155話 これで世界は救われた
かゆみと寝不足に耐える日々。
このまま襲撃を受け続けていたら、敵に倒されるより先に、自分の身体と精神が壊れてしまう。
それだけではない。
買い物にも困るようになっていた。
店でいつものように手のひらをかざしても、入場すらできず、決済もできなくなっていたのだ。
どうやら主人公の行動に気づいた魔物たち――宇宙人によって、手のひらに埋め込まれた決済用チップを無効化されてしまったらしい。
現金は、この世界には存在しない。
仕方なく、食料や生活に必要な物資は、店や倉庫から奪うしかなかった。
当然、そのたびに警報が鳴り、軍隊が駆けつけてくる。
そして、また戦闘になる。
そんな生活を続けるうちに、主人公の忍耐はとうとう限界に達した。
「……もういい」
主人公は、ついに決意した。
魔物――宇宙人たちの拠点を、こちらから滅ぼすことを。
拠点の場所を見つけること自体は、それほど難しくなかった。
前世の地図には載っていたのに、現在では存在しないことになっている土地。
あるいは、現在の地図で不自然なほど大きな空白になっている地域。
そうした場所を1つずつ調べていけばよかった。
しかも、宇宙人たちは自分たちの技術を過信していた。
外部から侵入できないよう、巨大な防壁で囲っているだけで、上空から拠点を隠すための工作はほとんど行っていなかった。
主人公は飛行機を盗み、パイロットを脅して操縦させた。
そして、上空から空白地帯を確認すると――。
そこには、巨大な街が広がっていた。
「……なんだ、これ」
主人公は思わず声を漏らした。
想像していたのは、兵舎や軍事施設が立ち並ぶ基地だった。
だが、実際に見えたものは違っていた。
巨大な防壁の内側には、無数の建物が並んでいた。
高層建築物もあれば、低層の住宅もある。
道路には車両が行き交い、商業施設らしき建物も見える。
公園のような場所まであった。
建物の配置も道路の造りも、人間の都市とそれほど変わらなかった。
「……普通の街じゃないか」
どうやら、ここは単なる軍事拠点ではないらしい。
宇宙人たちが生活している街そのものだった。
兵士だけでなく、その家族も暮らしているのだろう。
主人公は画面を拡大した。
学校らしき施設。
住宅街。
巨大な商業施設。
そして、街の中心部には、ひときわ大きな建物がそびえ立っていた。
「あれが司令部か……?」
詳しいことは分からない。
だが、ここが宇宙人たちの重要な拠点であることは間違いなさそうだった。
主人公は、画面に映る街を見つめながら考えた。
この拠点を破壊すれば、もう夜中に襲われることもないかもしれない。
眠っている最中に攻撃され、全身のかゆみと疲労に苦しめられる生活からも解放される。
ただし、問題が1つあった。
街の規模が、あまりにも大きかったのだ。
外を歩いている宇宙人だけでも数千体。
建物の中にいる者まで含めれば、数万体、あるいはそれ以上いるかもしれない。
主人公は、胸元の赤いリボンを見下ろした。
変身は、いまだに解除できない。
白とピンクのフリル付きスカートも、ハート形のステッキも、そのままだった。
「こんな格好で敵の街に乗り込むのかよ……」
思わず、ため息が漏れる。
だが、ほかに方法はなかった。
敵は、主人公の手のひらに埋め込まれたチップを利用し、その居場所を常に把握している。
逃げても無駄だ。
隠れても、いずれ見つかる。
ならば――。
こちらから攻め込むしかない。
主人公は、夜明け前に出発した。
空白地帯へ近づくにつれて道路は荒れ、やがて人間の民家も街灯も見えなくなった。
森の中へ入る。
不気味なほど静かだった。
鳥の鳴き声さえ聞こえない。
しばらく進むと、木々の向こうに黒い壁が見えてきた。
「……でかいな」
高さは数メートル。
左右を見渡しても端が見えないほど、巨大な防壁だった。
その向こうには、先ほど上空から確認した宇宙人たちの街が広がっているはずだった。
主人公が1歩近づいた、その瞬間――。
赤い警告灯が一斉に点灯した。
『侵入者を確認』
無機質な機械音声が、森中に響き渡る。
続いて、巨大な門がゆっくりと開いていった。
その向こうから現れたのは、武装した宇宙人たちだった。
数百体もの兵士が、次々と門から飛び出してくる。
しかし、その奥に見えた光景は、主人公が想像していたものとは違っていた。
街の中を、大勢の宇宙人たちが逃げ回っていたのだ。
男性も女性もいる。
老人もいた。
幼い子どもの手を引いて逃げる者もいれば、赤ん坊を抱えて避難する者もいる。
商店のような建物から飛び出してくる者。
住宅から家族を連れ出す者。
道路では、避難する車両が列をつくっていた。
その光景は、人間の街が襲撃されたときと、ほとんど変わらなかった。
