151話 神さまの生活
ボスの命令により、魔物たちは神の世界の各地で作物を育て、家畜を飼い、さらには魚の養殖まで行っていた。
畑で作業をしていた一匹の魔物が、収穫した野菜を手に取り、顔をしかめる。
「しかし、人間ってのは、よくこんなまずいものを食べるよな」
隣で作業していた魔物が笑った。
「俺たちは、人間さえ食べられれば満足なのにな」
「仕方ないだろ。最近の人間は餌にもうるさくなってきたんだ。毎日同じものばかりじゃ、ちゃんと食べてくれない」
「面倒くさいよなぁ」
「ちゃんと食べてもらわないと困るんだよ。痩せられたら、俺たちが食べるときに味が落ちるだろ?」
「それにしても、よくボスは『一年間再飼育すれば味が良くなる』なんてことを発見したよな」
「ああ。昔は、人間でいう若いやつばかり食べてたからな」
魔物は作業の手を止め、遠くにそびえる巨大な施設へ目を向けた。
「特に若いやつは人気だった。中でも十八歳くらいの女は、かなり評判が良かったらしい。でも、そんなことを続けていたせいで、人間の数がどんどん減っていった」
「ああ。それでボスが、一部の例外を除いて、若い人間を食べるのを禁止したんだよな」
「今じゃ、若い女なんて、たまにしか口にできない高級肉だ」
「その代わり、今は五十歳くらいの人間を中心に食べるようになったんだよな」
「ああ。ただ、最初はあまり評判が良くなかったらしいぞ」
「そこでボスが考えたのが、再飼育ってわけか」
「そういうことだ。神の世界に送られてきた人間をすぐには食べず、一年間かけて餌や生活環境を管理する。穀物を中心に与えて、肉の味に悪影響を与える食べ物はなるべく避ける。それでいて、飽きないようにいろんなものを食わせるらしい」
「しかも、人間はわがままだからな。肉の味が落ちるようなものまで食べたがる」
「それでボスが、少しくらいなら与えてもいいってことにしたんだよな」
「ほんと、わがままだな」
「でも、そのほうが人間も素直に食べるし、結果的に味も良くなったらしい」
「ああ。今じゃ、一年間再飼育してから食べるのが基本だ。人間でいうと、五十歳くらいのやつが一番多いな」
「まあ、それでも十分うまいんだけどな」
すると、隣の魔物が、ふと思い出したように口を開いた。
「でも、最高級っていったら、やっぱり学園から提供されるやつだろ?」
「ああ。あれは別格だな」
魔物は大きくうなずいた。
「普通の再飼育は一年くらいだけど、学園の人間は最低でも三年、ほとんどが六年以上も食事を管理されてるからな」
「ずっと穀物中心の餌を与えられてるんだろ?」
「ああ。それだけじゃない。毎日の食事量や運動量、体調まで細かく管理されてる。急激に太らせるんじゃなくて、何年もかけて健康な状態を維持しながら育てるんだ」
「そりゃ、普通の人間とは仕上がりが違うわけだ」
「だから学園産は最高級品なんだよ」
「でも、いつでも食べられるわけじゃないんだよな?」
「ああ。学園からまとまって提供されるのは、主に春だ。卒業の時期になると、その年に提供される人間が神の世界の各地へ送られてくる」
魔物の顔がぱっと明るくなった。
「そうか。もうすぐ春じゃないか」
「お前、そればっかり考えてるな」
「だって、一年に一度の楽しみみたいなもんだろ。春になれば、学園産が出回るんだから」
「まあな。長い時間をかけて育てられてるだけあって、人気はすごいぞ」
「去年は一回しか食べられなかったんだよな」
「数が限られてるんだから、仕方ないだろ。何年もかけて育てた最高級品なんだ。そう簡単には回ってこないさ。上層部や、危険な任務や重要な仕事を任されている連中に優先的に振り分けられるから、下っ端の俺たちにはなかなか回ってこないんだよ」
「でも、真面目に働いてりゃ、ボスが春の祝宴で振る舞ってくれるぞ」
「本当か?」
「保証はしないけどな」
二匹は顔を見合わせ、楽しそうに笑った。
魔物はそう言いながら、次の野菜を収穫する。
「ただ、男の肉は固いんだよな。女ほど評判が良くない」
「去勢するか、子宮を移植して性転換させれば、女と同じくらいうまくなるらしいけどな」
「だったら、男は全員そうすればいいじゃないか」
「それが、ボスが許してくれないんだよ」
「なんでだ?」
「『勤めを果たした人間は粗末に扱わない』って、ボスが決めてるからな」
「なるほどな。じゃあ、しょうがないか」
少しして、魔物が首をかしげた。
「でも、去勢するだけでよくないか? わざわざ手間をかけて、子宮移植までする必要なんてないだろ」
「それがな、ボスを含めて、みんなで食べ比べをしたことがあるんだよ」
「食べ比べ?」
「ああ。普通に去勢したものと、子宮を移植して育てたものをな。そうしたら、子宮を移植したほうが明らかに旨かったらしい」
