160話 再び転生した
主人公は、再び転生した。
今度も男だった。
ここは魔物の支配がない世界だった。
――今度こそ、普通に幸せに暮らしたい。
そう願いながら、主人公は新しい人生を歩み始めた。
鏡に映った自分の姿を見る。
背は高く、顔立ちもかなり整っている。
いわゆる美男子だった。
暮らしているのは、首都近郊にある大都市。
両親の話によれば、主人公の家はこの地域ではかなり裕福な家庭らしい。
しかし、主人公にはとてもそうは思えなかった。
住んでいるのは、巨大な高層ビルの中にあるマンションだった。
家族で暮らしている部屋は決して広くなく、全部合わせても四部屋しかない。
主人公に与えられた個室にいたっては、わずか五畳だった。
――これで裕福なのか?
前世の生活を覚えている主人公には、どうしても信じられなかった。
しかも、この国では税金や社会保険料の負担が非常に重かった。
所得税や住民税だけではない。
健康保険料や年金まで支払わなければならず、それらをすべて合わせると、ほどんどの人が収入の2割を超える金額が容赦なく差し引かれていく。
主人公の両親の場合、その負担はさらに重く、収入の約3割もが税金や社会保険料として差し引かれていた。
どれだけ働いて稼いでも、手元に残るのはその一部だけ。
稼いだ金のかなりの割合を、税金や社会保障の負担として持っていかれるのだ。
「前世では、年金なんて引かれることはなかったのにな。」
それだけでも人々にとっては十分に重い負担だったが、さらに買い物をすれば消費税までかかる。
その税率は10%。
食料品や日用品など、生活に必要なものを買うたびに税金を取られるため、人々は日常生活のあらゆる場面で税負担の重さを感じざるを得なかった。
子育て支援もそれほど充実しておらず、大学へ進学するには高額な学費を払わなければならなかった。
以前の世界にあったデート支援金をはじめとする各種補助金も、すでに廃止されていた。
学校の給食もかなり質素だった。
基本的な献立は、麦ごはんか小さめのコッペパン、牛乳、汁物、それに簡単なおかずが1品か2品つく程度だ。
例えば、麦ごはんに具の少ないみそ汁、野菜の和え物、牛乳。
別の日には、コッペパンに野菜スープ、小さなコロッケ、牛乳。
そんな献立が珍しくなかった。
肉や魚が出る日もあったが、量は少なく、大きな切り身や肉料理が出ることはめったにない。
豆腐や豆、卵、野菜などを使った料理で不足する栄養を補うことも多かった。
果物やデザートがつくのも、ときどきだけだった。
腹いっぱい食べられないほどではない。
だが、前世で食べていた給食と比べれば、明らかに品数も量も少なく、主人公にはずいぶん貧相に感じられた。
さらに、食料品そのものも高かった。
肉も魚も野菜も、気軽に大量に買えるような値段ではない。
主人公の家ほど裕福な家庭でさえ、高級な肉や魚、果物などを買うのは、誕生日や祝い事といった特別な日くらいだった。
高いのは食料だけではなかった。
外食も、日用品も、服も高い。
この世界では、何をするにも金がかかった。
主人公は、この世界で暮らしていくうちに、前世との違いを嫌でも実感するようになった。
――前の世界では、豊かな暮らしが当たり前だったのにな。
今の家は、周囲と比べれば十分に裕福なほうだ。
それでも、前世では当たり前のように買えていたものが、今ではそう簡単には手に入らない。
裕福な家庭であっても、欲しいものを気軽に買えるわけではない。
金に困っているわけではない。それでも、決して豊かな暮らしができるわけではなかった。
皮肉なことに、魔物に支配されていた前世のほうが、少なくとも物質的な豊かさだけを比べれば、はるかに恵まれていたのだった。
その事実が、主人公にはなんとも皮肉に思えた。
そして、違っていたのは生活だけではない。
恋愛事情も大きく異なっていた。
この世界では、恋人のいない男性が圧倒的に多かった。
学校でも、男子生徒の大半には彼女がいない。
恋人がいる男子のほうが珍しいくらいだった。
ところが主人公には、ほどなくして彼女ができた。
背が高いうえに、かなりの美男子だったことが大きかったらしい。
主人公自身も、それはよく分かっていた。
――この顔じゃなかったら、たぶん俺も彼女なんてできなかったんだろうな。
そう思うほどだった。
やがて主人公も新しい世界での生活に慣れ、高校生になった。
そんなある日のこと。
彼女が楽しそうな顔で話しかけてきた。
「ねえ、今度のお祭り、一緒に行こうよ」
「祭り?」
「そう。この地方で一番大きなお祭り。年に一度しかないんだから」
しかし、主人公はまったく興味を示さなかった。
人混みは苦手だったし、わざわざ大勢の人が集まる場所へ出かけたいとも思わない。
「俺はいいよ。友達と行ってきたら?」
「えー! なんでよ!」
「人、多いだろ。疲れるし」
「一年に一回しかないのよ?」
「一年に一回なら、来年もあるだろ」
「そういう問題じゃない!」
彼女は頬を膨らませた。
それでも主人公は行く気にならない。
ところが彼女は、まったく諦めようとしなかった。
「お願い!」
「嫌だよ」
「絶対楽しいから!」
「人混みが嫌なんだって」
「一緒に行きたいの!」
「友達と行けばいいだろ」
「あなたと行きたいの!」
何度断っても、彼女は引き下がらなかった。
翌日も、その翌日も祭りの話を持ち出してくる。
とうとう主人公のほうが根負けした。
「……分かったよ。行けばいいんだろ」
「ほんと!?」
「ああ」
「やった!」
彼女は満面の笑みを浮かべた。
その喜びようを見て、主人公は小さくため息をつく。
――祭りなんて、何がそんなに楽しいんだか。
こうして主人公は、ほとんど興味のなかった地方最大の祭りへ行くことになった。