「……こいつらも、普通に生活しているんだな」
主人公は小さくつぶやいた。
宇宙人たちにも家庭があり、日常がある。
仕事をし、買い物をし、家族と暮らしている。
この街に住んでいる者すべてが兵士というわけではないのだ。
だが、武装した宇宙人たちは、そんな主人公の事情など知る由もなかった。
彼らにとって、主人公は突然街を襲撃してきた侵略者だった。
兵士たちは主人公を取り囲むと、一斉に声を上げた。
「絶対に街へ入れるな!」
「家族を避難させろ!」
「子どもたちを守るんだ!」
さらに、後方から別の兵士が叫んだ。
「ボスが戻るまで耐えろ!」
「この街を守るんだ!」
「我々が時間を稼げば、ボスが必ず助けてくださる!」
主人公は、ハート形のステッキを強く握りしめた。
「……またそれかよ」
もう何度聞いたのか分からない言葉だった。
彼らは追い詰められると、必ずボスの名を口にする。
どれほど危険な状況でも、そのボスが助けに来ると信じている。
だが――。
そのボスは、1度として姿を現したことがなかった。
主人公はステッキを胸の前に構えた。
「悪いけど、もう終わりにさせてもらう」
次の瞬間。
宇宙人たちが四方八方から一斉に飛びかかってきた。
主人公の全身を、まばゆい光が包み込む。
「まとめて吹き飛べ!」
ステッキの先端から、巨大なハート形の光線が放たれた。
正面にいた兵士たちが光に飲み込まれる。
そのまま光線は防壁へ突き刺さり――。
轟音。
巨大な防壁の一角が、一瞬にして吹き飛んだ。
爆発音と衝撃が、街全体を揺るがす。
防壁の破片が周囲に飛び散り、近くにあった建物が次々と崩れていった。
街の中では警報が鳴り響いていた。
道路を走る車両が急停止し、宇宙人たちが悲鳴を上げながら逃げ惑う。
主人公は、破壊された防壁の向こうへ足を踏み入れた。
そこには、人間の街と変わらない光景が広がっていた。
整備された道路。
立ち並ぶ住宅。
商品が並べられた商店。
子どもたちが遊ぶための公園。
街路樹が植えられ、歩道にはベンチまで設置されていた。
「……本当に街なんだな」
だが、そんな光景を眺めている余裕はなかった。
建物の陰から、武装した宇宙人たちが次々と現れたのだ。
「侵入者を排除しろ!」
「絶対に住宅街へ近づけるな!」
「ここは俺たちの街だ!」
兵士たちが一斉に攻撃を仕掛けてきた。
主人公はステッキを振りかざした。
まばゆい光が放たれ、兵士たちを吹き飛ばす。
しかし、光線は兵士だけで止まらなかった。
背後にあった建物まで貫いてしまったのだ。
巨大な建築物が崩れ落ち、周囲の住宅を巻き込んでいく。
別の方向からも攻撃が飛んできた。
主人公は反射的にステッキを振った。
今度は、商業施設らしき建物が爆発した。
さらに、街の中心部から重装備の部隊が現れる。
その後方には巨大な兵器まで配備されていた。
「まだ……こんなにいるのかよ……」
主人公は疲れ切った身体で、もう1度ステッキを構えた。
腕が重い。
身体も限界に近い。
それでも、ここで止めるわけにはいかなかった。
ここで逃げれば、また同じ日々が始まる。
眠るたびに襲われる。
傷そのものは残らなくても、かゆみと疲労、そして寝不足だけが積み重なっていく。
「もう……あんな生活はごめんだ!」
再び、ステッキがまばゆい光を放った。
巨大な光線が街の中心部を貫いた。
高層建築物が崩れ落ちる。
道路が裂け、地下施設が吹き飛ぶ。
街のあちこちから炎が上がった。
それでも、宇宙人たちは抵抗を続けた。
「ここを突破されたら、家族が殺される!」
「逃げるな! 最後まで守るんだ!」
彼らにとって、ここは単なる軍事拠点ではなかった。
自分たちが生まれ、育ち、家族と暮らしてきた故郷だったのだ。
だからこそ、最後まで抵抗した。
だが、主人公の魔法は圧倒的だった。
どれほど兵士が集まっても、どれほど強力な兵器を持ち出しても、主人公を倒すことはできなかった。
そして、戦闘が終わったころには――。
街そのものが、ほとんど原形をとどめていなかった。
かつて住宅が立ち並んでいた場所には、瓦礫が積み重なっていた。
商業施設も、学校も、公園も、すべて破壊されていた。
主人公は、崩れ落ちた街を見渡した。
「……これで、もう襲ってこないだろ」
そうつぶやくと、次の拠点を探すため、その場を後にした。
――しかし、それで終わりではなかった。
ほかにも宇宙人たちの街が存在していたのだ。
しかも、その数は想像以上だった。
主人公は前世の地図と現在の地図を照らし合わせ、世界各地に存在する空白地帯を調べ始めた。
そして、次々と宇宙人たちの街を発見していった。
ある街は巨大な山脈の内側に存在していた。
ある街は砂漠の中心部に建設されていた。
