161話 大きなお祭り
主人公は彼女と一緒に、この地域で年に一度開かれる大きな祭りへ来ていた。
正直なところ、主人公自身はあまり興味がなかった。
人混みはすごいし、屋台はどこへ行っても長蛇の列だ。
わざわざ休日に疲れに来る必要があるのか――そんなことまで考えていた。
しかし、彼女が数日前から、
「絶対行くからね。今年は一緒に行くって約束したでしょ」
と楽しみにしていたため、断ることもできなかった。
「そんなに有名な祭りなの?」
主人公が尋ねると、彼女は驚いたように振り返った。
「知らないの?」
「記憶をなくしてるんだから仕方ないだろ」
「あ、そっか」
彼女は納得すると、人で埋め尽くされた祭りの会場を指さした。
「これはね、昔この世界を滅ぼしかけた『魔王』を、みんなでやっつけて懲らしめる祭りなの」
「……魔王?」
「昔の人たちが受けた苦しみを忘れないように、毎年魔王に罰を与えるんだって」
「毎年……?」
嫌な予感がした。
祭りの中心には巨大な広場があり、その周囲には何万人もの人々が集まっていた。
広場の周辺には数多くの屋台が立ち並び、
魔王やきそば、魔王焼き、魔王たこ焼き、魔王クレープ、魔王あめなど、魔王の名を冠した食べ物がずらりと売られていた。
だが、売られているのは食べ物だけではない。
『魔王退治棒』
『魔王制裁ハンマー』
『魔王撃退槍』
などと書かれた、いかにも物騒な名前の玩具まで並んでいた。
子どもたちは、それを手に持って楽しそうに走り回っていた。
「魔王を倒せー!」
「世界を守れー!」
「悪い魔王をやっつけろー!」
楽しそうな声が、あちこちから聞こえてくる。
主人公も最初は、
――まあ、節分みたいなものか。
その程度に考えていた。
ところが――。
広場の中央まで来た瞬間、主人公の足が止まった。
「……え?」
そこには、数十体もの人形が並べられていた。
人間とほぼ同じ大きさ。
しかも、妙に作りが細かい。
顔や髪だけではない。
白とピンクを基調とした、フリルたっぷりのスカート。
胸元には、これでもかというほど大きな赤いリボン。
そして手には、ハート形の飾りが付いた、きらきらと輝くステッキ。
体や衣装から小物に至るまで、どれも驚くほど精巧に作り込まれていた。
主人公の顔から血の気が引いた。
――知っている。
いや。
知っているどころではない。
「……俺だ」
「ん?」
彼女が振り返る。
主人公は答えなかった。
その人形は――前世の自分だった。
正確には、前世で魔法少女へ変身したときの主人公を再現したものだった。
顔立ちまで驚くほど似ている。
衣装の細かな装飾も、ステッキの形も一致していた。
――なんで……。
――どうして、こんなものが残ってる?
