143話 神の世界の学校(1)
魔物に連れていかれた先を見て、俺は愕然とした。
高い塀が、周囲をぐるりと囲んでいる。
見覚えがあった。
「……ここ、神の世界じゃないか」
どうやら俺は、本当に神の世界へ連れてこられてしまったらしい。
そして翌日から、塀の内側にある学校へ通うことになった。
俺は中学一年生として扱われることになったが、この学校は普通の学校とはかなり違っていた。
最初に気づいたのは、生徒のことだった。
廊下を歩いている生徒。
教室で授業を受けている生徒。
食堂で食事をしている生徒。
どこを見ても、女子しかいない。
中学生くらいの少女がほとんどだった。中には数人高校生に見える少女がいた。だが、男子生徒は一人も見当たらなかった。
そして、人間なのは生徒だけだった。
先生は全員、魔物。
学校の事務員も魔物。
食堂で料理を作っているのも魔物。
掃除や洗濯を担当する労務員も魔物。
寮を管理する職員や、門の前で警備している者まで、すべて魔物だった。
廊下を歩けば、角の生えた魔物とすれ違う。
職員室を覗けば、何体もの魔物が机に向かって仕事をしている。
食堂では、大きな体をした魔物が巨大な鍋を振っていた。
最初のうちは、それだけでも落ち着かなかった。
「……人間の先生はいないのか?」
近くにいた女子生徒に聞いてみた。
「いないよ」
「一人も?」
「うん。ここで働いているのは、全部魔物だから」
彼女は当たり前のように答えた。
大きな猫のような魔物もいた。
ふさふさの毛並みに、ぴんと立った耳。
どう見ても猫だ。
「かわいい猫。こっちおいで」
「俺、猫じゃないし」
「でも、かわいい」
「かわいくない! これでも男だし!」
「何してるの?」
「見回り。怪しいやつがいないか見てるんだ。俺様は目も鼻も利くからな」
「猫じゃん」
「猫じゃないって! 俺は誇り高き戦闘民族、ニオ族だ! 狩りの達人なんだぞ。シャーッ!」
「弱そうだね」
「なにぃ!? お前なんかいちころだぞ!」
「捕まえた」
「なっ!?」
ひょいっと抱き上げ、そのまま顎の下をかきかきする。
「ニャ……」
さらに頭をなでると、気持ちよさそうに目を細めた。
「ゴロゴロ……」
「やっぱり猫じゃん」
「……猫じゃないってば!」
どうやら、この場所では魔物がいるのが普通らしい。
学校の仕組みも、一般的なものとはかなり違っていた。
決められた時間割はない。
数学でも国語でも理科でも、自分の好きな授業を自由に選んで受けることができる。
ただし、体育だけは例外で、どの時間でも構わないが、一日に一回は必ず受けなければならなかった。
人気のある授業だけは、支給されたタブレットから事前に予約しなければならなかった。
もっとも、試験も成績もないため、授業の内容はどれも簡単だった。
教壇に立つ魔物も、それほど熱心に教えるわけではない。
「今日は掛け算の復習をするぞ」
「分からなかったら適当に聞け」
そんな調子だった。
真剣に勉強しようとする生徒も、ほとんどいない。
毎日の体育の授業さえ受ければいいので、ほどんど学校に行かないこともできる。
それでも他にすることがないので、結局みんな学校へ行き、適当な授業を受けて時間を潰していた。
生活にも、いろいろと制限があった。
一人につき一部屋、個室は与えられている。
だが、置かれているのはベッドとゴミ箱、それにティッシュくらい。
ほとんど寝るためだけの部屋だった。
私物を持つことは禁止されている。
その代わり、生活に必要なものは施設の各所に用意されていた。
歯磨きは、食堂の一角に設けられた洗面スペースでする。
そこには一人ずつ使える歯ブラシが用意されていた。
風呂は大浴場だった。
決められた利用可能時間の中なら、好きなときに入っていい。
大浴室にはタオルはもちろん、シャンプー、リンス、ボディソープ、かみそり、髪を結ぶゴム、綿棒、ドライヤー、化粧水、乳液、ボディクリーム、くし、爪切りまでそろっていた。
トイレには生理用品まで常備されている。
寮の共有スペースにはドリンクバーもあり、水やお茶、コーヒー、ジュースなどを好きなだけ飲むことができた。
生活するだけなら、不自由しない。
むしろ必要なものは、ほとんどすべてそろっている。
ただし――。
何一つ、自分の物にはできなかった。
タオルも。
歯ブラシも。
化粧水も。
決められた場所から持ち出すことは禁止されている。
