17話 初めての学校
家に戻ってから一週間が過ぎた。
体の傷はまだ完全には治っていなかったが、家の中に閉じこもっているのにも飽きてきた。
何より、自分がこれまでどんな生活をしていたのか知りたかった。
「明日、学校に行ってみたい」
夕食のときにそう言うと、両親はそろって箸を止めた。
「まだ早いんじゃないか?」
父が心配そうに言った。
「そうよ。無理しなくても、もう少し休んでいいのよ」
母にも止められたが、主人公は首を横に振った。
「ずっと休んでいたら、余計に行きづらくなりそうだから」
本当の理由は少し違う。
自分がどんな生徒だったのか、学校で誰と仲がよかったのかを確かめたかったのだ。
結局、無理をしないことを条件に、学校へ行くことを許してもらった。朝は母が車で送ってくれて、帰りも迎えに来てくれることになった。
翌朝、主人公は久しぶりらしい制服に袖を通した。
鏡に映った姿を見ても、やはり自分だという実感はない。制服は体にぴったり合っているのに、まるで誰かから借りた服を着ているようだった。
学校の正門前に車が止まる。
「具合が悪くなったら、すぐ先生に言うのよ」
母は何度も念を押した。
「分かった」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だって」
心配そうな母に手を振り、主人公は一人で校門をくぐった。
校舎へ向かう途中、何人もの生徒とすれ違った。
ところが、誰も声をかけてこない。
それどころか、主人公の顔を見た瞬間に目をそらす者や、隣の友達と小声で何かを話し始める者までいた。
記憶喪失になる前の私を知っているのだろう。
誰か一人くらい、「大丈夫だった?」と声をかけてくれてもよさそうなものなのに、みんな露骨に距離を取っていた。
昇降口で立ち止まっていると、一人の女子生徒が通りかかった。
「あの、私の教室ってどこか分かる?」
声をかけると、彼女は驚いたように振り返った。
「あっち。二階の一番奥」
それだけ答えると、すぐに歩き去ってしまった。
「ありがとう」
主人公の言葉に返事はなかった。
教え方は正確だが、態度が冷たい。
二階へ上がり、教室に入る。
それまで騒がしかった教室が、一瞬で静まり返った。
何十人もの視線が私に集まる。
「おはよう」
試しに挨拶してみた。
しかし、返事をした者は一人もいなかった。
数秒後、何事もなかったかのように会話が再開される。主人公はそこにいない者として扱われているようだった。
自分の席らしい机を見つけ、静かに座る。
隣の席の女子に話しかけてみた。
「あのさ、私、事故の前のことをほとんど覚えてないんだけど……」
女子は教科書を取り出しながら、こちらを見ようともしなかった。
「そう」
「みんな、どうして私を避けてるの?」
その質問には答えたくなかったのか、彼女はしばらく黙っていた。
だが、私がじっと待っていると、小さなため息をついた。
「本当に覚えてないの?」
「うん」
彼女は周囲を確認してから、声を落とした。
「あなた、クラスで一番人気の男子を奪おうとしたの」
「……奪う?」
思わず聞き返す。
「その男子には、ずっと付き合っている彼女がいるのに。別れさせようとして、何度もしつこく言い寄ったらしいよ」
「私が?」
「そう。しかも、その彼女はクラスでも人気のある子だから」
彼女が教室の前方へ視線を向ける。
そこには、整った顔立ちの男子と、かわいらしい女子が並んで座っていた。二人は机を寄せ、楽しそうに話している。
あれが問題の二人なのだろう。
男子が私の視線に気づいた。
その瞬間、隣にいた彼女が警戒するように彼の腕をつかんだ。
いや、何もしないから。
主人公は心の中でそう言いながら、慌てて目をそらした。
隣の女子がさらに続ける。
「この学校、ほとんどの生徒に恋人がいるから、恋人を奪おうとするのは一番嫌われるの」
「ほとんどって、どれくらい?」
「学校で恋人がいないのは……たぶん二、三人くらい」
「一人はあの人。見た感じちょっとぽっちゃりしてて、いかにもマニアっぽい雰囲気で、彼女がいるようには見えないでしょ」
たしかに、主人公だったら彼氏にはできないわ。話し合わなそうだもん。
思わず教室を見回した。
よく見ると、男子と女子が自然に隣同士で座っている。休み時間になると、別のクラスから恋人らしい生徒が会いに来る者もいた。
中学校というより、巨大なカップル専用施設にしか見えない。
「そんなにいるの?」
「逆に、どうしてそんなに驚くの?」
隣の女子は不思議そうな顔をした。
どうやら、この世界ではこちらのほうが普通らしい。
それよりも困ったのは、以前の私が相当な問題を起こしていたことだ。
記憶を失う前の自分は、いったい何を考えていたのだろう。
よりによって、彼女持ちの学校一の人気男子を奪おうとしていたとは。
教室中から冷たい視線を浴びながら、主人公は机に額をつけた。
記憶喪失のふりをして静かに暮らすつもりだったのに、どうやら記憶喪失前の私が、とんでもなく面倒な置き土産を残してくれたらしい。




