150話 神さまがこの世界にやってきた
我々の故郷は、食料も資源も豊富な、美しい星だった。
種族同士の争いはほとんどなく、誰もが家族や仲間と助け合いながら、平和な暮らしを送っていた。
飢えに苦しむ者もいなければ、住む場所を奪われる者もいない。
彼らは、その穏やかな日々が永遠に続くものだと信じていた。
彼らの食文化は、地球人とは大きく異なっていた。
彼らにとって、主食は人間だった。
故郷では古くから人間を家畜として飼育しており、人間の肉を食べることが彼らにとって当たり前の食生活だった。
逆に、植物や魚、その他の動物を食べる習慣はほとんどない。
食べられないわけではない。
しかし、彼らにとって人間以外の食べ物は非常にまずく、普段ならわざわざ口にしようとは思わないものだった。
人間の肉こそが、彼らにとって最もおいしく、栄養にも優れた食料だったのである。
故郷には人間を飼育する巨大な牧場が各地に存在し、食料に困ることなどなかった。
しかし、ある日――。
宇宙の彼方から、約百人の魔法少女たちが現れた。
彼女たちは何の理由も告げないまま、突然、星への攻撃を開始した。
宇宙人たちも必死に抵抗した。
軍隊を動員し、持てる限りの兵器を投入した。
しかし、どれほど強力な兵器を使っても、魔法少女たちにはまるで通用しなかった。
都市は次々と破壊され、抵抗した者たちは容赦なく殺されていった。
人間を飼育していた巨大な牧場も破壊された。
もはや、故郷に残ることはできなかった。
生き残った者たちは、五百隻を超える宇宙船に分乗し、住み慣れた星を捨てて宇宙へ逃げ出した。
当然、食料も可能な限り積み込んだ。
大量の冷凍人肉。
そして、船内で繁殖させるための生きた人間たち。
それだけあれば、しばらくは食料に困らないはずだった。
しかし――。
魔法少女たちは、彼らをどこまでも追い続けた。
追いつかれた宇宙船は次々と撃破され、五百隻以上あった船団は、少しずつその数を減らしていった。
さらに、逃亡生活は当初の予想をはるかに超えて長期化した。
食料として積み込んでいた人間が、急速に減っていったのである。
「残りは?」
「この船では、あと半年分です」
「半年……」
最初は冷凍保存されていた人肉を食べていた。
それが減ると、船内で飼育していた人間たちを殺して食べた。
繁殖用として残していた人間も例外ではなかった。
一人。
また一人。
食料として処理されていった。
それでも足りなかった。
長い逃亡によって、ついに人間の在庫が底をつき始めたのである。
彼らにとって、それは致命的だった。
他の生物を食べる文化など、ほとんどなかったからだ。
船内には、人間たちを飼育するための餌が大量に残されていた。
穀物。
野菜。
加工食品。
だが、それらは本来、宇宙人たちが食べるものではない。
「……これを食べるのか?」
一人が、乾燥した穀物を手に取った。
口に入れる。
その瞬間、顔をしかめた。
「まずい……」
「こんなもの、人間は毎日食べていたのか?」
「仕方ない。食べなければ死ぬぞ」
彼らは泣きながら、人間用の食料や家畜用の餌を口にした。
しかし、身体が受け付けない者も多かった。
吐き出す者もいた。
無理やり飲み込んでも、十分な栄養を得ることができない。
彼らの身体は、長い進化の中で人間を主食とすることに適応していたからである。
やがて、船内で飢え死にする者まで現れ始めた。
そしてついに、誰も口にしたくなかった選択肢が議題に上がった。
――同族を食料にする。
会議室は静まり返った。
「……本気なのか?」
「ほかに方法がない」
「俺たちは人間じゃないんだぞ」
「分かっている」
「仲間を食えっていうのか!」
誰もが怒った。
誰もが反対した。
当然だった。
彼らにとって同族を食べることは、故郷では考えられないほどの禁忌だった。
だが、食料はもうなかった。
このまま何もしなければ、全員が死ぬ。
種族そのものが滅びる。
生き残るには、選択をしなければならなかった。
最初に対象となったのは、高齢者だった。
「若い者を残す」
「これから子供を作れる世代を優先するんだ」
「種族を残さなければならない」
誰も望んだ決断ではなかった。
それでも、高齢者たちは殺され、その身体は食料となった。
泣きながら食べた。
吐きながら食べた。
それでも、生きるために口へ運んだ。
次に選ばれたのは、重い障害を持つ者だった。
さらに、長い航海の途中で重い病気になり、回復が見込めない者。
その次は、将来子供を残せる可能性が低いと判断された者。
結婚相手のいない者まで、選別の対象になっていった。
「嫌だ!」
「まだ死にたくない!」
「頼む! 俺だって役に立てる!」
「お願いだ! せめて子供だけは助けてくれ!」
毎日のように泣き声が響いた。
それでも決定は覆らなかった。
一人を生かせば、その分だけ別の誰かが飢える。
全員を救うことなど、もはや不可能だった。
