27話 痴漢被害
転生してから数か月がたった。
新しい生活にも少しずつ慣れ、学校では何人か友達もできた。
そんなある土曜日。
主人公は友達と二人で、首都中心部へ買い物に出かけることになった。
「今日は服をいっぱい見るぞー!」
駅で待ち合わせた友達が、朝から元気いっぱいに拳を上げる。
「まずは駅前のファッションビル!」
「お昼はパンケーキね!」
「それ重要!」
二人はそんな話をしながら、満員電車へ乗り込んだ。
休日とはいえ、中心部へ向かう路線はかなり混んでいる。
人と人との間に挟まれながら揺られていると――
「えっ!?」
主人公の身体が突然固まった。
人混みの中で、胸元に誰かの手が触れたような感覚がしたのだ。
驚きのあまり声が出ない。
何が起きたのか理解できず、目に涙が浮かぶ。
その瞬間だった。
「ちょっと!」
近くにいた女性が、勢いよく一人の男の腕をつかんだ。
「何してるの!」
「ご、ごめん!」
男は慌てて手を引っ込める。
女性は大きくため息をついた。
「まったくもう!」
そして男の頭を軽く小突く。
「私に胸がなくて悪かったね!」
「いや、そういう意味じゃ……」
「じゃあどういう意味よ!」
「いや、その……人違いというか……」
「もっと悪いわ!」
まるで漫才のようなやり取りに、張りつめていた車内の空気が少しだけ緩んだ。
主人公が呆然としていると、近くにいた年配の女性が声をかけてきた。
「災難だったわね」
「……これって、犯罪じゃないんですか?」
主人公が恐る恐る尋ねる。
すると女性は少し考えてから答えた。
「痴漢はちゃんと犯罪よ。ただね、この国では“身体に触った”という事実だけでは、痴漢として犯罪にはならないの」
「え?」
主人公は目を丸くした。
「どういうことですか?」
「昔は違ったらしいわ」
女性は腕を組む。
「昔は痴漢事件で、被害者の証言が非常に重く扱われていた時代があったそうなの。でも、その制度を悪用した冤罪事件がいくつか起きた」
「冤罪……」
「多額の示談金を要求された人もいたらしいわ。犯罪者として扱われるのを避けるために、ほとんどの財産を支払った例まであったとか」
主人公は言葉を失う。
「でも後になって、監視カメラの映像から、その男性が何もしていなかったと分かった事件もあったの」
「そんな……」
「しかも、その女性は目撃者役のサクラまで用意していたらしくて、ずいぶん計画的だったみたいよ。」
「もちろん、嘘の申告をした側も処罰された。でも、一度壊れた生活までは元に戻らなかった」
女性は続ける。
「それで国が何度も法律を見直したのよ」
主人公の友達が尋ねる。
「じゃあ、今はどうなってるんですか?」
「今は、“触れたかどうか”だけでは犯罪にしない。電車なんて混んでいれば、偶然触れることだってあるでしょう?」
「確かに……」
「ただし、衣服の中に手を入れる、身体を性的な目的で押しつける――そういった明確な痴漢行為は犯罪になる」
主人公はようやく納得する。
つまり、
痴漢は犯罪。
しかし、
身体に触れただけでは、痴漢として犯罪が成立はしない。
そういう法律なのだ。
別の乗客も話に加わった。
「今はAI監視もあるからね。重大な犯罪なら、かなり早く検知されるよ」
「そうそう。駅も電車も街中もカメラだらけだし」
ちょうどそのタイミングで、車内アナウンスが流れた。
『AI安全監視システムは、本日も正常に稼働しております。皆さま、安全なご利用をお願いいたします』
男が天井のカメラを見上げる。
「よ、よかった……」
腕をつかんでいた女性が即座に振り返った。
「何がよかったのよ!」
「ですよね!」
車内から小さな笑いが起こった。
さらに年配の女性が言う。
「それにこの国は、ほとんどの人に恋人や配偶者がいるでしょう?」
「はい」
「他の人に変なことをしたなんて知られたら、犯罪以前に恋人に振られるわよ」
隣の男性が真顔でうなずく。
「それが一番怖い」
「あなた何か心当たりあるの?」
「ありません!」
再び車内に笑いが起こる。
友達は苦笑しながら主人公の肩を軽くたたいた。
「まあ……今日は災難だったね」
「うん……」
主人公もようやく少し落ち着いた。
ところが、そのときだった。
「……あれ?」
主人公は自分の服を見る。
なんだか最近、胸元が少し窮屈になった気がする。
「どうしたの?」
「この服……前はもう少し余裕があったような……」
友達も首をかしげる。
「あれ? そういえば確かに」
主人公は電車の窓に映る自分の姿を見る。
「……成長した?」
「たぶん」
二人は顔を見合わせる。
そして電車を降りたあと、予定していたファッションビルへ向かう前に、衣料品店でサイズを確認してもらうことになった。
店員が測定を終える。
「以前お使いになっていたCカップより、一つ上のサイズのDカップが合いそうですね。」
「ええっ!?」
主人公は驚いた。
「そんなに変わってたの!?」
友達は腕を組み、真剣な顔になる。
そして一言。
「予定変更!」
「え?」
「服を見る前に、まず下着のサイズ合わせ!」
「ええーっ!」
主人公は頭を抱えた。
「今日は普通にショッピングする予定だったのに!」
「仕方ないでしょ。サイズ合ってないんだから」
「朝一番のミッションがサイズ更新なんて聞いてないよ!」
「人生、予定通りにはいかないものです」
「急に悟ったようなこと言わないで!」
二人は顔を見合わせる。
そしてとうとう、そろって笑い出した。
こうして主人公の楽しい休日は――
予定していた洋服選びではなく、
まさかのサイズ確認から始まることになった。




