146話 神の世界の学校(4)
この学校での生活は、俺にとってあまりにも辛かった。
外からの刺激はほとんどなく、とにかく暇だった。
それだけなら、まだ我慢できたかもしれない。
だが、この場所では性的な被害に遭うことさえあり、安心して一人で過ごすことすらできなかった。
できることなら、すべてを終わらせて、もう一度、別の世界へ転生したい。
いつしか、そんなことばかり考えるようになっていた。
しかし、この学校は徹底的に管理されている。
危険につながりそうな物は、どれだけ探しても見つからない。
部活動はいくつも存在していたが、陸上や体操部、バレーボールやバスケットボールなど、比較的危険性の低い競技ばかりだった。
野球のようにバットを使う競技や、道具を危険な用途に転用できそうな部活動は、最初から用意されていない。
安全面への配慮は、用具にまで徹底されていた。
サッカー部でさえスパイクシューズの使用は禁止され、普通の運動靴しか認められていない。
部活動の準備も、すべて魔物たちが行っていた。
卓球のネットですら、勝手に持ち出すことはできない。
首を吊ることすらできなかった。
校舎も二階建てだったが、二階から飛び降りても怪我すらしないほどの高さしかない。
危険につながりそうな場所や設備は、徹底的に排除されていた。
プールすら存在しなかった。
水道の蛇口はすべて魔物が管理しており、自由に水を出すことすらできなかった。
トイレなど、水を必要とする場所には常に魔物が配置され、厳しく監視されていた。
溺れることさえできなかった。
風呂場も常に魔物が監視しているため、かみそりなどを持ち出すこともできない。
料理はすべて魔物が行う。
そのため、厨房に入って包丁などの道具を持ち出すこともできなかった。
道具を使う授業そのものも存在しなかった。
理科の実験もなければ、技術や家庭科の授業もない。
ハサミやカッターといった道具はもちろん、テープやひも、ごみ袋といったものまで、学校内には置かれていなかった。
道具に触れる機会そのものを、徹底的に排除していた。
窒息することさえできなかった。
毎日の食事の時間に食堂へ現れなければ、すぐにタブレットへ通知が届く。
それでも来なければ、魔物がすぐに探しに来て、強制的に連れていかれる。
位置情報まで常に把握されているため、どこかに隠れてやり過ごすこともできない。
餓死することすら許されなかった。
何をするにも監視され、危険につながるものはすべて取り除かれている。
――徹底した安全管理だった。
規則違反をすることも考えた。
しかし、そんなことをしても、たぶん神の刑務所へ送られるだけだ。
――そこで、ふと気づいた。
そういえば、神の刑務所には若い女性がやけに多かった。
今まで深く考えたことはなかったが、ようやくその理由が分かった。
規則に違反した女性たちは、あそこへ入れられるんだ。
「……だったら、逃げるしかないか」
俺はそう考えた。
学校の周囲を囲んでいる塀はかなり高い。
何度か登ろうとしてみたものの、今の俺の身体ではどうにもならなかった。
以前より明らかに力が弱い。
結局、正面の出入口を突破するしかなかった。
ある日の深夜。
周囲が静まり返った頃を見計らい、俺はこっそり建物を抜け出した。
そして、そのまま門へ向かって走った。
ところが――。
「はい、そこまで」
背後から声がした。
振り返る間もなく、魔物に捕まえられてしまった。
「離せ!」
必死に抵抗したが、びくともしない。
魔物は呆れたような顔で俺を見下ろした。
「逃げても、すぐ捕まるわよ」
「どうしてだよ……」
「その格好を見れば分かるでしょう?」
俺は自分の服を見る。
この学校で支給されている制服だった。
魔物は制服の襟を指で軽くつまんだ。
「この制服も、体操服も、ブルマも、外の世界では使われていない特別なものなの」
「……え?」
「街中のAIカメラが、この服を見つけた瞬間に知らせてくれるわ」
俺は言葉を失った。
