48話 修学旅行
主人公は座席表を上から下まで確認した。
しかし、どこを探しても、自分の隣に生徒の名前がない。
代わりに書かれていたのは、
『担任』
だった。
主人公の担任は、三十歳くらいの女性教師だった。
「どうして私だけ先生の隣なんですか?」
「あんたに恋人がいないからよ」
「もう少し傷つかない言い方はないんですか?」
担任はタブレットに載っている旅行のしおりを開いた。
「ちなみに、この修学旅行では、恋人がいない生徒は、旅行中、引率教師と一緒に行動することになっているの」
「そんな決まりあるんですか!?」
「本来は恋人がいない生徒が何人かいることを想定していて、その生徒たちを一つのグループにまとめるの。修学旅行を、新しい出会いの場にするわけね」
「修学旅行にそんな目的まであるんですか……」
「でも今回は、該当者があなただけだったから、特例で私が担当することになったわ」
「一人しかいないからって特例扱いするな!」
「仕方ないでしょう。恋人がいないの、あなただけなんだから」
「二回も傷口をえぐらないでください!」
主人公はしおりをのぞき込んだ。
「……それで、先生と一緒に行動するって、具体的に何をするんですか?」
「簡単に言えば、恋人代行ね」
「学校がそんなサービスをするな!」
担任は当然のように主人公の隣へ座った。
しかも、バスが出発すると、すぐに主人公の腕へ自分の腕を絡めてきた。
「ちょっと先生!?」
「何?」
「何じゃないですよ! 近いです!」
「周りを見なさい」
主人公が振り返る。
どの座席でも、恋人同士が肩を寄せ合ったり、手をつないだりしていた。
「せっかくの修学旅行なんだから、あなたにもみんなと同じような体験をさせてあげないと」
「だからって先生がそこまで再現する必要あります!?」
「パートナー役ですから」
「その言葉、もう便利に使い始めてません?」
こうして主人公は、担任に腕を組まれたまま、水族館へ向かうことになった。
水族館では、巨大水槽の前で担任が主人公の袖を引いた。
「ほら、写真撮るわよ」
「普通に並んで撮ればいいですよね?」
「カップルっぽく撮るわよ」
「その必要あります?」
「あります」
「即答!?」
担任は主人公の肩へ頭を寄せた。
カシャ。
「近い近い近い!」
「いい写真ね」
「先生が完全に楽しんでるじゃないですか!」
「仕事を楽しむのは大切よ」
「これは教師の仕事じゃない!」
クラゲの展示では、さらに担任が手を差し出してきた。
「はい」
「……何ですか?」
「手」
「見れば分かります!」
「みんなつないでるでしょう?」
主人公は周囲を見回した。
確かに薄暗い展示室では、ほとんどのカップルが手をつないでいる。
「だからって先生とつなぐ必要ないでしょう!」
「学校行事です」
「学校行事の万能感がすごい!」
結局、主人公は担任と手をつないだまま、クラゲを見ることになった。
昼からの遊園地でも、状況は変わらなかった。
観覧車の前で、主人公は先手を打った。
「先生、私、一人で乗ります」
「二人乗りよ」
「じゃあ乗りません」
「せっかく来たんだから乗るわよ」
「先生と二人で観覧車って、もう修学旅行じゃなくないですか?」
「デートね」
「認めちゃった!」
観覧車の中。
担任は窓の外に広がる景色を眺めながら、楽しそうに言った。
「きれいね」
「そうですね」
「こういうときは『先生のほうがきれいです』とか言うものじゃない?」
「要求まで恋人みたいになってきた!」
「練習よ、練習」
「何の練習なんですか!」
「将来、本物の恋人ができたときのため」
「余計なお世話です!」
お化け屋敷では、今度は担任のほうから主人公の腕にしがみついてきた。
「先生、怖いんですか?」
「怖くないわよ」
「じゃあ離してください」
「恋人役だから」
「それ絶対、便利な言葉として使ってますよね!?」
「そんなことないわ」
「じゃあ腕に力を込めるのやめてもらえます!?」
そして夜。
展望台へ到着すると、カップルたちは次々と夜景の見える場所へ向かっていった。
主人公も、今度こそ一人で静かに夜景を眺めようとした。
ところが――。
ぎゅっ。
後ろから担任に手を握られた。
「……先生?」
「最後までパートナー役でしょう?」
「もう十分体験しましたよ!」
「まだ夜景デートが残ってるわ」
「修学旅行ですよね!?」
担任は主人公の手を引き、夜景がよく見える場所まで連れていった。
周囲では、恋人同士が写真を撮ったり、肩を寄せ合ったりしている。
当然のように、担任もスマホを取り出した。
「はい、もっとこっち寄って」
「先生、近いです」
「写真に入らないでしょう」
「いや、明らかに入ります!」
「ほら、笑って」
「無理です!」
カシャ。
撮影された写真を見ると、主人公は困り果てた顔をしているのに、担任だけは満面の笑みだった。
「いい記念になったわね」
「先生にとってはね!」
水族館。
遊園地。
観覧車。
お化け屋敷。
そして夜景。
主人公は恋人がいないはずなのに、なぜか修学旅行中、誰よりもデートらしい一日を過ごしていた。
――相手が担任教師であることを除けば。
主人公は夜景を眺めながら、小さくつぶやいた。
「……恋人がいないほうが気楽だと思ってたのに」
隣で担任が答える。
「いい経験になったでしょう?」
「先生のせいで、余計に恋人って何なのか分からなくなりました」
「じゃあ、卒豪までに本物を作りなさい」
主人公は少し考えてから、ぽつりと言った。
「……もう先生でいい気がしてきました」
「それはダメ。私、夫いるから」
「そこで急に常識に戻らないでください!」