そのとき、広場に大きな鐘の音が鳴り響いた。
ゴォォォン――。
続いて、司会者の声が会場中に響き渡る。
「皆さん、お待たせしました!」
観客が一斉に歓声を上げた。
「これより――魔王懲罰の儀を始めます!」
「おおおおおっ!」
主人公は耳を疑った。
「懲罰……?」
最初に行われたのは、『魔王裁判』だった。
広場中央の舞台へ、一体の人形が引きずり出される。
首には大きな札が掛けられていた。
そこには、
『世界を滅ぼした大罪人』
と書かれている。
司会者が、巻物を模した巨大な電子スクリーンを広げ、そこに表示された文章を読み上げる。
「罪人――魔王!」
その瞬間、観客席から一斉に罵声が飛んだ。
「悪者ー!」
「帰れー!」
「許すなー!」
「死ねー!」
「キャー、変態ー!」
「よくそんな格好で人前に出られるな!」
会場中が笑い声と怒号に包まれる。
司会者はそれを制止することもなく、さらに声を張り上げた。
「貴様は平和だった世界を破壊し、多くの人々を苦しめた!」
主人公の眉が、ぴくりと動いた。
――違う。
そんなことはしていない。
だが、主人公の思いなど誰にも届かない。
司会者は巻物型のスクリーンへ視線を戻し、最後の一文を高らかに読み上げた。
「よって今年も――有罪!」
次の瞬間、何万人もの観客が一斉に叫ぶ。
「有罪!」
「有罪!」
「有罪!」
地響きのような声が会場を揺らした。
そして、魔王を模した巨大な人形の首には、これ見よがしに大きな『有罪』の札が掛けられた。
主人公は完全に言葉を失っていた。
だが、それはまだ始まりにすぎなかった。
続いて行われたのは、『さらし者の儀』。
数十体の人形が木製の台へ固定され、広場をゆっくりと一周していく。
沿道の人々は、人形めがけてボールを投げつける。
「悪い魔王!」
「反省しろ!」
「平和な世界を返せ!」
「男なのに気持ち悪い格好しやがって!」
人形の顔には、次々と落書きが増えていった。
額には『悪』。
頬には『魔王』。
胸元には『人類の敵』。
子どもが人形の鼻の下に大きなヒゲを描き、
「見て! 変な顔になった!」
と笑っている。
周囲の大人たちも笑っていた。
さらに、誰かが人形のスカートを持ち上げる。
「うわ、男なのに女性用のパンツ履いてる。気持ち悪いな」
「キャー! 変態!」
今度は別の参加者が人形の胸元を指さした。
「男なのにブラジャーまでしてるぞ!」
「ギャー!気持ち悪いわ。吐きそうだわ」
主人公のこめかみに青筋が浮かぶ。
――俺の顔で遊ぶな。
――俺の姿を見て吐き気がするなら、見るんじゃねえ。
――というか、下着まで再現するな!
しかし彼女は、まだ主人公の異変に気づいていない。
「次、面白いよ」
「……まだあるのか」
「もちろん」
人形は再び広場中央へ戻された。
今度は参加者たちが列を作る。
一人ずつ人形の前へ進み、棒やハンマーで叩くのだ。
「これ、気持ちいい!」
バシッ。
「魔王め!」
ボンッ。
「お前のせいで平和じゃなくなったんだぞ!」
ドンッ。
「反省しろ!」
バシッ。
主人公の顔が、どんどん引きつっていく。
さらに、子ども専用の場所まで用意されていた。
係員が笑顔で説明している。
「はい、魔王の悪いところを一つ言ってから叩いてねー!」
「みんなを困らせた!」
バン!
「悪いことした!」
ポコン!
「世界を壊した!」
カーン!
「はい、よくできました!」
主人公が低い声で呟いた。
「……どんな教育だよ」
「ん?」
「なんでもない」
次は『魔王引き回し』だった。
人形の腰に縄が結ばれ、何十人もの参加者が綱引きのように引っ張っていく。
「魔王を牢屋へ送れー!」
「おー!」
人形は広場の中を引き回され、最後には鉄格子を模した巨大な檻へ入れられた。
すると観客が一斉に叫ぶ。
「反省しろ!」
「二度と出てくるな!」
「人類に謝れ!」
主人公は拳を強く握り締めた。
――謝るのは、お前らのほうだろ。
だが、祭りはまだ続く。
今度は『封印の儀』。
人形の腕と脚に、何重もの鎖が巻きつけられていく。
司会者が叫ぶ。
「魔王の力を封じろ!」
「封じろー!」
「二度と復活させるな!」
「封じろー!」
「気持ち悪い! 二度と現れるな!」
