154話 敵からの卑劣な攻撃
主人公は、魔法戦士少女の姿のまま途方に暮れていた。
白とピンクを基調とした、フリル付きのスカート。
胸元には、これでもかというほど大きな赤いリボン。
手には、ハート形の飾りが付いたキラキラのステッキ。
どこからどう見ても、完璧な魔法戦士少女である。
しかも衣装の下には、ブラジャーやショーツ、ガーターストッキングまで身につけていた。
さらに厄介なことに、ストッキングはガーターストラップでしっかりと固定されている。
そのガーターストラップは外すことができず、ガーターストッキングを脱ぐこともできなかった。
しかも、ガーターストラップが邪魔になるため、どれだけ頑張っても、ショーツは膝上あたりまでしか下ろすことができなかった。
そのため完全に脱ぐこともできず――結局、主人公は女性用の下着一式を常に身につけたまま生活する羽目になっていた。
毎回悪戦苦闘することになり、主人公にとっては日常生活の中でもかなり深刻な問題になっていた。
しかも――。
この魔法少女の中身は、成人男性だった。
「どうして取れないんだよ、このリボン!」
主人公は鏡の前で、胸元の赤いリボンを両手でつかんでいた。
変身を解除する方法は簡単だ。
胸元のリボンを外す。
ただ、それだけ。
――本来なら。
しかし主人公は、成人男性の大きな身体のまま、少女用に作られた魔法戦士スーツへ無理やり変身してしまった。
当然、サイズなど合うはずがない。
衣装は全身パツンパツン。
胸元のリボンも限界まで引っ張られ、いつの間にか絶対にほどけそうにないほど固く結ばれていた。
「ふんっ!」
主人公は力いっぱい引っ張る。
外れない。
「ぬおおおおおっ!」
さらに力を込める。
それでも外れない。
むしろリボンより先に、主人公の身体のほうが前へ引っ張られた。
「ぐえっ!」
鏡の中では、かわいらしい魔法少女が低い声で力んでいる。
主人公はその光景を見て、思い切り顔をしかめた。
「見た目と声が合ってなさすぎるだろ! しかも自分で見ても気持ち悪い!」
次にハサミを持ってくる。
チョキン。
――弾かれた。
今度は包丁。
ガキン。
――傷一つ付かない。
さらにペンチで無理やり引っ張る。
――今度は主人公の首が締まりかけた。
「防御機能が優秀すぎる!」
ここにきて主人公は、以前、小さな女の子から言われた言葉の意味をようやく理解した。
『適合者以外は絶対に変身しちゃダメよ』
「魔力の相性とかじゃなかったのかよ!」
理由は、もっと単純だった。
サイズである。
身体に合った人間でなければ、変身したあと大変なことになるのだ。
「だったら最初から『サイズが合わないと脱げなくなります』って説明しろよ!」
「だけどそれって、私じゃなくてもよかったんじゃない? だから、それ以上は何も言わなかったのか」
だから、適合者もすぐに見つかったのか。そんな簡単に見つかるのはおかしいと思った。
結局、その日も変身を解除することはできなかった。
主人公は魔法少女姿のまま、ステッキを枕元へ置き、ベッドに横になる。
しかし、ここでも問題があった。
胸元の大きなリボンが顎に当たる。
腰のリボンが布団に引っかかる。
長い髪が背中の下へ入り込む。
スカートのフリルまでやたらと邪魔だった。
「この衣装を作ったやつ、絶対これ着たまま寝たことないだろ……」
何度も寝返りを打ち、ようやく楽な姿勢を見つける。
「やっと寝られる……」
主人公が目を閉じた。
その瞬間だった。
ドカーン!
窓が吹き飛んだ。
「魔法戦士よ! 覚悟!」
十人を超える魔物が、一斉に部屋へ飛び込んでくる。
主人公は布団を跳ね飛ばした。
「今! 寝たところだぞ!」
主人公がステッキをつかんだ瞬間、魔物たちは一斉に光線を放った。
ドドドドドッ!