つまり、たとえ学校から逃げ出すことができたとしても、この格好のまま歩いていれば、すぐに居場所を突き止められてしまうということだ。
「だから、私服がないのか……」
「正解」
魔物は楽しそうに笑った。
「まさか、パンプスしか支給されないのも……逃走防止のため?」
「大正解」
魔物は嬉しそうに拍手した。
そこで、俺は以前から気になっていたことを思い出した。
「そういえば……なんで体操服がブルマなんだよ?」
今どき、外の世界ではほとんど見かけない。
わざわざそんな服を支給する理由が分からなかった。
すると魔物は、当然のような顔で答えた。
「万が一、男が紛れ込んでいたら困るからよ。膨らみですぐに見分けられるでしょう?」
「……は?」
「しかもブルマなら、この世界の生徒だってすぐ分かるでしょう? 外ではまず使われていないし」
魔物は愉快そうに笑った。
「あはははは!」
「笑い事じゃないだろ!」
「識別しやすいし、逃げても目立つ。管理する側としては便利なのよ」
「全然うれしくないんだけど……」
俺は深いため息をついた。
それでも納得できず、その日の体育でも、俺はブルマを履くのを嫌がっていた。
「だから嫌なんだって、これ!」
俺が文句を言うと、魔物は少し考え込んだ。
「なるほど……分かったわ」
「本当か?」
ようやく話が通じたのかと思った。
ところが数分後。
魔物は大きな箱を抱えて戻ってきた。
「好きなのを選びなさい」
「……何これ」
箱の中を見て、俺は固まった。
紺。
黒。
赤。
緑。
水色。
紫。
どういうわけか、色違いのブルマが何着もきれいに並べられていた。
魔物は得意そうに胸を張る。
「紺色が嫌なんでしょう? だから、いろいろ用意してあげたわ」
「色の問題じゃないし!」
思わず全力でツッコんだ。
「じゃあ黒?」
「違う!」
「赤?」
「もっと違う!」
「なら水色かしら」
「だからブルマそのものが嫌なんだよ!」
俺が叫ぶと、魔物は不思議そうに首を傾げた。
「せっかく選べるようにしてあげたのに」
「選択肢を増やすところが間違ってる!」
結局、何を言ってもブルマをなくしてもらうことはできなかった。
むしろ次の日から、体育の時間になるたびに魔物が、
「今日は何色にする?」
と聞いてくるようになった。
「もう紺でいいよ……」
「最初からそう言えばいいのに」
「俺が折れただけだからな!」
魔物はまた、楽しそうに笑った。
そして、ようやく分かった。
私物を持つことが禁止され、服まで学校側から支給されたものしか着られない理由。
最初から、逃亡を難しくするためだったのだ。
しかも、制服や体操服そのものが、生徒を識別するための目印として利用されている。
翌朝。
俺は鏡の前でため息をついていた。
服を自由に選べない。
アクセサリーも持てない。
持ち物もない。
そんな生活の中で、生徒が個性を出せるものは、ほとんど髪型だけだった。
もっとも、それにも決まりがあった。
選べるのは女性向けの髪型だけ。
しかも、自分で切ることはできない。
散髪を担当するのも魔物だった。
「今日はどうする?」
魔物が、髪型カタログの入ったタブレットを俺の前に置いた。
画面には、ずらりと髪型の一覧が並んでいる。
ショート。
ボブ。
セミロング。
ロング。
ポニーテール。
ツインテール。
編み込み。
しかし、そこに載っているのは、どれも女性向けの髪型ばかりだった。
俺は何度もページをめくった末、頭を抱えた。
「……他の髪型はないのかよ」
「何百種類もあるじゃない。こんなにいっぱいあるのに」
「そういう意味じゃない!」
魔物は楽しそうに笑う。
俺が言いたいのは、もっと男らしい髪型のことだ。
だが、どれだけ探しても、それらしいものは見つからない。
ボーイッシュな髪型にしようと思ったのだが、それすら選べないようになっていた。
「……徹底してるな」
俺はタブレットを眺めながら、深いため息をついた。
逃げ道もない。
服も選べない。
そして髪型まで、この世界で決められた範囲から選ぶしかない。
俺は改めて、自分が完全にこの場所へ閉じ込められているのだと実感した




