156話 ボスが帰ってきた。
主人公は、誰もいなくなった敵の拠点で生活することにした。
なにしろ、今の自分の姿を人に見られるのが恥ずかしかったからだ。
しかし、問題は食料や生活必需品だった。
すでに主人公は普通に買い物をすることができない。
そのため、必要なものがなくなるたびに町へ出て、店や倉庫から奪うしかなかった。
当然、そのたびに警報が鳴り、軍隊が駆けつけてくる。
だが――。
今の主人公は、魔法戦士少女だった。
普通の兵士が、まともに戦って勝てる相手ではない。
襲撃してきた軍隊を退け、必要な物資を奪い、拠点へ戻る。
主人公は、そんな生活を続けていた。
その頃――。
一隻の宇宙船が、地球へと降り立った。
乗っていたのは、かつて主人公を殺した宇宙人たちのボスだった。
ボスは長い間、地球を離れていた。
自分たちが他に移住できる星がないか、一人で宇宙を探索していたのだ。
地球のことは、部下たちに任せておけば問題ない。
そう考えていた。
しかし――。
長い探索を終え、ようやく地球へ帰還したボスが目にしたものは、出発前とはまるで違う光景だった。
町は崩壊していた。
建物は焼け落ち、道路には巨大な穴が開き、地下に築かれていた拠点までもが完全に破壊されている。
そして何より――。
仲間たちの姿が、どこにもなかった。
戦士も。
老人も。
子供も。
町で暮らしていた同じ種族の者たちは、一人残らず死んでいた。
生き残ったのは、探索のため偶然地球を離れていたボスただ一人。
「何が……あった……?」
ボスは呆然としながら、焼け落ちた町を歩いた。
探索へ出る前まで、ここには大勢の仲間たちがいた。
帰ってくれば、いつものように迎えてくれるはずだった。
くだらない話をして、笑い合う。
そんな日常へ戻れると思っていた。
だが、いくら呼びかけても返事はない。
やがてボスは近くにいた人間を捕まえ、何が起きたのか問い詰めた。
犯人は、すぐに分かった。
――男の魔法戦士少女。
たった一人の魔法戦士が町を襲い、そのまま拠点へ乗り込み、そこにいた宇宙人たちを皆殺しにしたのだという。
「…………」
ボスは何も言わなかった。
だが、手は震えていた。
ボスの端末には、以前の戦いで魔法戦士少女へ取り付けた発信機の情報が残っていた。
端末を起動する。
画面上に、一つの赤い光点が浮かび上がった。
そこは町から遠く離れた、かつて自分たちの拠点が存在していた施設だった。
どうやら魔法戦士は、今もそこにいるらしい。
逃げる様子もない。
敵が全滅したと思い、安心しきっているのだろう。
ボスは一人で武器を準備した。
仲間を集める必要などなかった。
いや――。
もう、集められる仲間など存在しなかった。
「正面から戦えば……私も殺される」
あの魔法戦士のスーツが、どれほど強固なのかは知っている。
完全に目を覚ました状態で正面から戦えば、自分でも勝てる保証はない。
だからこそ、ボスは夜を待った。
そして――深夜。
主人公は拠点の一室にあるベッドで眠っていた。
変身を解除することができないため、白とピンクを基調とした戦闘スーツを着たままだ。
胸元には大きな赤いリボン。
そしてハート形のステッキは、ベッドのすぐ横に置かれていた。
静まり返った部屋。
そのとき――。
轟音とともに、窓が吹き飛んだ。
「なっ――!?」
主人公が目を覚ました瞬間だった。
外から放たれた攻撃が、一直線に室内へ飛び込んできた。
次の瞬間。
凄まじい爆発が起こった。
壁が砕け、天井の一部が崩れ落ちる。
眠っていた主人公は反応が遅れ、横に置いてあったステッキを手に取ることすらできなかった。
「な、なんで……!?」
主人公は混乱した。
「今まで……ほとんどダメージなんて受けなかったのに……どうして……!」
身体を起こそうとした、その直後。
二発目の攻撃が主人公の胸元へ直撃した。
「――っ!」
スーツの防御機能が作動し、主人公の身体を包み込むように魔法の光が広がる。
