30話 父と母の記念日
その日の夕食は、いつも以上に豪華だった。
テーブルいっぱいに料理が並び、湯気の立つシチュー、焼きたてのパン、大皿のローストチキン、色鮮やかなサラダ。
そして食後には、大きなホールケーキまで運ばれてきた。
「今日はすごいね!」
主人公が目を輝かせると、父も母も嬉しそうに笑った。
「今日は大切な記念日だから。」
乾杯をして、おいしい料理を食べる。
家族は終始楽しそうで、普段よりよく笑っていた。
ケーキを食べ終えた私は、前から気になっていたことを聞いた。
「ねえ、何の記念日なの?」
父と母は一瞬だけ目を合わせる。
そして母が、少しだけいたずらっぽく笑った。
「今は秘密。」
「またそれ?」
「将来になったら、すぐ分かるわ。」
「そんなに秘密にすること?」
父も笑いながら肩をすくめる。
「その日になれば、嫌でも思い出すよ。」
結局、二人はそれ以上教えてくれなかった。
夜中。
喉が渇いて目が覚めた私は、静かに部屋を出た。
リビングへ向かう途中、ふと壁に目をやる。
「あれ……?」
いつもガラスケースに飾られていた一着の服が消えていた。
ケースだけがぽつんと残り、中は空っぽになっている。
「なくなってる……。」
昼間までは確かにあったはずだ。
誰かが片付けたのだろうか。
不思議に思いながら廊下を歩くと、両親の寝室の前で足が止まった。
部屋の中から、かすかに声が聞こえる。
「……はぁ……はぁ……。」
まるで激しい運動をした後のような、荒い息遣いだった。
「お父さん?」
小さく呼びかける。
すると中の物音がぴたりと止まった。
数秒後、母の落ち着いた声が聞こえる。
「どうしたの?」
「喉が渇いて……。それより、大丈夫? 苦しそうな声が聞こえたけど。」
一瞬、沈黙が流れる。
それから父が少し息を整えた声で答えた。
「ああ、大丈夫だよ。今日はジムで少し頑張りすぎちゃってね。」
「そうなの?」
「心配しなくていいわ。もう休むから。」
母の声はいつも通り穏やかだった。
「分かった。おやすみ。」
「おやすみ。」
主人公はそのまま自分の部屋へ戻った。
けれど、頭の中では昼間の出来事が何度も繰り返される。
豪華な夕食。
意味深な「記念日」。
突然なくなった服。
そして、寝室から聞こえた荒い息遣い。
どれも不自然なのに、誰も説明してくれない。
主人公は布団に入ってもなかなか眠れず、天井を見つめながら、この家にはまだ自分の知らない秘密があるのではないかと考え続けていた。




