131話 妻の趣味
新婚生活を送っていたある日のこと。
主人公が風呂から上がると、脱衣所には着替えがきれいに用意されていた。
「……あれ?」
しかし、主人公はすぐに違和感に気づいた。
風呂に入る前、自分で用意しておいたはずの服がない。
Tシャツもズボンも、きれいさっぱり消えている。
代わりに置かれていたのは――
どう見ても、彼女の服だった。
しかも、かなりかわいらしいワンピース。
「…………」
主人公はしばらく無言でそれを見つめた。
見間違いかと思って裏返してみる。
やっぱり彼女の服だった。
さらに、その横には彼女の下着まで一式そろえて置かれている。
「いやいやいやいや……」
主人公は慌てて脱衣所から顔だけを出した。
「なあ! 俺の服ないんだけど!」
リビングから彼女の声が返ってくる。
「あるでしょ?」
「ないよ!」
「目の前に用意してあるじゃない」
主人公はワンピースをつまみ上げた。
「これ、お前の服だろ!」
「そうよ」
「なんで俺の着替えとして置いてあるんだよ!」
彼女がひょこっと脱衣所をのぞき込む。
そして、主人公が持っているワンピースを見ると、満面の笑みを浮かべた。
「かわいいでしょ?」
「かわいいかどうかを聞いてるんじゃない!」
「絶対似合うと思うの」
「まさか俺に!?」
「うん」
彼女は何の迷いもなくうなずいた。
主人公は嫌な予感を覚えながら、ワンピースの横を見る。
「……というか、下着までお前のなんだけど」
「ちゃんと用意したわよ」
「用意しなくていい!」
彼女は、むしろ誇らしげだった。
「実はね、いつか着せたいと思ってたの」
「そんな野望を胸に秘めてたの!?」
「私、男の娘が好きだし」
「初耳なんだけど!」
「言ってなかった?」
「聞いたことない!」
「ちゃんとあんた、デート中にも着てくれたし。」
「将来、結婚したら着てもらおうかなって言ったし」
そこで主人公は、以前のデートで、彼女がやたらと女性ものの服を勧めてきたことを思い出した。
当時はただの冗談だと思っていたのだが――どうやら、あれは冗談ではなかったらしい。
主人公は慌てて自分の服を探した。
だが、どこにも見当たらない。
「俺が用意してた服は?」
「片付けた」
「戻して!」
「やだ」
即答だった。
主人公は頭を抱えた。
彼女は一度機嫌を損ねると、しばらく口を利いてくれなくなる。
これまで何度か経験しているだけに、主人公も強く出られなかった。
「……本当にこれ着ないとダメ?」
「うん」
「ズボンだけでも……」
「ダメ」
「せめてTシャツ……」
「ダメ」
「選択肢ゼロじゃん!」
結局、主人公は泣く泣く用意された服に着替えることになった。
数分後。
主人公がおそるおそるリビングへ入る。
「…………」
彼女は主人公を見た瞬間、ぱっと目を輝かせた。
「わあああっ!」
「そんなに喜ぶな!」
「かわいい!」
「言うな!」
「すっごくかわいい!」
「二回言うな!」
彼女は主人公の周りをぐるぐる回りながら、楽しそうに眺め始めた。
「やっぱり私の予想どおり。絶対似合うと思ってたのよ」
「俺は全然うれしくない!」
「写真撮っていい?」
「ダメ!」
「一枚だけ」
「その一枚が一生残るんだよ!」
彼女は心底幸せそうだった。
そして、さらにとんでもないことを言い始める。
「決めた。明日から毎日、私が服を用意してあげるね」
主人公の表情が固まった。
「……え?」
「毎日ペアルックにしよ」
主人公の血の気が引いた。
「待て待て待て!」
「あんたが私の服を着れば、服代も安くなるでしょ?」
「家計の節約方法として方向性がおかしい!」
「サイズも近いんだから、服を共用できるし」
「できてもしたくない!」
彼女はさらに楽しそうに携帯を取り出した。
「今度買い物に行ったとき、あなた用の服も見てこよ」
「俺用?」
主人公は少しだけ安心した。
「なんだ。ちゃんと男物を――」
「外出用のワンピース」
「外に出す気かよ!」
主人公は思わず彼女に泣きついた。
「頼む! それだけはやめてくれ! せめて家の中だけにして!」
「大丈夫よ」
「何が!?」
彼女は主人公の肩に手を置き、安心させるように微笑んだ。
「ちゃんと男の子っぽいのを選ぶから」
「よかった……」
主人公は胸をなで下ろした。
しかし、彼女は続けた。
「男の子っぽい男の娘コーデ」
「結局そっちじゃねえか!」
「ショートパンツとかパーカーとかなら、抵抗少ないでしょ?」
「そこから徐々に慣らす計画立てるな!」
彼女は楽しそうに携帯で服を検索し始めた。
「あ、これかわいい。次のデートで着てね」
「もう外出確定してる!」
主人公は、この日初めて知った。
彼女が男の娘好きだったこと。
そして――
その趣味の最大の被害者として、自分が選ばれてしまったことを。