しかし、至近距離から撃ち込まれた攻撃の威力を完全に防ぐことはできなかった。
主人公の身体がベッドから吹き飛ぶ。
そのまま壁へ激突した。
「ぐっ……ああっ……!」
主人公は床へ崩れ落ちた。
身体が動かない。
腕は震え、呼吸は激しく乱れている。
口元から血が流れ落ちた。
今まで傷一つつかなかった戦闘スーツにも亀裂が走り、胸元の赤いリボンは黒く焼け焦げていた。
やがて――。
破壊された窓から、一人の男がゆっくりと部屋へ入ってきた。
その姿を見た瞬間、主人公は目を見開いた。
「お、お前は……」
忘れるはずがない。
前世で、自分を殺した宇宙人たちのボスだった。
お腹が出ていて、老け込んでいた。人間でいえば、六十歳くらいに見えた。
主人公は周囲を見回した。
だが、ほかの宇宙人が入ってくる様子はない。
やって来たのは、ボスただ一人だった。
「……ほかの仲間は?」
主人公がそう尋ねた瞬間――。
ボスの表情がゆがんだ。
「お前が殺した」
「……え?」
「町にいた者も、拠点を守っていた者も……全員だ」
主人公は何も答えなかった。
ボスは床に倒れている主人公を見下ろした。
「私が帰ってきたときには……誰一人として生きていなかった」
その声は、意外なほど静かだった。
怒鳴ることもない。
叫ぶこともない。
しかし――。
ボスの目からは、涙が流れていた。
「帰れば、また会えると思っていた」
主人公は息を呑んだ。
「いつものように……笑って迎えてくれると思っていた」
ボスの声が、わずかに震える。
「だが……何も残っていなかった」
主人公は壁にもたれながら、必死にステッキへ手を伸ばした。
あと少し。
あと少しで届く。
ボスには、もう命令を聞く部下はいない。
戦いを見届ける仲間もいない。
この復讐を果たしたところで、帰る場所さえ残されていない。
それでもボスは、たった一人で主人公の前へやって来たのだ。
主人公は床に手をついた。
全身が震えている。
立ち上がれない。
逃げることもできない。
それでも、主人公は必死に身体を起こそうとした。
「私は……まだ……死ぬわけにはいかない……」
その言葉を聞いたボスが、静かに尋ねた。
「……なぜだ?」
「え……?」
「なぜ、こんなことをした?」
主人公は一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。
だが、すぐに答えた。
「決まっているだろ……」
主人公は苦しそうに息をしながら、それでもボスを睨みつけた。
「人類を……お前たち宇宙人から守るためだ」
「…………」
「父さんも……母さんも殺された」
主人公の拳が震える。
「友達も……みんな殺された。お前たちに食べられたんだ!」
これまで押し殺していた感情が、一気にあふれ出す。
「だから戦った!」
主人公は叫んだ。
「お前たちを倒して、人類を救ったんだ!」
しかし――。
ボスは何も言わなかった。
ただ、静かに涙を流していた。
その反応に、主人公は戸惑う。
「……なんだよ」
ボスは、しばらく主人公を見つめていた。
そして、震える声で言った。
「お前は……何も知らないのか」
「……何?」
主人公は眉をひそめた。
ボスは涙を拭おうともせず、信じられないものを見るような目で主人公を見つめる。
そして――。
「私たちは……」
一度、言葉を詰まらせた。
「お前たち人類のために、すべてやっていたのだぞ」
「…………は?」
主人公は目を見開いた。
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
人間を殺した。
両親を殺した。
友人たちを殺した。
そして、人間を食料として扱っていた。
そんな連中が――。
人類のためにやっていた?
「……どういう、ことだ?」
主人公の声が震えた。
これまで自分が信じてきたすべてをひっくり返すような言葉だった。