「いきなり撃つな!」
光線が主人公の身体へ直撃する。
しかし、魔法戦士のスーツはとてつもなく頑丈だった。
煙の中から、主人公がゆっくりと立ち上がる。
「……効いてない?」
身体には、虫刺され程度の小さな傷しか残っていない。
「おお! このスーツ、すごいじゃないか!」
だが、魔物たちも主人公を倒せないことはすぐに理解したらしい。
数発撃ち込むと、あっさり逃げていった。
問題は、そのあとだった。
攻撃を受けた場所が――。
「……かゆい」
虫刺されのように、じわじわとかゆくなってきたのだ。
さらに厄介なことに、主人公の手のひらには、国民管理用のチップが埋め込まれていた。
このチップは個人情報の管理だけでなく、買い物などの支払いにも使用されていた。
しかも、位置情報を把握する機能まで搭載されていた。
つまり、主人公がどこにいようと、その居場所は常に特定されてしまうのだった。
魔物たちは、このチップが発する信号を利用し、主人公の居場所を正確に突き止めていた。
どれだけ遠くへ逃げようと、どこに身を隠そうと、魔物たちの追跡から逃れることはできなかった。
ホテルへ逃げても見つかる。
山奥へ隠れても見つかる。
地下室へ逃げても見つかる。
しかも――。
なぜか魔物たちは、昼でも夜でも、必ず主人公が眠りについた直後を狙って襲ってきた。
ベッドに入り、ようやく意識が落ちたと思った瞬間――襲撃が始まる。
「寝た直後を襲うな!」
ある夜、たまらず主人公が怒鳴ると、魔物の1人が真顔で答えた。
「そこが1番隙がある」
「卑怯すぎるだろ!」
すると、別の魔物が武器を構えながら叫んだ。
「お前がエリア81を滅ぼした!」
「その復讐だ! みんなの仇を討つ!」
主人公は思わず聞き返した。
「……待て。他にもエリアがあるのか?」
「あるぞ。あと300ほどだ」
「300!?」
主人公は目を見開いた。
「あれが全部じゃなかったのかよ……」
神の世界を壊滅させれば終わりだと思っていた。
だが、どうやらそれは数ある拠点の1つにすぎなかったらしい。
それからというもの、魔物たちは毎日のように10人から20人ほどの集団で襲撃してきた。
しかも、狙うのは決まって主人公が眠った直後。
昼寝をしても襲われる。
夜に眠っても襲われる。
主人公にとって、眠ることそのものが命懸けになっていた。
しかも、正面から最後まで戦おうとはしない。
光線を一発。
二発。
「攻撃完了!」
「撤退!」
「早すぎる! 登場して三秒だぞ!」
しかも、出てくる方向がおかしい。
右から三人。
左から四人。
屋根の上から二人。
マンホールから三人。
さらに――。
ベッドの下から一人。
「お前、いつからそこにいたんだ!」
「夕方からだ!」
「俺がペンチでリボンを引っ張ってたところも見てたのか!」
魔物は少し気まずそうに目をそらした。
「安心しろ。途中から目を閉じていた!」
「最初は見てたんじゃないか!」
魔物たちは、三百六十度あらゆる方向から襲ってくる。
主人公が右を向けば、左から撃つ。
左を向けば、右から撃つ。
後ろを振り返れば、正面にいた魔物はすでに撤退準備を始めている。
「少しくらい正面から戦え!」
魔物は胸を張った。
「勝てない相手とは正面から戦わない! これが我々の戦術だ!」
「堂々と卑怯なことを言うな!」
しかし、普通の攻撃では魔物たちに逃げられてしまう。
主人公は、最初から必殺技を使うしかなかった。
「仕方ない……!」
ステッキを頭上へ掲げる。
先端の宝石が輝き、周囲に無数の星とハートが現れた。
すると主人公の意思とは関係なく、身体がくるりと回転する。
スカートがふわりと広がる。
リボンが舞う。
そして最後には、片足を少し曲げたかわいらしい決めポーズ。
「このポーズ必要か!?」
だが、技は止まらない。
主人公は低い声で叫んだ。
「必殺! ラブリー・スターライト・キャノン!」
かわいらしい技名とは裏腹に――。
ドゴオオオオオオオッ!
ステッキの先端から、巨大な虹色の光線が放たれた。
「どこがラブリーなんだよ!」
正面にいた魔物たちが光へ飲み込まれていく。
「ボスのために!」
「最後には、必ずボスが助けてくださる!」
「ボスが帰ってくるまで耐えるんだ!」
主人公はステッキを構えたまま叫んだ。
「最後じゃなくて今すぐ助けてもらえ!」
光の中から魔物が叫び返す。
「ボスは現在、外出中だ!」
「部下が命懸けで戦ってるときに何してるんだ!」
魔物たちは、そのまま光の中へ消えていった。
だが――。
必殺技は止まらなかった。
虹色の光線はそのまま一直線に突き進み、向かいの家を吹き飛ばす。
ドカーン!
さらに道路を削り、
電柱をなぎ倒し、
商店街を一直線に貫通する。
ドドドドドドドドッ!
