140話 神の世界の刑務所
主人公は、魔物に捕らえられた。
捕まってすぐ、何度も尋問を受けた。
「どうやってここに入った?」
「侵入経路を言え」
「ほかに仲間は何人いる?」
しかし、主人公は何も答えなかった。
軍隊で訓練を受けてきた主人公には、捕虜になった場合の心得も叩き込まれている。
何を聞かれても黙る。
余計な情報は一切与えない。
魔物たちも、最初は怒鳴ったり、なだめたり、条件を提示したりと、あの手この手で口を割らせようとした。
それでも主人公は黙り続けた。
とうとう魔物のほうが根負けした。
「……もういい。連れていけ」
その後、主人公は魔物たちに別の部屋へ連れていかれた。
部屋へ入るなり、一体の魔物が主人公の姿を見て首をかしげる。
「お前……なんで女物の下着なんか着てるんだ?」
「…………」
主人公は何も答えなかった。
魔物はしばらく主人公を眺めていたが、やがてニヤリと笑った。
「まあ、ちょうどいいか」
「……何が?」
思わず主人公が聞き返す。
「ここへ連れてこられた男は、みんな女にされるんだからな」
主人公の顔から、さっと血の気が引いた。
「女になりたかったんだろ? だったら、お前にはちょうどいいじゃないか」
「いや、別にそんなつもりで着てるわけじゃ――」
「はははっ!」
魔物たちは主人公の言葉など聞かず、楽しそうに笑っていた。
そして間もなく、主人公は処置台へ連れていかれた。
何をされるのか理解したころには、すでに逃げることも抵抗することもできなかった。
そして処置が終わったあと――
主人公は、自分の身体から男性としての特徴の一つが失われてしまったことを知った。
「…………嘘だろ」
主人公は呆然とした。
その横で、魔物が楽しそうに笑う。
「これで女になれたぞ。よかったな」
「全然よくない……」
主人公は深く落ち込んだ。
妻にも女の子にさせれらせそうになったが、魔物に女の子にさせらせてしまった。
その後、主人公が入れられたのは、六畳ほどの個室だった。
鉄格子こそあるものの、想像していた牢獄とはかなり違う。
ベッド。
テーブル。
トイレ。
さらにはテレビまで置かれていた。
しかも、動画配信サービスまで自由に見ることができる。
「……刑務所にしては快適すぎるだろ」
だが、ここには二つだけ決まりがあった。
一つは、運動をしてはいけないこと。
そしてもう一つは、出された食事をきちんと食べることだった。
そこで出される食事は、とても刑務所とは思えないほど豪勢だった。
朝食には、焼きたてのパンやごはん、パンケーキ、卵料理などが並ぶ。
昼食も、丼ものやカレーライス、パスタ、ラーメン、うどんといった主食中心の献立だった。
夕食になると、ごはんやパンに加えて、肉料理や魚料理が一品か二品出される。
さらに食後には、ケーキやクッキー、団子などのデザートまで用意されていた。
ごはんやパンなどの主食は、おかわり自由。
毎回、食べきれないほどの料理が運ばれてくる。
最初、主人公にはその意味が分からなかった。
――どうして囚人に、こんな豪華な食事を出すんだ?
