47話 歴史の授業がない
週に一度だけあるの社会の授業。
主人公は、歴史の授業がないのが不思議に思った。
前の世界では、縄文時代から始まって、戦国時代や江戸時代、世界大戦などを習った。国や地名は違っても、この世界にも長い歴史があるはずだ。
ところが、タブレットに乗っている教科書を見て、主人公は首をかしげた。
『政治・経済・地理・現代社会』
それだけだった。
歴史という文字が、どこにもない。
「先生、歴史はやらないんですか?」
主人公が手を挙げて尋ねると、先生は不思議そうな顔をした。
「歴史?」
「昔の国の出来事とか、戦争とか、昔の人々の暮らしとかです」
教室にいた生徒たちが、一斉にこちらを見た。
また変なことを言った人を見る目だった。
先生は少し考えたあと、穏やかに答えた。
「昔のことを知りたいなら、現代社会の授業で必要な範囲だけ扱いますよ」
「何百年も前の出来事は?」
「何百年も前?」
先生はますます困った顔をする。
隣の席の女子が、小声で教えてくれた。
「そんな昔のこと、勉強してどうするの?」
「どうするって……普通は習わない?」
「普通じゃないと思うけど」
どうやら、この世界では歴史そのものが教科として存在していないらしい。
地理の授業では現在の国土や都市について学び、政治では今の制度を学び、経済では物価や税金について学ぶ。
しかし、その制度がいつ作られたのか。
この国がいつ誕生したのか。
昔はどんな国だったのか。
そういった話は、まったく出てこなかった。
授業が終わると、主人公は急いで家に帰り、自分の部屋でタブレットを開いた。
検索欄に、この国の名前と『歴史』と入力する。
すぐに多くの記事が表示された。
主人公は一番上の記事を開いた。
だが、そこに書かれていたのは、今から五十年前に起きた行政改革についてだった。
さらに下へスクロールする。
四十八年前。
四十五年前。
四十二年前。
どの記事も新しいものばかりだった。
「もっと昔は……?」
検索条件を百年前に変更してみた。
該当する情報はありません。
二百年前。
該当する情報はありません。
千年前。
該当する情報はありません。
「いやいやいや、おかしいでしょ」
思わず声に出してしまった。
この国の建国について調べても、はっきりした建国年は表示されなかった。
『現在の国家体制は約300年前に成立しました』
書かれているのは、それだけだった。
では、その前には何があったのか。
『公的に保存された記録はありません』
世界の歴史についても同じだった。
どの国も、残っている情報は過去五十年ほどしかない。
戦争の記録もない。
王や皇帝の記録もない。
古代文明も、中世も、産業革命もない。
まるで300年前に、突然この世界が始まったかのようだった。
次に、昔の新聞を検索した。
四十九年前の記事までは出てきた。
五十年前の記事も、ほんのわずかに残っていた。
しかし、五十一年前の日付を入力すると、画面に赤い文字が表示された。
『この期間の情報は公開されていません』
『存在しません』ではない。
『公開されていません』だった。
主人公はその文章を何度も読み返した。
つまり、情報がないのではなく、誰かが見せないようにしている可能性がある。
少し怖くなったが、さらに検索を続けた。
『五十年前 世界』
『五十年前 災害』
『五十年前 人口』
『五十年前 空白地帯』
最後の言葉を入力した瞬間、画面が一度暗くなった。
検索結果は表示されなかった。
代わりに、見慣れない注意文が現れた。
『認証されていない歴史情報へのアクセスが確認されました』
『未成年者による継続的な検索は推奨されません』
「推奨されませんって何よ……」
禁止とは書かれていない。
けれど、明らかにこれ以上調べるなと言っている。
そのとき、部屋の扉がノックされた。
「何を調べているの?」
母の声だった。
主人公は慌てて画面を閉じた。
「べ、別に。社会の宿題」
母が部屋に入り、机の上のタブレットを見る。
「歴史について調べていたの?」
主人公は一瞬、答えに迷った。
なぜ、検索画面を見ていないのに分かったのだろう。
「学校で歴史の授業がなかったから、ちょっと気になって」
そう答えると、母の表情がわずかに固くなった。
ほんの一瞬だけだった。
すぐに、いつもの優しい笑顔に戻る。
「昔のことを調べても、あまり意味はないわよ」
先生やクラスメイトと、まったく同じ答えだった。
「でも、どうして五十年前より昔の記録がないの?」
「必要がないからよ」
「必要がないから、消したの?」
母は答えなかった。
代わりに、主人公の頭を軽くなでた。
「明日も学校でしょう。あまり遅くまで起きていては駄目よ」
そう言って、母は部屋から出ていった。
扉が閉まる直前、母は振り返った。
「それから、昔の歴史と空白地帯についてはインターネットで調べないほうがいいわ」
扉が静かに閉まった。
主人公はしばらく動けなかった。
空白地帯という言葉を検索したことは、母には話していない。
タブレットの画面をもう一度つける。
先ほどの警告文は消えていた。
検索履歴も、すべて削除されている。
その代わり、検索欄には、主人公が入力していない文章が残されていた。
『過去を知る必要はありません』
主人公は震える指でタブレットの電源を切った。
この世界には歴史がないのではない。
歴史を、知られてはいけないのだ。




