43話 人気絶頂で、辞めます!
主人公は、いまや国民的アイドルグループの絶対的センターだった。
歌番組に出れば、音程を外して司会者にいじられる。
ライブに出れば、振り付けを間違えてメンバーに突っ込まれる。
衣装を着れば、なぜか一人だけ妙なコスプレをさせられる。
本人は毎回必死に抗議していたのだが、そのリアクションがあまりにも面白かったため、人気は上がる一方だった。
「どうして失敗するたびにファンが増えるのよ!」
その叫びすら、翌日には名言としてグッズになった。
街を歩けば声をかけられ、テレビをつければ自分が映っている。雑誌の表紙、CM、ドラマの主演、ライブツアー。まさに人気絶頂だった。
しかし、その代償として、彼女にはほとんど自由な時間がなかった。
朝は五時に起きて撮影。
学校へ行ったと思ったら、昼休みには雑誌の取材。
放課後はダンスレッスン。
夜はドラマの撮影。
家に帰るころには日付が変わっていた。
机の上には、開かれることのない参考書が積み上がっていった。
「医者になるには、もっと勉強しないと……」
彼女には、両親と同じ医者になるという夢があった。
それは本当だった。
ただし、アイドルを辞めたい理由の半分くらいは、もっと単純なものだった。
音痴をいじられる。
ダンスをいじられる。
彼氏がいないことをいじられる。
衣装をいじられる。
髪型をいじられる。
何もしていなくても、存在そのものをいじられる。
「最近、息をしているだけで笑われている気がする……」
「大丈夫。それも君の魅力だから」
プロデューサーは笑顔で答えた。
「大丈夫じゃないわよ!」
そして、ついに彼女の我慢は限界を迎えた。
ある日、収録が終わると、彼女はプロデューサーの部屋へ乗り込んだ。
机の前に立ち、深く頭を下げる。
「プロデューサー。お願いがあります」
「次のライブの衣装なら、猫耳ナースに決まったよ」
「その話じゃありません!」
主人公は勢いよく顔を上げた。
「私を、アイドルから辞めさせてください!」
部屋の空気が止まった。
プロデューサーの持っていたコーヒーカップも止まった。
ドアの外で盗み聞きしていたメンバーたちも固まった。
数秒後、ドアが勢いよく開いた。
「辞めるなんて言わないで!」
「あなたがいなくなったら、誰がツッコミを担当するの!」
「そうだよ! 誰が一人だけ変な衣装を着るの!」
「心配するところ、そこなの!?」
メンバーたちは必死に引き止めた。
事務所のスタッフも集まってきた。
振付師まで駆けつけた。
「あなたがいなくなったら、ダンスを間違える人がいなくなるじゃない!」
「普通は間違えないほうがいいのよ!」
歌の先生も涙ながらに訴えた。
「あなたがいなくなったら、私の指導力を証明できないわ!」
「私が音痴なせいで、むしろ疑われているでしょうが!」
最後にはプロデューサーまで机の前で土下座した。
「頼む! せめて次のライブまでは残ってくれ!」
「次のライブで、また変な衣装を着せるつもりでしょう!」
「どうして分かった?」
「やっぱり辞めます!」
主人公の決意は変わらなかった。
数週間後、彼女の卒業ライブが行われた。
会場は満員だった。
泣いているファンも多かった。
メンバーたちもステージ上で涙を流した。
ところが、最後の曲で彼女だけ振り付けを間違えた。
しんみりしていた会場は、一瞬で大爆笑に包まれた。
「最後くらい感動的に終わらせてよ!」
彼女の叫びが、アイドルとして最後の言葉になった。
こうして、彼女は人気絶頂のままグループを脱退した。
それから彼女は芸能活動を休止し、医者になるため、本格的に勉強を始めた。
静かな生活が戻ってきた。
朝から撮影に呼び出されることもない。
突然、猫耳をつけられることもない。
全国放送で音痴を公開されることもない。
「平和だ……」
主人公は久しぶりの静けさをかみしめていた。
ところが、彼女が脱退してから、グループの人気は急激に落ちてしまった。
歌は以前より上手になった。
ダンスもそろうようになった。
衣装のトラブルもなくなった。
ライブは完璧だった。
完璧すぎて、誰も話題にしなくなった。
ファンからは、
「何か物足りない」
「ツッコミがいない」
「振り付けを間違える人がいない」
「変な衣装を着る人がいない」
という声が相次いだ。
そして主人公の脱退から、わずか三か月。
グループは解散を発表した。
ニュースを見ていた彼女は、参考書を持ったまま固まった。
「私が辞めたら、グループまで終わったんだけど……」
元メンバーたちから、次々とメッセージが届いた。
『あなたが人気の九割を持っていった』
『戻ってきて』
『再結成しよう』
『今度はもっと面白い衣装を用意するから』
主人公は最後のメッセージを見た瞬間、携帯の電源を切った。
「絶対に戻らない!」
そう叫びながら、再び参考書を開く。
医者になるという夢のために。
そして何より、二度と全国の人々からいじられない生活を手に入れるために。
しかし翌日、学校へ行くと、クラスメート全員が彼女を待ち構えていた。
「伝説の元アイドルが来たぞ!」
「グループを一人で解散させた女!」
「違うわよ! 勝手に解散したの!」
主人公の静かな学生生活は、始まる前から終わっていた。