主人公は唇を噛んだ。
その光景を見ていると、まるで自分自身が人々から罵倒され、縛り上げられているような気分になった。
彼女は楽しそうに説明する。
「ここからが一番盛り上がるんだよ」
「……一番?」
ついに、祭り最大の行事が始まった。
『魔王最終討伐』。
広場中央に巨大な柱が立てられ、そこへ数十体の人形が固定される。
参加者には、先端の丸い模造槍が配られた。
「皆さん!」
司会者が叫ぶ。
「世界の平和を願い――魔王へ最後の一撃を!」
「おおおおおっ!」
人々が一斉に人形へ駆け寄る。
槍を突き出す。
棒で叩く。
足で蹴る。
油を浴びせる。
「魔王め!」
「人類の敵!」
「消えろ!」
「平和を返せ!」
「世界がこんなにも貧しくなったのは、全部お前のせいだろ!」
「気持ち悪い! 死ね!」
主人公の目の前で、自分と同じ顔をした人形が何度も倒される。
誰かが起こす。
また倒される。
また起こされる。
そして、また叩かれる。
まるで、
――簡単には終わらせない。
――何度でも罰を受けろ。
そう言われているようだった。
彼女が笑顔で主人公を見る。
「私たちもやる?」
「…………」
「参加料、そんなに高くないよ」
「やらない」
「え?」
「絶対やらない」
声が低かった。
彼女が少し驚いたように主人公を見る。
そして最後。
巨大なたいまつが運ばれてきた。
数十体の人形が一か所へ集められる。
観客全員が立ち上がった。
司会者が叫ぶ。
「この世界に災いをもたらした魔王へ!」
観客が続く。
「裁きを!」
「平和を壊した魔王へ!」
「裁きを!」
「人類の敵へ!」
「裁きを!」
三度の掛け声。
そして――。
「魔王討伐!」
たいまつが投げ込まれた。
炎が一気に燃え広がる。
数十体の人形が赤い炎に包まれた。
「おおおおおおおっ!」
大歓声が上がる。
太鼓が鳴り響く。
さらに花火まで打ち上がった。
そしてドローンショーが始まり、夜空には、
『魔王討伐成功』
という巨大な文字が浮かび上がる。
人々は拍手していた。
笑っていた。
子どもたちは飛び跳ねていた。
「やったー!」
「魔王倒した!」
「今年も世界は平和だー!」
赤い炎の向こうで、自分と同じ顔をした人形が崩れていく。
その瞬間だった。
「……ふざけんな」
主人公が小さく呟いた。
「え?」
彼女が聞き返す。
「ふざけんなよ……」
主人公の拳が震えていた。
自分は魔王ではない。
あのとき、戦った。
命を懸けて戦ったのだ。
魔物から人間を守るために。
何度転生しても戦い続けた。
何度死んでも諦めなかった。
最後には変身ステッキを使い、命と引き換えに魔物たちを倒した。
そして、自分自身も死んだ。
それなのに――。
今では自分が、世界を滅ぼした魔王として語られている。
しかも年に一度、
裁判にかけられ、
さらし者にされ、
ボールを投げつけられ、
落書きされ、
殴られ、
蹴られ、
鎖で縛られ、
パンツやブラジャーも見られ、
槍で刺され、
棒で叩かれ、
油を浴びせられ、
そして最後には、火をつけられて焼かれる。
それを人々が笑いながら楽しんでいる。
主人公は燃え盛る炎を睨みつけた。
「……誰がこんな歴史を作ったんだよ」
「え?」
彼女が主人公の袖をつかむ。
「ねえ、本当にどうしたの?」
「……帰る」
「え?」
「今日は帰る」
「でも、このあと『魔王の灰踏み』も――」
「まだあるの!?」
思わず大声が出た。
彼女がびくっと肩を震わせる。
主人公は一度、大きく息を吐いた。
「……悪い。今日はもう無理だ」
普段とは明らかに違う主人公の様子に、彼女もそれ以上は何も言えなかった。
その日の夜。
主人公は自宅へ戻ると、まっすぐ自室へ向かった。
そして携帯を起動する。
検索欄へ文字を打ち込んだ。
『魔王 歴史』
大量の記事が表示された。
『世界を滅ぼした魔王』
『魔王戦争の真実』
『人類最大の敵』
『魔王討伐祭の由来』
主人公は画面を睨みつけた。
「……全部調べてやる」
なぜ、自分が魔王として伝えられているのか。
誰が歴史を書き換えたのか。
そして――本当の歴史は、どこへ消えたのか。
主人公はその夜、眠ることなく、この世界の歴史を調べ始めたのだった。