またある街は、かつて人間の大都市が存在していた場所に造られていた。
どの街も、驚くほど発展していた。
住宅街があり、商業施設があり、学校がある。
工場で働く者もいれば、店を経営する者もいた。
子どもたちは学校に通い、老人たちは公園でくつろいでいた。
宇宙人たちは、人間とそれほど変わらない生活を送っていたのだ。
しかし、主人公が近づくと、どの街でも同じことが起きた。
警報が鳴り響く。
住民たちが避難する。
兵士たちが武器を手に集まってくる。
そして、必ず同じ言葉を叫んだ。
「ボスが戻るまで耐えろ!」
主人公は、その言葉を聞くたびにうんざりした。
「だから、そのボスはいつ来るんだよ!」
だが、宇宙人たちは答えなかった。
ただひたすら、街を守るために戦い続けた。
そして、主人公も攻撃をやめなかった。
――それから、主人公の戦いは数年にわたって続いた。
1つの街を破壊しては、次の街を探す。
日本だけではない。
アジア、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカ――。
世界中に隠されていた宇宙人たちの街を、1つずつ見つけ出していった。
そして、そのたびに激しい戦闘が繰り返された。
宇宙人たちは、自分たちの街を守るために戦った。
主人公は、自分の生活を取り戻すために戦った。
どちらも引かなかった。
ある街では、兵士たちが市街地に防衛線を築いた。
別の街では、住民たちまで武器を手に取り、主人公に抵抗した。
さらに別の街では、地下施設へ住民を避難させ、地上の軍隊が最後まで抵抗を続けた。
しかし、結果は変わらなかった。
主人公の強大な魔法によって、防衛線は突破され、建物は崩れ落ち、街は次々と破壊されていった。
住宅も、学校も、商業施設も、工場も。
戦闘に巻き込まれたものは、すべて瓦礫と化していった。
宇宙人たちが長い年月をかけて築き上げてきた都市が、次々と消えていったのだ。
そして、数年後――。
ついに最後の拠点が発見された。
そこも、これまでと変わらない巨大な街だった。
住宅があり、商店があり、学校があった。
大勢の宇宙人たちが暮らしていた。
そして、主人公が現れると、住民たちは避難を始め、兵士たちは必死に抵抗した。
「ここが最後の街だ!」
「絶対に守り抜け!」
「ボスが戻るまで耐えるんだ!」
主人公は、もう何度聞いたか分からない言葉に、ため息をついた。
「……もう聞き飽きたよ」
ステッキを振りかざす。
まばゆい光が街を包み込んだ。
巨大な爆発。
建物が崩れ落ち、防壁が吹き飛び、街全体が炎に包まれていく。
そして――。
最後の街も、崩れ落ちた。
主人公は瓦礫の中に立っていた。
周囲には、かつて大勢の宇宙人たちが暮らしていた街の残骸が広がっていた。
だが、もう攻撃してくる者はいなかった。
「……終わった」
主人公は小さくつぶやいた。
それを境に、主人公を襲撃する宇宙人は現れなくなった。
夜になっても敵は来ない。
眠っていても攻撃されない。
全身のかゆみに苦しめられることもない。
主人公はようやく、まともに眠ることができるようになった。
かゆみと寝不足に耐える日々は、ついに終わったのだ。
だが――。
その代償は、あまりにも大きかった。
宇宙人たちが暮らしていた都市のすべて破壊されていた。
そこにあったのは、単なる軍事施設ではない。
住宅があり、学校があり、商店があり、病院があった。
人間と同じように家族を持ち、仕事をし、日々の生活を営んでいた者たちの街だった。
それらが、主人公との戦闘によって次々と消滅したのだ。
そして、被害は宇宙人たちの街だけにとどまらなかった。
主人公と宇宙人との戦闘。
人間の軍隊との戦闘。
そして、主人公が放った強大な魔法。
それらが世界各地で何度も繰り返された結果――。
人間たちの都市にも甚大な被害が出ていた。
高層ビルは崩れ落ち、道路は寸断され、かつて大勢の人々が暮らしていた街は、瓦礫の山へと変わっている。
宇宙人たちの街だけでなく、人間たちの街までもが破壊されていたのだ。
主人公は、その光景を黙って見つめていた。
敵の襲撃は終わった。
もう、夜中に怯える必要はない。
ようやく眠ることができる。
それなのに――。
主人公の目の前に広がっているのは、平穏とはほど遠い光景だった。
宇宙人たちが築き上げた街は消えた。
人間たちが暮らしていた街も、いたるところで破壊されていた。
あれほど整備され、清潔で、安全だった世界が、今では見る影もない。
主人公は、瓦礫となった街を見つめながら小さくつぶやいた。
「……終わったんだよな。これで世界は救われた」
返事をする者はいない。
静まり返った街に、主人公の声だけが虚しく響いた。




