159話 解放された後の世界
世界各地で破壊された街は、比較的早く復興していった。
幸いにも、戦いによって大きな被害を受けたのは、都市中心部や商業地が多かった。そのため、住宅地や工場、農地などには比較的多くの施設が残されていた。
支配から解放された人々は、力を合わせて働いた。
瓦礫を片づけ、道路を直し、壊された建物を建て直す。
工場も次々と操業を再開し、必要な資材や生活用品を生産した。
人々の協力もあり、破壊された街は想像していたよりも早く復興していった。
そして、支配から解放された世界では、人口が急激に増えていった。
これまで産む子どもの数を制限されていた人々は、自由を取り戻すと、次々に子どもをもうけた。
町には新しい住宅が建ち並び、学校には大勢の子どもたちの声があふれるようになった。
しかし、やがて人口は増えすぎてしまった。
増え続ける人々の生活を支えるため、森林は次々と切り開かれた。
農地や住宅地が広がり、工場も次々と増えていった。
都市部には多くの人々が集中して暮らすようになり、それに伴って高層ビルも増えていった。
海や川は汚れ、食料や水、エネルギーの不足まで問題となっていった。
漁業も例外ではなかった。
乱獲や海洋環境の悪化によって、漁獲量は年々減少していった。
人類は宇宙人から世界を取り戻したはずだった。
ところが今度は、自分たちの手で地球の自然を破壊し始めたのである。
それから、長い年月が流れた。
社会が成熟していくにつれ、今度は人口が少しずつ減り始めた。
結婚しない者が増えていったのだ。
宇宙人に管理されていた時代とは違い、恋愛も結婚も完全に自由になっていた。
しかし、自由になったからといって、誰もが簡単に相手を見つけられるわけではなかった。
女性たちの中には、より容姿の整った男性や、収入、社会的地位などの条件がよい男性を求める者が増えていった。
一方、男性も、ある程度の収入と安定した生活基盤がなければ、結婚までたどり着くことが難しくなっていた。
そして、宇宙人の支配が終わったことで大きく変わったのは、結婚だけではなかった。
働くことも自由になった。
宇宙人に支配されていた時代には、一定の年齢になれば、誰もが働くことを求められていた。
職業もある程度管理され、社会全体で必要な労働力が確保されていた。
しかし、解放後は違った。
働くかどうかも、どれだけ働くかも、すべて本人の自由となった。
もちろん、それは人類が長い支配の末に手に入れた大切な自由だった。
だが、その自由は新たな問題も生み出した。
働かない者や、必要最低限しか働かない者が次第に増えていったのである。
仕事をしなくても家族の資産で生活できる者もいれば、最低限の収入だけで暮らすことを選ぶ者もいた。
さらに、結婚した女性の中には、仕事を辞めて専業主婦になる者も増えていった。
宇宙人の支配下では、男女ともに働くことが当たり前とされていた。
だが、解放後はその必要がなくなった。
「夫の収入だけで生活できるなら、無理に働く必要はない」
そう考える女性も少なくなかった。
子どもが生まれれば、育児や家事に専念するため、そのまま仕事へ戻らない者も増えていった。
次第に、一家の収入を夫1人が支え、妻は家庭を守るという世帯も珍しくなくなった。
その結果、結婚後に労働市場から離れる女性が増え、社会全体の労働力はさらに減少していった。
同時に、結婚相手となる男性には、家族全員を養えるだけの収入が求められるようになった。
安定した職に就き、高い収入を得ている男性には結婚希望者が集まった。
一方、収入の低い男性や非正規雇用の男性は、ますます結婚相手として選ばれにくくなっていった。
こうして、働く人間の割合そのものが少しずつ減っていった。
結婚しない人や、結婚したくてもできない人が増え、子どもの数も減っていく。
若者が減る一方で、高齢者の割合は増え続け、労働人口も減少していった。
工場では人手が足りなくなり、農業や漁業、運送、建設などでも慢性的な労働力不足が発生した。
生産できる物の量は、少しずつ減っていった。
食料も、日用品も、住宅も、以前のように十分な量を供給できなくなっていく。
物が不足すれば、当然、価格は上がった。
そして、労働力不足の影響は、町そのものにも現れ始めた。
新しい建物を建てようとしても、建設作業員が足りない。
古くなった建物を取り壊そうとしても、人手も予算も足りない。
そのため、何十年も前に建てられた住宅や商業施設が、そのまま使われ続けるようになった。
外壁がひび割れた建物。
錆びた看板。
閉店したまま放置された店。
窓ガラスが割れた空き家。
かつて多くの人でにぎわっていた町並みは、少しずつ荒れ果てていった。
道路の補修も追いつかなかった。
小さな亀裂はやがて大きな穴となり、車はそれを避けながら走らなければならなくなった。
歩道もひび割れ、場所によっては雑草がアスファルトを突き破って伸びていた。
水道管や下水道、電力設備といったインフラも老朽化していった。
以前なら故障する前に交換されていた設備も、今では壊れるまで使い続けるのが当たり前になっていた。
新しい設備を造る余裕などない。
今あるものを何とか維持するだけで精いっぱいだった。
水道管が破裂しても、修理されるまで何日もかかる。
停電が起きても、すぐには復旧しない。
下水設備が故障したまま放置され、悪臭が漂う地域まで現れた。
予算不足により、十分な清掃が行われない場所も増えていった。
道路脇にはゴミが散乱し、伸びた草の間に空き缶や壊れた家具が放置されている。
公園も同じだった。
清掃や管理をする人手が足りず、手入れされなくなった公園や空き地では雑草が伸び放題となり、中には人の背丈ほどの草が生い茂っている場所さえあった。
壊れた遊具やベンチも、そのまま放置されている。