船内では、誰を生かし、誰を食料にするのかが議論されるようになった。
子供。
若い男女。
技術者。
医師。
宇宙船を操縦できる者。
種族の再建に必要な人材が優先された。
それ以外の者は、少しずつ切り捨てられていった。
「こんなこと……間違ってる……」
誰かが泣きながら言った。
「分かっている」
「じゃあ、どうして……」
「生きるためだ」
その言葉しかなかった。
彼らは人間以外の食べ物も試した。
穀物。
野菜。
魚。
その他の動物。
人間を飼育するために積み込んでいた餌まで食べた。
だが、どれも彼らにとっては耐え難いほどまずかった。
それでも、少しでも同族を食べる人数を減らすため、無理やり口にした。
「まずい……」
「こんなもの、食えるか……」
「食べろ。少しでも腹に入れろ」
「人間が……食べたい……」
誰かが呟いた。
故郷にいたころなら、毎日当たり前のように食べられた。
柔らかい肉。
温かい料理。
人間を使ったさまざまな食事。
それが今では、夢のような話だった。
さらに、宇宙船そのものも整理されていった。
乗員の減った船を維持する余裕はない。
燃料も限られている。
そこで、生存者と物資を状態の良い船へ移し、不要になった船を放棄することにした。
一隻。
また一隻。
宇宙船が船団から消えていく。
生存者は、より少ない船へ集められていった。
そうすることで燃料と食料を節約し、種族が生き残れる可能性を少しでも高めようとしたのである。
そうして彼らは、多くの仲間を犠牲にしながら航海を続けた。
そしてついに――。
五百隻以上あった宇宙船は、わずか十隻にまで減ってしまった。
故郷を出発したときには想像もできなかったほど、多くの命が失われていた。
親を失った者。
子供を失った者。
夫や妻を失った者。
友人を失った者。
そして中には、自分の家族が食料として殺され、その肉を生き残った家族が口にしなければならなかった者さえいた。
生き残った者たちもまた、心に深い傷を負っていた。
それでも航海を続けた。
もう後戻りする場所はなかったからだ。
そんな絶望的な逃亡の果てに、彼らはついに生命の存在する青い星を発見した。
――地球。
宇宙船の観測室に、その青い星が映し出された。
「水がある」
「植物も豊富だ」
「生物も大量にいる」
しかし、彼らが求めていたものは水でも植物でもなかった。
偵察を進めた一人が、震える声を上げた。
「待ってくれ……」
「どうした?」
「人間だ」
「……何?」
「この星には、人間がいる」
観測映像が拡大された。
都市。
道路。
建物。
そして、その中を歩く無数の人間。
誰も言葉を発することができなかった。
「こんなに……?」
「星中にいるぞ……」
「何億……いや、もっとだ」
故郷では家畜として飼育されていた人間。
長い逃亡生活の中で、何よりも求め続けた食料。
それが、この星では数え切れないほど暮らしている。
しかも、人間自身が文明を築き、この星の支配種となっていた。
宇宙人たちは目を疑った。
「これ全部……人間なのか?」
「ああ」
「こんなに大量の人間がいる星なんて……」
彼らにとって地球は、想像すらできないほど食料に恵まれた星だった。
故郷にあった巨大な人間牧場など比較にならない。
世界中に人間がいる。
何十億もの人間が存在している。
飢え続けてきた彼らにとって、それは楽園そのものだった。
「ここなら……生きられる」
誰かが呟いた。
「もう、仲間を食べなくて済む……」
「人間がいる……」
「こんなにたくさん……」
泣き出す者もいた。
長い逃亡生活で、彼らは仲間を食べて生き延びてきた。
だが地球に住むことができれば、その必要はなくなる。
再び人間を食料として確保できる。
子供たちに、同族の肉を食べさせずに済む。
彼らは地球を、長い逃亡の果てにようやく見つけた新しい故郷だと思った。
しかし、その希望はすぐに打ち砕かれた。
地球にも、魔法少女が存在していることが判明したのである。
その報告を聞いた瞬間、船内に動揺が広がった。
「魔法少女……?」
「そんな……」
「ここにもいるのか……?」
故郷を滅ぼした存在。
五百隻を超える船団を追い続け、仲間たちを殺した存在。
その名を聞いただけで、震え出す者もいた。
そして、その恐怖が正しいことを証明するように、地上へ送った偵察隊は魔法少女たちによって全滅させられてしまった。
宇宙人たちは、すぐに地球を攻撃しようとはしなかった。
できることなら、もう戦いたくなかった。
彼らが望んでいたのは、ただ生きることだった。
そこで地球人に事情を説明した。
自分たちが故郷を魔法少女たちに追われたこと。
五百隻以上あった宇宙船が、わずか十隻になったこと。
食料も燃料もほとんど残っていないこと。
そして、定期的に食料を提供してほしいと要求した。
さらに、暮らせる土地と資源も求めた。
その要求を、地球側は断固として拒絶した。
