149話 転生を繰り返した
その後も、主人公は何度も転生を繰り返した。
しかし、不思議なことに、何度生まれ変わっても男だった。
もっとも、何度かは神の世界の学校へ送られ、そこで魔物たちによって性転換させられ、女性として生きることになった人生もあった。
それでも、転生した時点では必ず男だった。
しかも、決まって高身長の美男子か、女性と見間違えるほど整った顔立ちの美少年だった。
だが、主人公にとって、そんな容姿などどうでもよかった。
欲しかったのは――外の世界で、最初から普通の女性として生まれることだった。
神の世界の学校へ送られたあとで、魔物たちに無理やり女性にされても意味がない。
その時点では、すでに自由に行動することなどできなくなってしまうからだ。
もし最初から女性として転生できれば、あの変身ステッキを使い、魔法少女になれるかもしれない。
主人公は、ずっとそう考えていた。
しかし、何度転生しても男だった。
神の世界へ送られた人生では、その後に性転換させられることもあったが、主人公が望んでいた形とはまるで違う。
それでも、やることは変わらなかった。
――魔物を倒す方法を探す。
ある人生では、この世界の真実を人々に広めようとした。
この世界で「神」と呼ばれている存在は、本当は人間を食らう魔物であること。
そして、「神の世界」と呼ばれている場所も、決して楽園などではないこと。
そこは、人間を逃がさないよう管理し、最後には食料として処理するための場所なのだ。
主人公は何年もの歳月をかけて証拠を集めた。
同じ考えを持つ仲間を増やし、各国の協力者と連絡を取り合い、やがて世界中で同時に反乱を起こす計画を立てた。
しかし――。
計画は、いつも途中で発覚した。
情報を共有していた仲間たちは、一人、また一人と姿を消していった。
そして最後には、主人公自身も捕らえられ、殺された。
別の人生では、正面から権力を手に入れることにした。
その人生で主人公の特別授業を担当していた女性は、偶然にもこども家庭庁の幹部候補だった。
しかも、あと一歩で幹部へ昇進できるほどの立場にいた。
主人公は彼女に近づき、やがて結婚した。
二人の年齢差は十五歳。
周囲の人々は誰もが驚いた。
「本当に結婚するのか?」
誰もが信じられないという顔をしていた。
だが、主人公には目的があった。
彼女の持つ人脈と権力を利用し、魔物と戦える立場まで上り詰めること。
主人公は軍へ入り、その後も着実に出世を重ねていった。
そして、ついには国の軍隊そのものを動かせる総司令官の地位にまで上り詰めた。
そこで初めて、主人公はこの国の支配構造の深部を知ることになる。
政府の幹部や一部の政治家は、すでに魔物たちの支配下に置かれていたのだ。
魔物たちの要求に従っている限り、政府の幹部以上の上層部や、一部の政治家は食料にされることを免除されていた。
もっとも、魔物たちも政治の細かな部分にまで口を出してくるわけではないらしい。
要求されたことさえ守っていれば、国内の統治については、基本的に人間側へ任されていた。
さらに、彼らのために神の世界には特別区まで設けられていた。
政府高官や一部の政治家たちは、一定の年齢になるとそこへ移り、夫婦で暮らすことを許されている。
もちろん、その待遇が永遠に続くわけではない。
保護されるのは、あくまで働くことができる間だけだった。
希望すれば、そのまま人間社会に残ることもできる。
だが、五十五歳を過ぎると、ほとんどの者が神の世界へ移り、表舞台から姿を消すという。
長年、魔物たちに従ってきた政府関係者が国内に残り続ければ、やがて真実が明らかになった際、国民から恨みを買い、報復や反乱の標的になる可能性があるからだ。
そのため、五十五歳を過ぎた上層部の多くは、身の安全を考え、神の世界の特別区で隠居生活を送るのが慣例になっていた。
主人公にも同じ話が持ちかけられた。
だが、彼は断った。
そんなものを望んで総司令官にまで上り詰めたわけではない。
主人公は秘密裏に、長い年月をかけて兵力を整え、兵器を集め、作戦を練り続けた。
そして――。
ついに、神の世界への総攻撃を開始した。
戦車。
戦闘機。
ミサイル。
爆弾。
人類に残されていた戦力を可能な限りかき集め、神の世界へ一斉に攻め込んだ。
戦いの序盤は、人類側が圧倒していた。
武装していない魔物であれば、銃弾でも倒すことができた。
撃たれれば血を流す。
苦しみ、倒れ、やがて動かなくなる。
その姿は、人間と大きく変わらなかった。
兵士たちは歓声を上げた。