「そんなに違うのか?」
「らしいぞ。それでボスが、『手間がかかっても、これからはこの方法で育てろ』って命令したんだよ」
「なるほど……。だから学園産は高級品なんだな」
「育てるのにも手間がかかるからな」
「しかも、品質管理まで徹底されているらしいぞ」
少し間を置いて、魔物は声を落とした。
「……でも、本当にうまいのは若いやつなんだよなぁ」
「おい、やめとけ。勝手に食べたら、禁止命令に引っかかるぞ」
「分かってるって。ただ、たまには昔みたいに、若いやつを腹いっぱい食べたいなって思っただけだ」
すると、隣の魔物がニヤリと笑った。
「まあ、たまにボスが特別なごちそうとして振る舞ってくれることもあるけどな」
「ああ。特に春の祝宴は楽しみだよな。学園産も出るし」
「やっぱりボスって最高だよな」
「ああ。ボス万歳だ」
二匹はそんな会話を交わしながら、人間たちに与えるための野菜を黙々と収穫していった。
しばらくして、一匹の魔物が、山のように積み上げられた野菜を眺めながら尋ねた。
「そういや、余ったエサはどうするんだ?」
「人間社会に送り込むのさ」
「人間社会に?」
「ああ。余った作物や肉、魚なんかは、人間社会に格安で流している。向こうからすれば、信じられないくらい安い値段だろうな」
魔物はそう言って、積み上げられた食料を指さした。
「俺たちの文明は、人間よりはるかに進んでいるだろ? だから、人間社会から欲しいものなんて、ほとんどないんだよ」
「だったら、無料で渡せばいいんじゃないのか?」
「そんなことをしたら、人間社会の相場が完全に崩れるだろ。農家も畜産業者も漁師も、商売にならなくなる。だから、一応わずかな代金だけは取っているんだ」
「なるほど……」
「もっとも、俺たちにとって人間の金なんて、ほとんど価値はないけどな」
魔物は肩をすくめる。
「それで、その金はどうするんだ?」
「仕方がないから、人間社会から資源を買っている。金属や木材、その他の原材料とかな」
「必要だから買ってるんじゃないのか?」
「いや。別になくても困らない」
「俺達でも、生産できるしな」
魔物はあっさりと言った。
「余った金を人間社会に戻してやるためさ。そうでもしないと、食料を売るたびに人間の金だけがこっちに貯まり続けるだろ?」
「わざわざそんなことまでしてるのか……」
「ああ。だから俺たちは、余ったエサを格安で人間に売って、その代金で、仕方なく人間社会から資源を買ってやってるってわけだ」
魔物は苦笑した。
「なんだか、ずいぶん面倒なことをしてるんだな」
「仕方ないさ。人間社会を壊さず維持するには、それくらい必要なんだよ」
そして、山積みになった野菜を見上げながら、当然のことのように続けた。
「人間が勝手に貧しくなって、数を減らしたり滅びたりしたら――俺たちだって困るからな」
そう言って、魔物は再び収穫作業へ戻った。
魔物たちは、人間を生かすために畑を耕し、家畜を育て、魚を養殖する。
一見すれば、それは人間たちの暮らしを支えるための仕事にも見える。
格安の食料を人間社会へ流し、受け取った金で人間たちの資源まで買い取っている。
表面だけを見れば、むしろ人間社会を助けているようにさえ思えるだろう。
だが――その目的は、人間を救うことではない。
人間社会を存続させ、人口を維持し、健康な状態で長く生かす。
そして最後には、より上質な「食料」へと育て上げる。
すべては、そのためだった。
魔物たちは今日も、人間を食べるために、人間を飼育するための食料を作り続けていた。
食用として流通する牛肉は、一般的にメス牛か去勢されたオス牛のものが多くなっています。
オーストラリア牛は、飼育方法や仕上げに使う飼料によって、主に次のように分類されます。
区分
飼育・仕上げ方法 穀物肥育期間の目安
グラスフェッド 基本的に牧草を中心に育てる なし
グレインフェッド/ショート 短期間、穀物飼料で仕上げる 約100~150日
グレインフェッド/ミドル(ミディアム) 中期間、穀物飼料で仕上げる 約150~200日
グレインフェッド/ロング 長期間、穀物飼料で仕上げる 200日以上
超長期グレイン 豪州和牛などで行われる長期肥育 300~500日を超える場合もある
肉質の傾向としては、グラスフェッド → ショート → ミドル → ロングと穀物肥育期間が長くなるほど、一般的に脂肪やサシが増え、味わいも濃厚になっていきます。
また、牧草由来の独特な香りは穀物肥育期間が長くなるほど穏やかになる傾向があり、クセの少ない肉質になりやすいとされています。
日本では、トウモロコシなどの穀物をはじめ、牧草や稲わら、配合飼料などを使って牛を飼育しています。




