63話 高校生活
高校の授業料は無料だった。
高校へ通うための生活費も、国から毎月支給された。
金額は、転生前の世界でいう年金と同じくらい。
高校生に年金並みの収入。
――待って。私はいつから老後を迎えたの?
しかも、授業に関する教材費や医療費などはほとんど国が負担してくれるため、生活に困ることは一切なかった。
この世界、高校生への福利厚生が手厚すぎる。
転生前の主人公が聞いたら、全力で移住を希望するだろう。まあ、もう転生しているけど。
彼氏との生活を始めるにあたり、主人公たちは食事について話し合った。
「食事は、それぞれ学校で食べることにしよう」
主人公がそう提案すると、彼氏は少しだけ残念そうな顔をした。
どうやら彼は、主人公に家庭高校へ進学してほしかったらしい。
「家庭高校なら、料理を本格的に習えるんだよ。卒業するころには、プロ級の腕前になるらしいし」
「なるほど」
つまり主人公の将来を心配していたわけではない。
おいしいご飯を毎日作ってもらいたかっただけである。
「それって、私の進路じゃなくて、あなたの食生活のためだよね?」
「そんなことは……少ししか考えてない」
「少しは考えてたんかい!」
しかも家庭高校は、料理だけでなく、掃除、洗濯、裁縫、栄養管理まで徹底的に学ぶ学校だった。
卒業生の中には、一流レストランで働く人も多いという。
そこまで聞くと確かに魅力的ではある。
ただし、主人公が目指しているのは医療の道だ。
「医療学校に行くからね」
「やっぱり?」
「やっぱりって何! 最初からその予定だよ!」
彼氏は、目に見えて肩を落とした。
そんなに私の手料理が食べたかったのか。
まだ一度も作ったことがないのに、期待値だけが高すぎる。
幸い、主人公の通う高校には大きな食堂があった。
しかも朝、昼、夜の三食すべてに対応している。
朝食は和食と洋食から選べ、昼は定食や麺類、夜には栄養バランスの整った日替わりメニューまで用意されていた。
料金も驚くほど安い。
「朝から晩まで食堂が開いてるって、ここは高校? それとも巨大な社員寮?」
初めて食堂を見たとき、思わずそうつぶやいてしまった。
これなら料理ができなくても生きていける。
家庭高校へ行かなくても、おなかは守られる。
彼氏の夢だけは守られなかったが。
主人公は毎日、授業が終わってからも学校に残り、食堂で夕食を食べて、閉校時刻ぎりぎりまで勉強した。
医療学校の勉強は難しかった。
覚えることが多く、専門用語も山ほどある。
教科書を開けば知らない言葉。
ノートを見返せば、数時間前の自分が何を書いたのか分からない。
「これを書いた人、説明が下手すぎない?」
書いたのは私である。
自分にツッコミを入れながら、毎日必死に勉強を続けた。
その間、彼氏は授業が終わると寄り道もせず、まっすぐ家へ帰っていた。
そして掃除をし、洗濯物を取り込み、部屋を片づけ、必要な日用品を買っておいてくれた。
主人公が夜遅く帰宅すると、部屋はいつもきれいになっていた。
「ただいま」
「おかえり。洗濯物、たたんでおいたよ」
「ありがとう」
「お風呂も沸いてる」
「ありがとう……」
「明日のゴミもまとめておいた」
「待って。家庭高校に行くべきなの、私じゃなくてあなたじゃない?」
家事能力では、完全に彼氏のほうが上だった。
主人公は医療の勉強。
彼氏は学校と家事。
そして二人とも、料理は学校の食堂任せ。
なんとも合理的な生活である。
ただし、彼氏は食堂の献立表を見ながら、ときどき寂しそうにつぶやいていた。
「家庭高校に行ってたら、卒業するころにはフルコースも作れたらしいよ」
「まだ言ってるの?」
「デザートも作れるらしい」
「未練が具体的すぎる!」
「焼きたてのパンも」
「もう自分で入学しなさい!」
こうして主人公たちの高校生活は始まった。
国から支給される十分な生活費。
三食そろった格安の食堂。
閉校時刻まで勉強する主人公。
そして、家に帰って完璧に家事をこなす彼氏。
どう考えても、家庭を支えているのは彼氏のほうだった。
主人公は医療のプロを目指し、彼氏はいつの間にか家事のプロになっていたのである。
ただし彼は、今でも家庭高校のパンフレットを捨てていない。
――どれだけ手料理への未練があるのよ!