「勝てるぞ!」
「こいつらは神なんかじゃない!」
「このまま押し切れ!」
主人公も、その光景を見て一瞬だけ希望を抱いた。
――今度こそ、勝てるかもしれない。
これまで、何度もの人生で失敗してきた。
だが、今回は違う。
世界中から集めた兵器と軍隊がある。
そして自分自身も、国家の軍事力を動かせる立場にいる。
今度こそ、人類は魔物に勝てる。
そう思った。
だが――。
その希望は、あまりにもあっけなく打ち砕かれた。
神の世界の奥から、黒い鎧を身につけた魔物たちが姿を現したのだ。
それまで戦っていた魔物とは、明らかに違っていた。
銃弾は鎧に弾かれた。
戦車砲を直撃させても倒れない。
ミサイルを撃ち込んでも、鎧には傷一つつかなかった。
そして、武装した魔物たちが反撃を始めた。
一体の魔物が武器を振るう。
ただ、それだけだった。
それだけで、何百人もの兵士がまとめて吹き飛ばされた。
戦車は次々と破壊され、戦闘機は空から撃ち落とされていく。
地上部隊も、見る見るうちに壊滅していった。
わずか数時間だった。
人類が何年もかけて準備した軍隊は、たった数時間で消え去った。
そして主人公も、地下司令部ごと吹き飛ばされ、再び命を落とした。
それでも、主人公は諦めなかった。
その後も、何十回と転生を繰り返した。
そのたびに魔物を倒す方法を探し、新たな作戦を試し、そして失敗した。
ある人生では再び反乱を起こした。
別の人生では軍を動かした。
次の人生では毒を試した。
その次は罠を仕掛けた。
魔物同士を争わせようとしたこともある。
神の世界へ運び込まれる食料に細工をしたこともあった。
宇宙船を奪おうとしたこともある。
さらには、武装した魔物を一体だけ孤立させ、何千人もの兵士で包囲したことさえあった。
だが――。
すべて失敗した。
何度試しても、たどり着く結論は同じだった。
武装していない魔物なら、人間でも倒せる。
しかし、武装した魔物には勝てない。
たった一体でも現れれば、それですべてが終わる。
銃では勝てない。
戦車でも勝てない。
戦闘機でも勝てない。
ミサイルでも、爆弾でも勝てない。
何度転生しても。
どれほど準備しても。
どれほど多くの人間を集めても。
結果は変わらなかった。
何度死に、何度生まれ変わったのか。
やがて主人公自身も、その回数を正確には数えなくなっていた。
そして、ふと気づいたときには――。
最初の人生から、すでに数百年もの歳月が流れていた。
主人公は愕然とした。
自分は何十回もの人生を経験してきた。
一度の人生が短く終わることもあれば、何十年も生きたこともある。
それを繰り返しているうちに、いつの間にか数百年という途方もない時間が過ぎ去っていたのだ。
だが――。
それほど長い時間が過ぎたにもかかわらず、世界は驚くほど変わっていなかった。
魔物たちによる人類の支配体制は、数百年前とほとんど同じままだった。
人間は魔物を「神」として崇め、決められた制度の中で暮らしている。
そして、一定の条件を満たせなくなった者は神の世界へ送られる。
政府の上層部は魔物たちの要求に従い、その見返りとして特別な待遇を受ける。
その仕組みも、数百年前からほとんど変わっていなかった。
人間の国では政権が代わり、政治家が入れ替わることもあった。
制度の細かな部分が改正されることもあった。
街の姿が多少変わり、流行や文化が移り変わることもあった。
だが、世界を根本から支配している仕組みだけは、まるで固定されているかのように変化しなかった。
そして、変わっていないのは社会制度だけではなかった。
文明そのものも、数百年という年月が経過したとは思えないほど停滞していた。
自動運転車。
電子決済。
高度に自動化された工場。
便利な通信端末。
生活を便利にする技術は、すでに十分な水準まで発達していた。
だが、そこから先の大きな技術革新が、ほとんど起きていなかったのだ。
数百年もあれば、本来なら主人公が最初に生きていた時代とは想像もつかないほど文明が発達していてもおかしくない。
宇宙へ自由に進出していても不思議ではない。
まったく新しいエネルギー技術が生まれていてもいい。
人類の兵器も、比較にならないほど強力になっているはずだった。
しかし、現実は違った。
兵器も、多少の性能向上や改良こそあったものの、根本的な仕組みは数百年前とほとんど変わらない。
戦車は戦車のまま。
戦闘機は戦闘機のまま。
ミサイルも爆弾も、威力や精度が多少向上した程度だった。