そして最後には――。
遠くに見えていた山の頂上まで吹き飛んだ。
静寂。
主人公はステッキを構えたまま固まった。
「……え?」
目の前には、町を横断する巨大な溝ができていた。
コンビニの看板がクルクル回転しながら空を飛んでいる。
自動販売機が道路の真ん中で煙を上げている。
電柱は一本も残っていない。
遠くから住民たちの悲鳴が聞こえてきた。
「また魔法少女の男だ!」
「先週直したばかりの道路が!」
「変態魔法少女が町を壊してるぞ!」
「気持ち悪い。男なのによくこんな格好出来るな」
主人公は慌ててステッキを背中へ隠した。
「ち、違う! 俺じゃない! 魔物がやった!」
逃げようとしていた魔物の一人が振り返る。
「いや、それは完全にお前の必殺技だ!」
「お前は敵だろ! こういうときだけ正直になるな!」
必殺技は確かに強かった。
強力すぎるほど強かった。
魔物を一撃で倒せる。
その代わり――。
射線上にあるものも、だいたい全部なくなる。
しかも技は一方向にしか撃てない。
正面の魔物を倒している間に、左右や背後にいた魔物たちは逃げてしまう。
さらに問題があった。
襲撃してくる魔物は、男性兵士だけではなかった。
女性もいる。
老人もいる。
子供まで、小さな光線銃を持っている。
そして、ある夜――。
主人公は信じられないものを目にした。
「待て!」
一人の女性魔物が、赤ちゃんを抱えながら光線銃を構えていた。
主人公は思わずステッキを下ろす。
「どうして赤ちゃんを抱えて戦ってるんだ!」
女性魔物は胸を張った。
「我々の社会は完全な男女平等だからだ!」
「赤ちゃんまで戦力に数えるな!」
「男も女も! 大人も子供も! 等しくボスのために戦う!」
「それは平等じゃなくて、全員が平等にひどい目に遭ってるだけだ!」
すると、赤ちゃんが主人公のステッキを見て笑った。
「きゃっきゃっ!」
「ん?」
主人公が試しにステッキを軽く振る。
ポンッ。
先端から、小さな星形の光が飛び出した。
赤ちゃんは喜んで手を叩く。
「きゃっきゃっ!」
「おお、気に入ったのか?」
女性魔物が怒鳴った。
「敵の赤ちゃんをあやすな!」
「連れてきたのはお前だろ!」
その直後だった。
「今だ!」
魔物たちが四方八方から一斉に光線を放った。
ドドドドドッ!
腕。
脚。
背中。
腰。
次々と攻撃が命中する。
しかし、やはり魔法戦士スーツは頑丈だった。
主人公は煙の中から立ち上がり、腰に手を当てる。
「残念だったな!」
胸を張る。
見た目だけなら、完璧な魔法少女の決めポーズだった。
「お前たちの攻撃では、このスーツを破れない!」
数秒後。
「……ん?」
腕がむずむずした。
「……かゆい」
今度は脚。
「かゆっ」
背中。
腰。
首。
「待て待て待て!」
全身が猛烈にかゆくなってきた。
「ものすごくかゆいぞ!」
主人公はスーツの上から必死に腕をかく。
だが――。
ガリガリ。
指が肌まで届かない。
頑丈な魔法素材が邪魔をしているのだ。
「防御力が高すぎて、かゆいところをかけない!」
魔物たちは勝ち誇った。
「思い知ったか!」
「我々の恐ろしい攻撃を!」
主人公は怒りでステッキを構える。
その瞬間、魔物たちの顔色が変わった。
「待て!」
「落ち着け!」
「あっちを見ろ!」
「何だよ!」
主人公が振り返る。
必殺技の射線上には、大きな病院が建っていた。
魔物が必死に叫ぶ。
「次の必殺技を撃てば、病院まで消えるぞ!」
主人公は固まった。
「……それは困る」
ゆっくりとステッキを下ろす。
「今だ!」
「撤退!」
魔物たちは一斉に逃げ出した。
「しまった!」
主人公も追おうとする。
しかし――。
「かゆっ!」
全身がかゆい。
「眠っ!」
さらに連日の寝不足で、足元までふらついていた。
戦いが終わったあと、主人公は胸元のリボンをつかんだ。
「このリボンさえ外れれば……!」
変身を解除できる。
そうすれば薬も塗れる。
普通の服にも着替えられる。
何より、まともに眠れる。
「外れろおおおおおっ!」
全力で引っ張る。
びくともしない。
「なぜだあああああ!」
こうして毎晩、同じことが繰り返された。
十人から二十人の魔物が襲ってくる。
主人公が必殺技を撃つ。
何人かの魔物を倒す。
ついでに道路や建物も消える。
残った魔物には逃げられる。
魔物の攻撃では死なない。
しかし、虫刺されのような傷が増え、全身がかゆくなる。
そして、ようやく眠ろうとすると――。
ドカーン!
「魔法戦士よ!」
「また来たああああ!」
数日後。
主人公の目の下には、濃いくまができていた。
美しい魔法少女の顔なのに、表情だけは完全に寝不足の会社員である。
片手にはステッキ。
もう片方の手では、胸元のリボンを引っ張っている。
「かゆい!」
グイッ。
「眠い!」
グイグイッ。
「早く外れろ!」
しかしリボンは、びくともしない。
変身を解除する方法は――。
胸元のリボンを外すだけ。
ただし、そのリボンは絶対に外れない。
敵を倒す方法は――。
ステッキから必殺技を放つだけ。
ただし、その必殺技を撃つたびに、町が少しずつ消えていく。
主人公は、すでに半分ほど更地になった町を見渡した。
遠くでは、今日も道路の復旧工事が始まっている。
住民たちは誰一人として声をかけてこない。
ただ、怯えた目で主人公を見ていた。
その視線が痛い。
主人公は頭を抱えた。
そして、魔法少女とは思えない低い声で絶叫した。
「魔物より先に、俺がこの町を滅ぼしそうだあああああ!」
その叫び声は、かつて商店街だった更地の向こうまで響き渡った。




