139話 神の世界に侵入する(3)
潜入した工場は、想像していたよりもはるかに巨大だった。
見上げても天井は暗闇の中に消え、金属製の通路がどこまでも続いている。
その左右では、無数の魔物たちが黙々と作業をしていた。
主人公は物陰に身を隠しながら、慎重に工場の奥へと進んでいく。
「……ここ、何を作ってるんだ?」
近くを流れるベルトコンベアに目を向ける。
そこには、大量の肉が並んでいた。
魔物たちは巨大な包丁や機械を使って肉を一定の大きさに切り分け、それを次々とパックに詰めている。
完成したパックの上には、電子表示が浮かんでいた。
《我々の食料》
主人公は眉をひそめる。
「我々の食料……?」
嫌な予感がした。
その正体を確かめるため、主人公はさらに奥へと進んだ。
奥へ行くほど、ベルトコンベアを流れる肉は加工前の状態になっていく。
そして――。
主人公の足が止まった。
「……え?」
最初は、自分が何を見ているのか理解できなかった。
いや、理解したくなかった。
しかし、目を凝らせば分かってしまう。
人間の腕。
人間の足。
そして――人間の身体。
「う……嘘だろ……」
主人公は思わず口元を押さえた。
これまで、ただの肉だと思って見ていたもの。
それはすべて――人間だった。
「気持ち悪い……」
胃の奥から何かがこみ上げてくる。
だが、周囲の魔物たちは何事もないかのように作業を続けていた。
一体の魔物が端末を確認しながら言う。
「今日の家畜、少し小さいな」
別の魔物が答えた。
「最近は若い個体が多いからな」
「まあ、味には問題ないだろ」
主人公は凍りついた。
家畜。
今まで何度も耳にしてきたその言葉の意味を、ようやく理解した。
「家畜って……俺たち人間のことだったのか……」
この世界で、人間は守られていたのではない。
飼育されていたのだ。
そして最後には――魔物たちの食料にされる。
主人公の頭の中で、これまで理解できなかったことが次々とつながっていく。
神の世界へ送られた人間が、約一年間だけ楽園のような生活を送れる理由。
激しい運動を禁止されていた理由。
豪華な食事を好きなだけ与えられ、多くの人間が太っていった理由。
すべては、人間を休ませることで筋肉を落とし、たくさんの餌を与えて太らせるため。
つまり――。
よりおいしく食べるために、人間を飼育していたのだ。
「……ふざけるなよ」
主人公は吐き気と恐怖を必死にこらえた。
ここは楽園などではない。
巨大な人間牧場だった。
それでも、主人公は引き返さなかった。
「ここまで来たんだ……全部確かめる」
そうつぶやき、さらに工場の奥へ向かう。
しばらく進むと、通路の先に巨大な金属製の扉が現れた。
扉の上には、大きくこう表示されている。
《冷蔵保管庫》
「……冷蔵庫?」
主人公は周囲に魔物がいないことを確認すると、ゆっくりと扉を開いた。
プシュッ――。
冷たい空気が一気に流れ出してくる。
「寒っ……」
主人公は腕をさすりながら、中へ足を踏み入れた。
内部は工場の一室とは思えないほど広かった。
天井には冷却装置が並び、白い冷気が薄い霧のように漂っている。
そして、その奥を見た瞬間――。
主人公の足が止まった。
「…………」
そこには、まだ解体されていない人間の遺体が大量に保管されていた。
何列もの保管台が奥まで続き、その一つ一つに人間が横たえられている。
壁際には管理用の端末があり、番号や搬入日らしき情報が表示されていた。
主人公は震えながら一歩後ずさる。
「これ……全部……」
さっき工場で加工されていた肉。
その前の状態なのだ。
これから順番に運び出され、解体され、肉として加工されていく。
そう考えた瞬間、胃の中がひっくり返りそうになった。
「うっ……」
主人公は口元を押さえ、必死に吐き気をこらえた。
「気持ち悪い……こんなの……」
目をそらしても、冷蔵庫の中に並ぶ光景が頭から離れない。
