130話 彼女の仕事探し
結婚して少したってから、主人公は一つの事実に気づいた。
彼女は、かなりのわがままだった。
交際していたころには、まったく気づかなかった。
いや、多少その片鱗はあったのかもしれない。
だが、結婚して毎日一緒に暮らすようになると、それが嫌でも見えてくるようになった。
その一つが――仕事だった。
この国では、十八歳になると原則として全員に「労働の義務」が発生する。
大学などへ進学している者や、病気などで働けない者を除き、十八歳以上の国民は必ず何らかの仕事に就かなければならない。
国民の義務の一つだった。
十八歳になると、国から個人の携帯へ通知が届く。
『就労義務対象者となりました。希望職種を選択してください』
主人公はすでに軍へ入隊していた。
では、彼女はどうしたのかというと――。
ある日の夕食中。
「私、働きたくない」
彼女は堂々と言った。
主人公は箸を止めた。
「いや、そんな宣言されても」
「だって、あんた軍隊で給料もらってるでしょ?」
「まあ、もらってるけど」
「だったら私、働かなくてもよくない?」
「この国ではダメだろ」
「なんでよ!」
「俺に怒るなよ。法律に言え」
彼女は不満そうに頬を膨らませた。
この国では、配偶者に十分な収入があるかどうかは関係ない。
十八歳以上の国民は、原則として一部の例外を除き何らかの仕事をしなければならない。
もっとも、仕事探しそのものは簡単だった。
携帯から希望条件を入力すれば、国の職業割当システムが適性と求人状況を判断し、自動的に仕事を紹介してくれる。
彼女はソファに寝転がりながら端末を開いた。
「えーっと……希望条件……」
画面には、いくつもの項目が並んでいた。
『収入重視』
『やりがい重視』
『社会貢献重視』
『勤務時間重視』
『体力負担軽減』
彼女は迷うことなく、
『勤務時間が短い』
を選択した。
さらに、
『給料が高い』
にもチェックを入れる。
横から見ていた主人公が言った。
「そんな都合のいい仕事あるのか?」
「国が探してくれるんだから、あるでしょ」
「その二つが両立するなら、全員それ選ぶと思うけど」
「細かいこと気にしないの」
彼女はそのまま送信した。
三秒後。
ピコン。
『あなたに最適な職業が決定しました』
「早っ!」
彼女は喜んで結果を開いた。
そして、固まった。
「……接客業?」
「何の?」
「勤務時間、一日三時間程度」
「おお。希望通りじゃん」
「給与、高水準」
「完璧じゃん」
彼女の表情が明るくなる。
しかし、その下に仕事内容が書かれていた。
『主な業務内容:男性客と飲食をともにし、会話・接客を行う』
沈黙。
主人公が画面を見る。
彼女も見る。
主人公がもう一度見る。
「……キャバクラじゃない?」
「キャバクラじゃん!!」
翌日。
一応、彼女は出勤した。
そして三時間後。
玄関のドアが勢いよく開いた。
「ただいま!!」
「早かったな」
「辞めてきた!!」
「もっと早かった!」
彼女は荷物をソファへ放り投げた。
「なんで私が、知らない男の人と三時間も飲みながら話さなきゃいけないのよ!」
「勤務時間短いし、給料高かったんだろ?」
「そういう意味じゃない!」
「条件には完全一致してるけど」
「国のシステム、性格悪すぎるでしょ!」
彼女は再び端末を開いた。
『退職理由を入力してください』
迷わず、
『思っていた仕事と違った』
を選択する。
すると再び、希望条件の入力画面が表示された。
「今度こそ間違えない」
「次は何を選ぶんだ?」
彼女は画面をスクロールしていった。
すると、一番下のほうに妙な項目があった。
『できるだけ仕事をしたくない人』
彼女の指が止まった。
「これだ」
「嫌な予感しかしない」
「私のための項目じゃん!」
「国もずいぶん正直だな」
彼女は即決した。
送信。
ピコン。
『あなたに最適な仕事が決定しました』
「今度こそ!」
表示された仕事は――。
『地域環境維持作業』
仕事内容は、
『自宅周辺の道路清掃・公園清掃・除草作業・ごみの回収・地域美化』
勤務時間は、
『一日二時間程度』
彼女の顔が輝いた。
「二時間!」
「短いな」
「しかも近所!」
「通勤時間ほぼゼロだな」
「これよ! 私が求めてた仕事は!」
彼女は完全に勝ちを確信していた。
そして翌朝。
午前八時。
彼女は作業服姿で家を出た。
主人公は玄関で見送る。
「頑張って」
「二時間だから余裕よ」
「そうか」
「十時には帰ってくるから」
ところが一時間後。
彼女からメッセージが届いた。
『助けて』
主人公は首をかしげる。
『まだ一時間じゃん』
すぐに返信が来た。
『この仕事おかしい』
『何が?』
『端末で全部監視されてる』
地域清掃の仕事は、確かに一日二時間だった。
ただし――猛烈に管理されていた。
腕につけた作業端末には、次々と通知が表示される。