さらに、巨大な宇宙船を十隻も率いて現れ、我々を危険な侵略者だと警戒した。
交渉は何度も行われた。
しかし、最後まで両者の溝は埋まらなかった。
そして――。
交渉は決裂した。
地球側は、我々の要求を拒否した。
だが、我々は、もう後がなかった。
船内には、食料がほとんど残っていない。
燃料も限界に近い。
このまま宇宙へ戻ったところで、次に人間の存在する星を見つける前に全員が飢え死にする可能性が高かった。
故郷へ戻ることもできない。
先へ進むこともできない。
そして目の前には――何十億もの人間が暮らす星がある。
「どうする……?」
誰かが尋ねた。
誰も答えられなかった。
やがて一人が言った。
「ここを逃したら……俺たちは終わりだ」
その言葉を否定できる者はいなかった。
追い詰められた彼らは、ついに決断した。
――地球を支配する。
それは彼らにとって、征服欲から始める戦争ではなかった。
種族を生き残らせるための、最後の選択だった。
しかし、その前に五人の魔法戦士が立ちはだかった。
宇宙人たちにとって、それは悪夢の再来だった。
故郷を滅ぼした者たちと同じ、魔法の力を持つ少女たち。
「また……魔法少女か……」
「どうしてだ……」
「どうして俺たちを放っておいてくれないんだ……!」
五人の魔法戦士は圧倒的な力で、宇宙船を次々と撃破していった。
故郷から逃げ続け、ようやく見つけた地球でも、仲間たちは再び魔法の力によって倒されていく。
十隻あった宇宙船は、一隻、また一隻と撃破された。
そして――。
九隻を失った。
最後に残ったのは、たった一隻。
船内には絶望が広がった。
誰もが思った。
今度こそ、自分たちは滅ぼされる。
故郷を奪われた。
家族を失った。
友人を失った。
五百隻以上の仲間を失った。
飢えに苦しみ、仲間の肉まで食べて生き延びてきた。
そこまでして、種族を残そうとした。
それでも、この宇宙は自分たちが生きることを許してくれないのか。
誰もが絶望しかけた、そのときだった。
ボスが立ち上がった。
「ここで待っていろ」
「ボス……?」
「俺が行く」
「無茶です! 相手は五人ですよ!」
しかし、ボスは振り返らなかった。
たった一人で、五人の魔法戦士の前へ向かった。
激しい戦いだった。
最後に残された宇宙船の中で、誰もが固唾をのんで戦いを見守った。
攻撃がぶつかるたびに大地が揺れた。
光が空を覆った。
「ボス……」
「頼む……」
「勝ってくれ……!」
誰もが祈った。
そして――。
ボスは勝った。
五人の魔法戦士を、たった一人で打ち破ったのである。
一瞬、船内は静まり返った。
誰もが、目の前で起きたことを理解できなかった。
やがて一人が叫んだ。
「勝った……!」
別の者も立ち上がった。
「ボスが勝ったぞ!」
その瞬間。
最後の宇宙船の中で、大歓声が巻き起こった。
泣き出す者もいた。
その場に崩れ落ちる者もいた。
抱き合う者もいた。
「助かった……」
「俺たち……生きられるんだ……!」
もし、あのときボスがいなければ。
もし、ボスが負けていたら。
自分たちは、一人残らず殺されていただろう。
故郷を失った。
家族を失った。
友人を失った。
五百隻以上の仲間を失った。
そんな彼らにとって、ボスはもはや単なる指導者ではなかった。
絶滅寸前だった自分たちを救ってくれた、唯一の希望だった。
「俺たちが生きていられるのは、ボスのおかげだ」
「ボスがいなければ、俺たちはとっくに全滅していた」
「この命は、ボスに救ってもらった命だ」
だからこそ、彼らはボスに従った。
地球人から何と呼ばれようと、関係なかった。
怪物。
侵略者。
人類の敵。
そう呼ばれたとしても、彼ら自身にとって、自分たちがしていることは生き残るための戦いだった。
彼らには、帰る故郷がない。
逃げる場所もない。
もう、これ以上仲間を失いたくなかった。
そして何より――。
もう二度と、仲間を食べて生き延びる生活には戻りたくなかった。
地球には人間がいる。
自分たちの種族が、本来食べるべき食料が大量に存在している。
ならば、この星を守らなければならない。
この星を、自分たちの新たな故郷にしなければならない。
ボスのためなら戦える。
ボスのためなら命を懸けられる。
ボスさえ生きていれば、自分たちの種族には未来がある。
いつの日か、新しい故郷を築き、かつてのように家族や仲間と平和に暮らせる日が来る。
そしてもう二度と、飢えに苦しむこともない。
彼らは心の底から、そう信じていた。
そして、誰かが拳を突き上げて叫んだ。
「ボス万歳!」
すぐに別の者も続いた。
「ボス万歳!」
「ボス万歳!」
「ボス万歳!」
一人。
また一人。
声を上げる者が増えていく。
やがて、その声は一つの巨大な叫びとなった。
「ボス万歳!」
「ボス万歳!」
「ボス万歳!」
その声は、最後に残された一隻の宇宙船の中に、いつまでも響き渡っていた。