主人公は拳を握りしめた。
「……絶対に許さない」
それ以上その場所にいることに耐えられず、主人公は冷蔵保管庫を後にした。
巨大な扉を閉めても、胸の悪さは消えなかった。
むしろ、この工場の正体を知れば知るほど、怒りが強くなっていく。
さらに奥へ進む。
すると、明らかに周囲とは雰囲気の違う区画へたどり着いた。
目の前には巨大な扉がある。
その先には、工場とは思えないほど静かな空間が広がっていた。
まるで博物館か記念館のようだった。
部屋の中央には、大きなガラスケースが置かれている。
その中に――。
五本のステッキが並べて飾られていた。
主人公の目が大きく見開かれる。
「……これ……」
見覚えがあった。
いや、忘れるはずがない。
主人公はゆっくりとガラスケースへ近づいた。
そして、壁へと目を向ける。
そこには、この世界の歴史が映し出されていた。
《人類征服戦争》
主人公は、その記録を読み始めた。
――かつて、我々は十隻の巨大宇宙船を率いて、この星へ侵攻した。
圧倒的な戦力差により、人類の都市は次々と陥落。
人間たちの兵器では、我々にほとんど損害を与えることができなかった。
この星の完全征服は目前であり、人類の支配も時間の問題だと思われていた。
しかし――。
主人公は次の文章へ目を移す。
《そのとき、五人の魔法少女が現れた》
「魔法少女……」
記録は続く。
五人の戦士は、我々の予想をはるかに上回る戦闘能力を持っていた。
一隻。
二隻。
三隻。
宇宙船は次々と撃破されていった。
そして、ついには――。
十隻あった艦隊のうち、九隻が失われた。
主人公は思わず小さくつぶやいた。
「……ほとんど俺がやったんだけどな」
記録上では、五人全員の功績になっている。
征服寸前だった我々は、一転して壊滅寸前まで追い込まれた。
だが――。
最後の一隻には、ボスがいた。
激しい戦いの末、ボスは五人の魔法少女を倒した。
五本のステッキは回収され、その後、この場所へ保管された。
そして、記録の最後にはこう書かれていた。
《五人の魔法少女消滅後、人類の完全管理に成功》
《これにより、この世界に恒久的な平和が訪れた》
主人公は、しばらくその文章を見つめていた。
「……平和?」
ゆっくりと振り返る。
この部屋の向こうでは、今も巨大な工場が動き続けている。
人間が運ばれ。
保管され。
加工され。
肉としてパックに詰められている。
そして人類は、家畜として管理されていた。
主人公は拳を強く握った。
「これのどこが平和なんだよ……」
その瞬間だった。
カツン――。
背後から足音が響いた。
主人公の身体が固まる。
「……誰だ?」
低い声だった。
主人公がゆっくりと振り返る。
入口に、数体の魔物が立っていた。
「侵入者だ」
「人間か?」
「どうしてここにいる?」
「まずい……!」
主人公は反射的に走り出した。
しかし、反対側からも魔物たちが現れる。
あっという間に出口を塞がれた。
主人公は立ち止まる。
囲まれた。
逃げ道はない。
一体の魔物が、主人公を見下ろした。
「どこから入った?」
「……」
主人公は答えず、黙ったまま魔物をにらみつける。
魔物は小さくため息をついた。
「答える気はないか」
「……」
「なら――このまま帰すわけにはいかないな」
魔物が片手を上げた。
「捕らえろ!」
次の瞬間、数体の魔物が一斉に主人公へ飛びかかった。
「くそっ!」
主人公は逃げようとしたが、すぐに腕をつかまれる。
「離せ!」
必死に振りほどこうとする。
だが、一体を振り払っても、すぐに別の魔物が腕を押さえた。
数の差はどうにもならない。
ガシャン――。
両手に、頑丈な拘束具がはめられた。
「くそっ……離せ!」
主人公はなおも抵抗するが、完全に押さえ込まれてしまう。
一体の魔物が、拘束された主人公を見下ろした。
「歩け」
「……」
こうして主人公は、魔物たちに捕らえられた。




