39話 売れないアイドル
主人公が出演したテレビ番組が放送された翌日。
夜9時。
ピンポーン。
主人公は布団の中で目を覚ました。
「……誰?」
ピンポーン。
少し間を置いて、もう一度チャイムが鳴る。
主人公は眠そうに目をこすりながら、枕元の時計を確認した。
「……夜の9時じゃん。誰なの、こんな時間に……」
眠い目をこすりながら玄関のモニターを確認すると、そこにはスーツ姿の大人が二人立っていた。
主人公は嫌な予感を覚えながら、恐る恐る玄関を開ける。
「おはようございます。○○芸能プロダクションの者です」
「……芸能プロダクション?」
「昨日のテレビ番組を拝見しました。ぜひ、うちの事務所で活動していただけないかと思いまして」
主人公は一瞬、何を言われているのか理解できなかった。
「……昨日まで普通の中学生だったんですけど!?」
担当者は真剣な顔でうなずく。
「ですが、昨日の放送を見て確信しました。あなたには才能があります」
「才能?」
「まず、容姿がいい」
「……ありがとうございます」
「受け答えもしっかりしている」
「ありがとうございます」
「突然話を振られても、自然にツッコミを返せる」
「そこも評価されるんですか?」
「そして――恋人がいない!」
主人公は即座に叫んだ。
「最後だけ毎回キャッチコピーみたいに使わないでください!」
こうして、テレビ出演の翌日に一件目のスカウトがやって来た。
主人公としては、
――まあ、テレビに出た直後だからな。
その程度に考えていた。
ところが、その三日後。
学校から帰ってくると、母親が玄関で待っていた。
「また芸能事務所から連絡が来てるよ」
「また!?」
今度は△△エンターテインメントという、別の事務所だった。
テレビ番組を見た関係者が主人公に興味を持ち、正式にスカウトしたいという連絡だった。
さらに、その週の日曜日。
主人公が家でのんびりしていると、今度は三つ目の芸能事務所から面談の申し込みが届いた。
「……一週間で三件?」
主人公は携帯の画面を見ながら固まった。
母親も隣から画面をのぞき込む。
「すごいじゃない」
「いや、怖いんだけど」
「人気者になったね」
「テレビに一回出ただけだよ!?」
しかも、三社とも主人公を評価している部分がほとんど同じだった。
容姿がいい。
受け答えが自然。
番組でのツッコミが面白い。
そして――。
「なんで三社とも『現在、恋人なし』って書いてあるんだよ!」
主人公は思わず叫んだ。
どうやら芸能界では、それも大きな売りになるらしい。
こうして、テレビ出演からわずか一週間で、主人公のもとには三件もの正式なスカウトが届いた。
もちろん、その場ですぐに決めることはしなかった。
主人公は家族と一緒にそれぞれの事務所について調べ、担当者とも何度か話をした。
仕事の内容。
学校との両立。
報酬。
芸能活動の方針。
未成年である以上、家族の同意も必要だった。
何度も話し合った末――。
主人公は、三社の中から最も条件の合った芸能事務所と契約することになった。
こうして主人公は、
ほんの一週間前まで普通の中学生だったはずなのに――。
芸能界へ足を踏み入れることになったのである。
そして、一か月後。
主人公は、とあるアイドルグループへの加入が決まった。
もともとは六人組。
そこへ主人公が加わり、七人組として再スタートすることになったのだ。
ただ、そのグループは――。
正直なところ、あまり売れていなかった。
結成から数年。
歌もうまい。
ダンスも上手。
メンバー同士の仲も悪くない。
しかし、これといった特徴がなかった。
言ってしまえば、
「上手いけど、特徴ないね。普通だね」
という評価だった。
新曲を出しても、ランキングにはほとんど入らない。
テレビ出演も年に数回あるかどうか。
街頭インタビューでグループ名を聞いても、
「……聞いたことあるような?」