だが、近くの房にいる囚人たちを見て、主人公は理解した。
誰も彼も、ひどく太っている。若い女性も多かった。
以前は普通の体格だったと思われる者まで、腹まわりやお尻、太ももにたっぷりと脂肪がつき、全体的に丸みを帯びた体つきになっていた。
主人公の背中に冷たいものが走る。
「……そういうことか」
ここは刑務所ではない。
飼育場だ。
人間に大量の餌を与える。
運動させない。
太らせる。
男性は女性へ性転換させられる。
そして、筋肉を落とされる。
そのうえで――
最後には、魔物の食料として出荷される。
その日から主人公は、できる限り食事を残すようになった。
最初のうち、魔物たちの態度はまだ穏やかだった。
食器を回収しに来た魔物が、残された料理を見る。
「これ、嫌いなのか?」
「……」
「じゃあ、明日は別の料理にしてやる」
翌日は魚料理が増えた。
それでも主人公は、ほとんど手をつけなかった。
「魚も嫌なのか?」
「いらない」
「そうか……」
さらに翌日。
今度は甘い物が大量に並べられた。
「甘い物なら食べるだろ?」
「いらない」
「……じゃあ、何が好きなんだ?」
「何もいらない」
魔物は困ったような顔をした。
「好きな料理を言えば作ってやるぞ」
「必要ない」
「…………」
それでも数日間は、魔物たちも辛抱強く対応していた。
料理を変える。
味付けを変える。
量を調整する。
わざわざ主人公の好みまで聞こうとする。
だが、主人公は必要最低限しか食べなかった。
やがて、魔物たちの口調も少しずつ変わっていった。
「……また残したのか?」
「……」
「昨日もほとんど食べてなかっただろ」
「腹が減ってない」
「こんなに食べてないのに、腹が減ってないわけないだろ」
「知らない」
魔物は皿を見つめ、小さくため息をついた。
「……ちゃんと食べろよ」
「嫌だ」
「まったく……」
さらに主人公は、監視の隙を見て筋力トレーニングまで始めた。
音を立てないように腕立て伏せ。
ベッドの陰でスクワット。
監視の目が外れた隙に腹筋。
少しでも太るのを防ぎ、筋力を維持しようとしたのだ。
だが、ある日。
「おい」
主人公の動きが止まった。
扉の前に魔物が立っていた。
「今、何してた?」
「……何も」
「腕立て伏せしてただろ?」
「してない」
「いや、見えてたから」
魔物は呆れたように額を押さえた。
「運動は禁止だって説明しただろ」
「知らない」
「知ってるだろ。最初に説明した」
「忘れた」
「……次からやるなよ」
その日は、それだけだった。
ところが翌日。
主人公は再びスクワットをしていた。
「おい!」
「……」
「またやってるじゃないか!」
「やってない」
「今まさにやってただろ!」
魔物の声が少し大きくなる。
「昨日、注意したよな?」
「聞いてない」
「聞いてた!」
主人公は何食わぬ顔でベッドに腰を下ろした。
魔物はしばらく主人公を睨んでいたが、結局その日は部屋を出ていった。
「……本当に面倒な奴だな」
それでも、主人公はやめなかった。
ここで素直に太れば、その先に待っているのは死だけだからだ。
食事を残す。
運動する。
注意されても知らないふりをする。
数日後。
食器を回収しに来た魔物が、ほとんど手つかずの料理を見て眉をひそめた。
「……またか?」
「いらなかった」
「昨日、ちゃんと食べろって言ったよな?」
「言われた気はする」
「じゃあ食べろよ!」
「嫌だ」
「なんでだよ!」
最初は丁寧だった魔物たちも、次第に明らかな苛立ちを見せるようになった。
「今日はちゃんと食えよ」
「嫌だ」
「残すなよ」
「知らない」
「運動するなよ」
「分かった」
そして、その日の夜。
「おい!」
「……」
「スクワットしてるじゃないか!」
「してない」
「いい加減にしろ!」
ついに魔物が声を荒らげた。
「何回言えば分かるんだ!」
「運動くらいいいだろ」
「よくないから禁止してるんだ!」
「じゃあ勝手に禁止してろ」
「お前なぁ……!」
魔物のこめかみに青筋が浮かんでいた。
それでも、その日はまだ手を出されなかった。
翌日。
主人公はまた食事を残した。
さらにその次の日。
監視の隙を見て腹筋をした。
その翌日。
また食事を残した。
「……なあ」
料理を回収しに来た魔物が、低い声で言った。
「お前、わざとやってるだろ?」
「何が?」
「食べない。運動する。注意してもやめない」
「別に」
「こっちは毎日、料理まで変えてるんだぞ」
「頼んでない」
魔物の顔が引きつった。
「…………」
