお金を出して食べたディナーも、中学時代の制服を着て笑い合った時間も、主人公にとって忘れられない思い出になった。
後日。
主人公は何気なく、母に父のことを聞いてみた。
すると母は、懐かしそうに笑いながら答えた。
「お父さんね、私が初めての日に着ていた服が、昔から特にお気に入りなのよ」
「…………」
主人公は固まった。
聞かなければよかった。
母は気にせず話を続ける。
「だから初めて記念日にも、『もう一回あの服を着てほしい』ってお願いされてね。そのために私、頑張ってダイエットしたのよ」
「もういい! そこまで聞いてない!」
主人公は真っ赤になって母の話を遮った。
「……そんなこと、子どもの前で言うなよ」
両親の仲がいいのは喜ばしい。
喜ばしいのだが――。
娘としては、知りたくないことまで知ってしまった気がする。
主人公はしばらく、父の顔をまともに見られそうになかった。