ただ、髪留めだけは、使用中のものに限って持ち出しが許されていたが、使用後は必ず返却しなければならなかった。
必要なときに使い、使い終わったら戻すか捨てる。
それが、この施設の決まりだった。
服も自分で選ぶことはできない。
支給されるのは、制服、体操服、ブルマ、パンプス、それに下着、靴下だけだった。
制服と靴は月に一度交換され、体操服やブルマ、下着、靴下は毎日交換される。
その交換を担当しているのも魔物だった。
毎朝、労務員の魔物が大きな台車を押して寮の廊下を回ってくる。
「昨日の服を出せ。今日の分だ」
そう言って、使用済みの衣類を回収し、新しい一式を置いていく。
もっとも、本当に新品というわけではない。
回収したものを洗濯し、また別の生徒に支給しているらしい。
そのせいで、ときどき汚れが完全に落ちておらず、染みの残った体操服や下着、靴下まで混ざっていた。
それだけは、本当に嫌だった。
「せめて、下着くらい新品にしてくれよ……」
そう文句を言っても、労務員の魔物は気にする様子もない。
「洗浄済みだ。使用に問題はない」
それだけ言って、台車を押しながら去っていった。
「そういう問題じゃないんだけどな……」
俺はため息をつくしかなかった。
靴も歩きにくかった。
普段はパンプスしか履くことができず、しかもヒールの高さは七センチもあった。そのため、長時間歩いていると足が痛くなり、みんなつらそうにしていた。
運動のときだけは運動靴や体育館シューズが支給されたが、それも一人ひとり専用のものではなく、みんなで共用するものだった。
誰が履いたのかも分からない靴を使わなければならず、正直、あまり気持ちのいいものではなかった。
娯楽らしいものも少なかった。
一人一台タブレットが支給されているものの、利用できるのは動画や電子書籍、簡単なゲームくらい。
外のインターネットには接続できない。
通販も使えない。
誰かと自由に連絡を取ることもできない。
だから暇になると、授業を受けるくらいしかやることがなかった。
食事は、すべて共同の食堂で取る。
広い食堂には、毎日大勢の女子生徒が集まっていた。
人間は全員女性。
その間を、食堂係の魔物たちが忙しそうに歩き回っている。
料理を作る者。
皿を運ぶ者。
食べ終わった食器を回収する者。
やはり、すべて魔物だった。
食事も、好きなものを自由に注文できるわけではない。
その日のメニュー候補がタブレットのアプリに表示され、朝食、昼食、夕食ごとに数種類の中から事前に選択する仕組みになっていた。
そして、一度出された料理を残すことは禁止されている。
量も自分では決められない。
どういう計算をしているのかは分からなかったが、不思議なことに、この場所では極端に太った人も、痩せすぎた人もほとんど見かけなかった。
おそらく、体格や年齢に合わせて、一人ひとり食事量まで管理されているのだろう。
起床時間。
消灯時間。
健康診断の日。
学校へ行く時間。
食事を選ぶ期限。
洗濯物を出す時間。
必要なことは、すべてタブレットから通知される。
そして規則を守らなければ、すぐに管理担当の魔物がやってくる。
生徒同士には、それなりの自由がある。
どの授業を受けるか。
誰と話すか。
いつ風呂に入るか。
空いた時間に何をするか。
その程度なら、自分で決められる。
けれど、その自由も、この施設の中だけのものだった。
持ち物も。
服も。
食事も。
生活する場所も。
すべて魔物によって決められている。
人間の大人は一人もいない。
いるのは、女性の生徒だけ。
自由に授業を選べる学校。
無料の食事。
一人部屋。
生活用品もすべて無料。
言葉だけ聞けば、それほど悪い場所には思えない。
むしろ、恵まれているようにさえ聞こえる。
けれど実際には、自分の物を一つ持つことすら許されない。
服も選べない。
食事の量も選べない。
外の世界と連絡することもできない。
そして何より――。
あの高い塀の外へ、出ることができない。
俺は校舎の窓から、遠くにそびえる塀を眺めた。
その向こうには何があるのか。
ここから出る方法があるのか。
それすら分からない。
そして俺たちを管理しているのは、人間ではなかった。
先生も。
料理人も。
掃除係も。
警備員も。
すべて魔物だ。
俺は高い塀を眺めながら、ふと思った。
ここは学校というより――。
女性だけを集め、魔物たちが管理するために作られた、巨大な飼育施設なのかもしれない。




