138話 神の世界に侵入する(2)
主人公は、神の世界へ侵入してから、できるだけ人目につかない場所を選んで進んでいた。
だが、想像していた光景とは少し違っていた。
畑では、魔物たちが鍬を振るい、大量の野菜を育てている。
別の区画では、小麦のような穀物が一面に広がり、その向こうでは牛や豚などの家畜まで飼育されていた。
主人公は物陰からその様子を眺める。
「……普通に農業してるな」
魔物たちはふざけている様子もなく、汗を流しながら一生懸命働いていた。
「もっとこう……怪しい薬草とか、毒キノコとか育ててると思ったんだけど」
収穫された野菜や穀物は、大きな集荷場へ運ばれていく。
主人公も作業員の魔物に紛れながら、こっそり近づいた。
集荷場には大量の箱が並んでいた。
トマト。
ジャガイモ。
ニンジン。
キャベツ。
果物。
パン。
肉。
牛乳。
卵。
どれも、ごく普通の食べ物だった。
むしろ品質はかなり良さそうだった。
主人公は思わず首をかしげる。
「これ……人間が普通に食べてもおいしいやつじゃないか?」
ところが、箱の横に付けられていた電子表示を見て、主人公は動きを止めた。
そこには、大きな文字でこう表示されていた。
――家畜用。
主人公は二度見した。
「……家畜用?」
隣の箱にも同じ表示。
その隣にも。
さらに奥に積まれている食料にも、ほとんどすべてに同じ文字が付いている。
――家畜用。
主人公は腕を組んだ。
「牛とか豚に食わせるってことか?」
だが、それにしては妙だった。
人間向けとしか思えないパン。
調理済みの料理。
果物。
菓子まである。
しかも栄養バランスを考えて分類されていた。
すると、近くを魔物の作業員二人が通りかかった。
主人公は箱の陰に身を隠す。
「今日の家畜用、ずいぶん多いな」
「ああ。内側の収容数が増えたらしい」
主人公の表情が変わった。
「……収容数?」
「餌の種類も増やせってさ。最近は好き嫌いの多い個体もいるらしいぞ」
「面倒だなあ。ちゃんと栄養取らせないと痩せるからな」
二人は笑いながら去っていった。
主人公はしばらく動けなかった。
「個体……?」
嫌な予感がした。
集荷場の奥を見る。
巨大な搬送車が、食料を積み込んでいた。
そして搬送車が向かう先には――。
壁があった。
神の世界を囲んでいる外壁とは別の壁。
さらに、その奥にももう一枚。
二重の巨大な壁。
主人公は小さく息をのむ。
「……あそこか」
以前から気になっていた場所だった。
農場や町は自由に行き来できる。
ところが、あの二重壁だけは別だった。
警備の魔物が多い。
監視塔。
魔力を感知する装置。
巨大な門。
明らかに何かを隠している。
主人公は決めた。
「家畜用って言葉の意味……確かめるしかないな」
その夜。
主人公は食料搬送車の荷台に潜り込んだ。
野菜の箱の間に体を隠す。
しばらくすると、搬送車が動き出した。
ゴゴゴゴゴ……。
最初の壁の門へ到着する。
警備員「搬送番号を確認」
運転手「第七農業区。家畜用食料、三十二トン」
警備員「確認した。通れ」
ガコン。
巨大な門が開く。
主人公は箱の隙間から外をのぞいた。
一枚目の壁を突破。
しかし、すぐ正面に二枚目の壁が現れた。
こちらはさらに高い。
主人公は思わず心の中でつぶやく。
「厳重すぎるだろ……」
再び検査。
主人公は息を殺した。
ピッ。
ピッ。
装置の光が荷台を走る。
主人公のすぐ横まで来る。
「…………」
だが、食料運搬車のおかげなのか、警報は鳴らなかった。
警備員「問題なし」
二枚目の門が開く。
主人公はついに、二重壁の内側へ入った。
そして。
荷台の隙間から見えた光景に、主人公は言葉を失った。
巨大な街。
住宅。
広場。
運動施設。
食堂。
映画館。
プール。
一見すると、とても快適そうな場所だった。
だが。
そこを歩いていたのは――。
人間だった。
主人公「……え?」
首に同じ形の装置を付けられた人間たちが、大勢暮らしている。
子ども。
若者。
大人。
みんな普通に会話をし、食事をし、生活している。
その横を、魔物の職員が監視していた。
そして搬送車が停止する。
魔物の作業員が叫んだ。
「今日の家畜用食料、到着!」
主人公の顔から血の気が引いた。
「…………まさか」
パンが降ろされる。
野菜が降ろされる。
肉が降ろされる。
それらは全部、人間たちの食堂へ運ばれていった。
しかし、その直後。
さらに奥にある施設が目に入った。
二重壁の内側。
そのさらに中心部。
そこだけ、もう一つ巨大な建物が存在していた。
窓はない。
警備は異常なほど厳重。
そして入口の電子表示には――。
《飼育管理中央施設》
主人公はそれを見つめた。
「……まだ奥があるのか」
ここで引き返すわけにはいかなかった。
主人公は搬送車から静かに降りると、
さらに施設の奥へと潜入していった。