主人公は知らん顔でテレビを見る。
「……もう少し協力しろよ」
「嫌だ」
「本当に腹立つな、お前……」
そして数日後。
「またやったな!」
魔物が勢いよく扉を開けた。
主人公は腕立て伏せの途中だった。
「……」
「昨日も注意しただろ!」
「運動くらいいいだろ」
「よくない!」
「俺の勝手だろ」
「勝手じゃない!」
「じゃあ見張ってればいいだろ」
「見張ってるから見つけてるんだよ!」
完全に言い争いになっていた。
最初のころの丁寧な態度は、もうどこにもない。
魔物たちも、主人公を見るたびに露骨に嫌そうな顔をするようになった。
食事を運んでくる魔物も、
「今日は頼むから食べろよ……」
と、最初から疲れ切った声で言う。
しかし、主人公は食べない。
そして回収の時間。
「……また残した」
「うん」
「うん、じゃない!」
別の日には、
「運動するなよ。絶対だからな」
「分かった」
十分後。
「おい!」
「……」
「やってるじゃないか!」
「暇だったから」
「さっき『分かった』って言っただろ!」
「気が変わった」
「お前はぁぁ……!」
とうとう、魔物たちの我慢が限界に達した。
その日の夜。
「もう知らん!」
扉が勢いよく開き、数人の魔物が部屋へ入ってきた。
「何だよ」
「もう自由にはさせておけない!」
「は?」
「食事は残す! 運動は禁止だって何度言ってもやる! 何百回注意しても聞かない!」
主人公も声を荒らげた。
「食われるために太らされて、素直に言うこと聞く奴がいるか!」
「うるさい!」
主人公は抵抗したが、多勢に無勢だった。
ベッドへ押さえ込まれ、そのまま拘束される。
「おい! 何する!」
「お前が悪いんだからな!」
「何がだよ!」
「何度注意したと思ってるんだ!」
「知らねえよ!」
「こっちだって最初は普通にやってたんだぞ!」
魔物は本気で怒っていた。
「料理だって何回変えたと思ってる!」
「頼んでない!」
「もう好きにはさせないからな!」
それ以降、主人公は満足に身動きが取れなくなった。
当然、自由に運動することもできない。
食事を拒めば、すぐに魔物たちがやって来る。
「食べろ」
「嫌だ」
「またか……」
「いらないって言ってるだろ!」
「お前がちゃんと食べないから、こっちもこうするしかないんだ!」
「知らない!」
「本当に言うこと聞かないな!」
主人公は心の中で悪態をついた。
――ここまでされるなら、もう少し大人しくやればよかったかもしれない。
もちろん、今さら遅い。
監視は以前よりも、ずっと厳しくなっていた。
ちょっとした抵抗さえ、すぐに見つかる。
「何してる?」
「何も」
「今、拘束を外そうとしてただろ」
「してない」
「もうその言い訳は聞き飽きた!」
魔物たちも、完全に主人公を信用しなくなっていた。
そんな生活が、一年近く続いた。
そして、ある朝。
ガチャリ。
いつもとは違い、複数の魔物が部屋へ入ってきた。
「立て」
主人公の拘束が外された。
主人公は久しぶりに、自分の足で立ち上がった。
長い間ほとんど運動できなかったせいで、筋力はかなり落ちている。
以前よりも身体は重くなり、体つきも大きく変わっていた。
それでも、歩くことはできた。
「……どこへ行く?」
魔物は答えなかった。
主人公は長い廊下を歩かされた。
今まで一度も通ったことのない場所だった。
しばらく進むと、周囲の雰囲気が変わった。
巨大な扉。
搬送用らしい広い通路。
奥から絶え間なく響いてくる機械音。
主人公は、それだけで理解した。
――ああ。
――ついに俺の番か。
不思議と、恐怖よりも先に浮かんだのは妻の顔だった。
結婚した日のこと。
くだらないことで喧嘩したこと。
一緒に食事をしたこと。
家へ帰れば、当たり前のようにそこにいてくれたこと。
女装されられたこと。
もっと言っておけばよかった。
ありがとう、と。
主人公は小さく息を吐いた。
「……今まで、ありがとな。本当に感謝してる」
もちろん、妻には聞こえない。
それでも、最後くらいは言っておきたかった。
主人公は静かに前を向く。
目の前の巨大な扉が、ゆっくりと開いていく。
奥から響く機械音が、さらに大きくなった。
主人公は一瞬だけ目を閉じた。
そして――
主人公の意識は、そこで途切れた。
その後、主人公がその部屋へ戻ってくることはなかった。
長いあいだ飼育され、身体を作り変えられ、太らされた主人公は――
最後には、魔物たちの食料として出荷されてしまった。
そして、魔物においしく食べられました。