人類が宇宙へ自由に進出できるようになったわけでもなければ、魔物たちの黒い鎧を破壊できるほどの新兵器が生み出されたわけでもない。
数百年もの時間を与えられていながら、人類は武装した魔物との差をほとんど縮めることができていなかった。
まるで――。
世界そのものが、意図的に成長を止められているかのようだった。
魔物たちが、人類に自分たちを脅かすほどの文明を持たせないよう、どこかで制限しているのではないか。
主人公がそう疑ったことも、一度や二度ではない。
だが、真相は分からなかった。
ただ一つ確かなのは、数百年が経過しても人類の状況は何も変わっていないということだった。
主人公は何度もの人生を通して、その異常さを嫌というほど思い知らされていた。
数百年。
人類にとっては、社会も文明も大きく変化していて当然の長さだ。
それなのに、魔物たちの支配は揺らぐことなく続いている。
文明もほとんど同じ場所にとどまり続けている。
世界が変わらないまま、自分だけが何十回もの人生を経験している。
主人公だけが死と転生を繰り返し、そのたびに知識と経験を積み重ねていく。
そして世界は、何事もなかったかのように同じ日常を繰り返している。
その事実は、主人公にとって何よりも不気味だった。
それでも、立ち止まるつもりはなかった。
転生するたびに、主人公は神の世界へ潜入した。
何度も。
何度も。
何度も。
同じ場所へ繰り返し侵入しているうちに、主人公は神の世界の内部を完全に把握するようになっていた。
警備の仕組み。
建物の構造。
魔物たちの巡回時間。
監視装置の位置。
警備が薄くなる時間帯。
目的地まで最短で進める通路。
最初の頃は命懸けだった潜入も、今ではかなり容易になっていた。
数百年にわたり、何十回もの人生で潜入を繰り返してきたのだ。
神の世界へ入り込むだけなら、もはやそれほど難しいことではない。
問題は、その先だった。
潜入できても、武装した魔物を倒せない。
どれだけ内部を調べても、その事実だけは変わらなかった。
そんな、ある人生で――。
主人公の頭に、一つの可能性が浮かんだ。
これまで、あえて考えないようにしていた方法だった。
――魔法少女になる。
神の世界には、かつて魔法少女たちが使っていた変身ステッキが残されている。
主人公は潜入した際、それを何度も目にしていた。
だが、自分は男だ。
普通に考えれば、適合するはずがない。
だからこそ、これまで主人公は最初から選択肢から外していた。
しかし、そのときだった。
主人公は、一番最初の人生で出会った少女の言葉を思い出した。
『適合者以外は絶対に変身しちゃダメよ』
確かに、少女はそう言っていた。
だが――。
そのあと、もう一つ言っていた。
『変身はできるんだけどね』
当時は、ほとんど気にも留めていなかった言葉だった。
だが今になって、主人公はその意味に気づいた。
――適合者以外は「変身できない」のではない。
――「変身してはいけない」のだ。
主人公は、その場で足を止めた。
もし、そうなのだとしたら。
もしかすると――。
本当に、もしかすると。
男である自分でも、変身そのものはできるのではないか。
そして――。
武装した魔物を殺せるほどの力を、手に入れられるのではないか。
もちろん、成功する保証などどこにもない。
変身した瞬間に死ぬかもしれない。
身体が魔力に耐えられず、壊れてしまうかもしれない。
何が起こるのか、まったく分からない。
それでも――。
人類の武器では、武装した魔物には勝てない。
そのことだけは、何十回もの転生と数百年という歳月をかけて、嫌というほど思い知らされてきた。
銃も駄目だった。
戦車も駄目だった。
戦闘機も駄目だった。
ミサイルも駄目だった。
爆弾も駄目だった。
軍隊でも駄目だった。
そして、数百年待っても、人類の文明が魔物たちに追いつくことはなかった。
ならば――。
もう、残された手段は一つしかない。
主人公は決意した。
次に神の世界へ潜入したとき――。
変身ステッキを奪う。
そして、自分が魔法少女になれるのか、実際に試してみる。
何十回もの人生。
数え切れないほどの失敗。
そして、数百年もの歳月。
それらすべてを費やしても見つけることのできなかった、最後の可能性。
成功する確率など分からない。
限りなくゼロに近いのかもしれない。
それでも――。
ゼロではない。
主人公にとっては、それだけで十分だった。
何度死んでも。
何度失敗しても。
次の人生があるのなら、試す価値はある。
主人公は、そのわずかな可能性に、すべてを賭けることにした。