「知らないです」
「地下アイドル?」
そんな反応が大半だった。
ライブも開催していたが、使うのは数百人規模の小さな会場。
それでも満員になることは少なく、後方には空席が目立っていた。
公式SNSの登録者数も伸び悩み、投稿しても反応は数百件程度。
そんな状況を変えるため、事務所では会議が開かれていた。
会議室。
スタッフが資料を見ながらため息をつく。
「……何というか、売れないんですよね」
主人公は思わず振り向いた。
「本人たちの前で言うことですか、それ?」
六人のメンバーも苦笑いする。
プロデューサーは腕を組んだ。
「実力が極端に低いわけじゃない。むしろ、歌もダンスも一定以上の実力はある」
「はい」
「でも、見つけてもらえない」
「それ、一番つらいやつ!」
実際、これまでにも何度かテレビへ出演したことはあった。
だが、放送翌日になってもSNSの登録者数はほとんど増えない。
新曲を出しても売上は横ばい。
ファンも昔から応援してくれている人が中心で、新規ファンがほとんど増えていなかった。
事務所としても、そろそろ何か大きなテコ入れが必要だと考えていた。
そこで白羽の矢が立ったのが――主人公だった。
テレビに一度出演しただけでSNSで話題になり、三社の芸能事務所からスカウトされた新人。
しかも、
容姿がいい。
受け答えが自然。
ツッコミが速い。
そして――。
「恋人がいない」
「そこまで会議資料に書かなくていいです!」
プロデューサーは真剣だった。
「今のこのグループに必要なのは、歌やダンスだけじゃありません」
「じゃあ何ですか?」
「話題性です」
主人公は自分を指さした。
「……それが私?」
「そうです!」
「私、歌もダンスも未経験ですよ?」
「そこはこれからです!」
「そんな人間を売れてないグループの起爆剤にしないでください!」
六人のメンバーが吹き出した。
こうして主人公は、知名度の低かった六人組アイドルグループへ加入することになった。
まずはダンスレッスン。
先生が手を叩く。
「5、6、7、8!」
六人が一斉に右へ動く。
主人公だけ左へ。
「ストーップ!」
音楽が止まった。
主人公は左右を見回す。
「……私だけ別の振付表をもらってません?」
先生は真顔で答えた。
「コメントは100点!」
「ダンスは?」
「……伸びしろ!」
「便利な言葉ですね!」
レッスン室が笑いに包まれた。
続いて、歌のレッスン。
先生がピアノを弾く。
「では、サビを歌ってみましょう」
「はい!」
主人公が歌い始める。
そして――歌い終わった。
教室が静かになる。
一秒。
二秒。
三秒。
主人公の顔が引きつる。
「その沈黙が一番つらいです!」
先生が慌ててフォローする。
「個性があります!」
「また便利な言葉!」
スタッフまで吹き出した。
ところが――。
そのレッスン風景を撮影した短い動画を公式SNSへ投稿したところ、思いもよらないことが起きた。
再生数が爆発的に伸び始めたのである。
『左に行く新人』
『伸びしろアイドル』
『ツッコミが速すぎる』
『この子、ずっと見ていられる』
『歌よりツッコミのほうが仕上がってる』
そんなコメントが次々と投稿される。
これまで数百件程度だった反応も、一気に数千、数万へと増えていった。
グループの公式アカウントにも、新しいフォロワーが次々と流れ込んでくる。
プロデューサーは携帯の画面を見ながら震えていた。
「……来た」
主人公が振り向く。
「何がですか?」
「話題性が来た!」
「私を災害みたいに言わないでください!」
こうして主人公は、デビュー前から妙な方向で注目を集め始めた。
歌はまだまだ。
ダンスもまだまだ。
アイドルとしては完全な新人。
それなのに――。
ツッコミだけは、すでに完成されていた。
こうして、主人公の波乱に満ちたアイドル生活が始まったのである。