かつては美しく整備され、清潔に保たれていた町並みも、十分な維持管理ができなくなったことで、年月とともに少しずつ荒れ果てていった。
それだけではなかった。
格差の拡大によって、家を失う人間も増えていた。
家賃を払えなくなり、住んでいた部屋を追い出される者。
仕事を失い、貯金を使い果たす者。
家族にも頼れず、そのまま路上生活を始める者。
駅の周辺や高架下、公園には、段ボールや古い毛布で寝床をつくる人々の姿が見られるようになった。
中には、かつて普通の会社員として働き、家族と暮らしていた者もいた。
それでも、一度生活の基盤を失えば、再び元の生活へ戻ることは簡単ではなかった。
豊かな者が暮らす地域では、道路も建物も比較的きれいに維持されていた。
警察が定期的に巡回し、ゴミも毎日のように回収されていた。
街は常に清潔で、美しい状態に保たれていた。
だが、その地域を少し離れれば、まるで別の国のような光景が広がっていた。
こうして、住む場所によって生活環境まで大きく異なる社会になっていった。
一方で、資産や土地、企業を所有する一部の人間には、さらに富が集まっていった。
働かなくても資産から収入を得られる者は、ますます豊かになる。
その反対に、安定した仕事に就けない者や、資産を持たない者の生活は急速に苦しくなっていった。
こうして、社会の貧富の差は、以前とは比べものにならないほど大きくなった。
大きな家に住み、毎日のように高級料理を食べる者がいる一方で、まともな食事すら取れない者もいた。
1日に1度しか食事を取れない家庭。
カップラーメンなど、安い保存食だけで暮らす家庭。
肉や魚を頻繁に食べられない家庭。
家賃を払えず、狭い共同住宅や古びた建物で暮らす人々も珍しくなかった。
中には、その日の食べ物を確保することさえ難しい生活を送る者もいた。
宇宙人による強制的な管理はなくなった。
しかし今度は、自由競争の中で取り残される人々が大量に生まれてしまったのである。
雇用も不安定になった。
正社員になれず、非正規雇用で働き続ける者が増えていった。
働くことを選ばず、無職のまま暮らす人間も少なくなかった。
女性の場合、無職や非正規雇用であっても結婚できる者は一定数存在した。
結婚後、そのまま専業主婦になる者も多かった。
しかし、男性にとって状況はさらに厳しかった。
非正規雇用の男性や無職の男性は結婚相手として選ばれにくくなり、結婚までたどり着ける者は少なくなっていった。
安定した収入を持つ男性に人気が集中する一方で、その条件を満たせない男性は、恋愛や結婚の機会を得にくくなっていく。
こうして、男女が相手に求める条件が噛み合わなくなり、恋人すらできない者が増えていった。
そして、たとえ結婚できたとしても、子どもをつくらない夫婦は珍しくなくなった。
子どもを育てるだけの経済的な余裕がない家庭が増えていたからだ。
特に貧しい家庭では、自分たちが生きていくだけで精いっぱいだった。
食費も高い。
家賃も高い。
教育費もかかる。
子どもを産みたくても、産めない。
そんな家庭が次々と増えていった。
その一方で、若者の数は減り続け、高齢者の割合は増え続けた。
高齢者の年金、医療、介護を支えるため、社会保障に必要な費用は年々膨らんでいった。
その財源を確保するため、税金や社会保険料は引き上げられていく。
当然、人々の生活はさらに苦しくなった。
給料をもらっても、その多くが税金や社会保険料として消えていく。
家を買う余裕もない。
結婚する余裕もない。
ましてや、子どもを育てる余裕などなかった。
若者たちは、ますます子どもをつくらなくなった。
すると、社会を支える側の人間はさらに減っていく。
支える人間が減れば、残された若者1人ひとりにかかる負担は、さらに重くなる。
負担が増えれば、結婚や出産を諦める者がまた増える。
そして、出生率はさらに下がっていった。
人口が減る。
働く人間も減る。
専業主婦や無職の人間が増える。
生産量が落ちる。
物価が上がる。
貧富の差が広がる。
町を維持する人間が減る。
道路や建物が老朽化する。
生活環境が悪化する。
税金や社会保険料が上がる。
生活が苦しくなる。
結婚する人が減る。
子どもが生まれなくなる。
そして、さらに人口が減っていく。
世界は、そんな悪循環から抜け出せなくなっていた。
宇宙人は、もういない。
人類を支配する者もいない。
誰かに職業を決められることもない。
誰かに働けと命令されることもない。
結婚したあとも働き続けるのか、それとも家庭に入るのか。
それすら、自分で自由に決められる。
誰かに結婚相手を決められることもなければ、産む子どもの数を決められることもない。
人間は、かつて望んでいた自由を手に入れた。
だが、自由を手に入れたからといって、全員が豊かになったわけではなかった。
自由の中で成功し、かつてないほど豊かになる者もいた。
その一方で、仕事を失い、結婚もできず、毎日の食事にさえ困る者もいた。
かつて最新の建物が並んでいた町では、古びたビルの隙間から雑草が伸び、穴だらけの道路の脇にはゴミが転がっていた。
そのすぐそばでは、家を失った人々が段ボールの上で眠っている。
それでも、以前のように宇宙人が命令し、社会全体を強制的に維持してくれることはない。
良くも悪くも、自分たちの社会は、自分たちで維持していかなければならなかった。
主人公が命を懸けて守った世界は、長い年月を経て、まるで転生前の地球を思わせる社会へと変わっていた。
自由を手に入れたとしても、すべての問題がなくなるわけではない。
1つの問題を解決すれば、また別の問題が生まれる。
歴史は終わらない。
ただ形を変えながら、何度も繰り返していく。
――そんな世界に、主人公は1人の男の子として転生したのであった。