『清掃速度 基準値以下』
『作業停止を検知しました』
『残り未処理区域 43%』
『除草作業を開始してください』
彼女が少し腰を伸ばす。
ピコン。
『休止を検知しました』
「うるさい!」
草を一本抜く。
ピコン。
『作業効率が低下しています』
「一本ずつしか抜けないでしょ!」
少し日陰へ移動する。
ピコン。
『担当区域から外れています』
「日陰くらい入らせてよ!」
しかも、上空では清掃管理用ドローンが作業状況を確認していた。
彼女がほうきを止める。
ブーン。
ドローンが近づいてくる。
「見るな!」
ブーン。
「近い近い近い!」
二時間後。
玄関のドアがゆっくり開いた。
「ただいまぁ……」
帰ってきた彼女は、完全に疲れ切っていた。
主人公が驚く。
「どうした?」
「二時間しか働いてないのに、八時間働いた気分……」
「そんなに大変だったのか?」
彼女はソファへ倒れ込んだ。
「ずっと監視されてるの!」
「へえ」
「ちょっと止まったら『作業してください』!」
「うん」
「ちょっと休んだら『休止を検知しました』!」
「うん」
「草抜くの遅かったら『効率低下』!」
「うん」
彼女は勢いよく起き上がった。
「刑務所なの!?」
主人公は少し考えた。
「でも一日二時間だろ?」
「そういう問題じゃない!」
「希望通りではある」
「またそれ言う!」
彼女は端末を睨みつけた。
最初に選んだ、
『勤務時間が短い・給料が高い』
では接客業。
次に選んだ、
『できるだけ仕事をしたくない人』
では超管理型の清掃作業。
彼女は頭を抱えた。
「なんなのよ、この国!」
主人公が言う。
「普通の仕事選べば?」
「嫌」
「じゃあ勤務時間が短い仕事」
「それも嫌」
「楽な仕事」
「だから、それを探してるの!」
「でも国に任せると、こうなるんだろ」
「うるさい!」
彼女は端末を握りしめた。
「もう、なんでこんな仕事ばっかりなのよーっ!!」
すると、端末が反応した。
ピコン。
『音声を検知しました』
彼女が固まる。
続いて新しい通知。
『仕事への不満が確認されました。職業再選択を希望しますか?』
彼女の目が輝いた。
「する!」
主人公が慌てる。
「待て待て待て!」
「今度こそ楽な仕事にする!」
「次はもっとすごいの来る気がするぞ!」
しかし彼女はすでに、
『再選択する』
を押していた。
ピコン。
『希望条件を選択してください』
彼女は真剣な顔で画面を見つめた。
「よし……」
「今度は何を選ぶんだ?」
彼女は迷わず言った。
「座ってるだけの楽な仕事」
主人公は天井を見上げた。
「……絶対ろくな仕事来ないぞ」
三秒後。
ピコン。
『あなたに最適な職業が決定しました』
表示されたのは、
『国家指定・監視センター勤務』
仕事内容――監視業務。
勤務時間――一日八時間。
肉体労働――なし。
屋内勤務・冷暖房完備。
基本的に着席して勤務。
それを見た彼女は立ち上がった。
「これだ!」
「本当か?」
「ついに当たり引いた!」
「まだ仕事内容しか見てないだろ」
「肉体労働なし! 冷暖房完備! しかも座って仕事!」
彼女は満面の笑みを浮かべた。
「座ってるだけで給料もらえる!」
主人公は嫌な予感しかしなかった。
そして初出勤の日。
彼女が案内された席には、巨大な机が置かれていた。
その正面には――。
「……何これ?」
四十台近い監視画面が並んでいた。
道路。
公園。
公共施設。
倉庫。
自動運転車の乗降場所。
それらを同時に確認し、異常を発見すれば即座に端末から報告しなければならない。
しかも、監視されているのは画面の向こう側だけではなかった。
勤務者自身も管理されていた。
彼女が三十秒ほど別の場所を見る。
ピコン。
『警告:監視画面から視線が外れています』
「え?」
背伸びをする。
ピコン。
『警告:監視姿勢を維持してください』
「背伸びくらいさせてよ!」
ぼんやりする。
ピコン。
『警告:集中力低下を検知しました』
「どうやって分かるのよ!」
トイレへ行こうと立ち上がる。
ピコン。
『離席申請をしてください』
「トイレも許可制!?」
彼女は思わず監視画面に向かって叫んだ。
「刑務所か、ここは!」
しかも、異常を見逃せば勤務評価が下がる。
四十近い画面を八時間。
ずっと見続けなければならない。
その日の夜。
玄関が開いた。
「……ただいま」
主人公が振り返る。
彼女は朝とは別人のような顔をしていた。
「どうだった?」
「……座ってるだけって言ったじゃん」
「座ってただろ?」
「そういう意味じゃない!」
「やっぱり」
「四十画面よ!?」
「多いな」
「ずっと見てなきゃいけないの!」
「監視員だからな」
「三十秒よそ見しただけで怒られるの!」
「監視員だからな」
「トイレまで申請制なの!」
「それは厳しいな」
彼女はソファへ倒れ込んだ。
翌朝。
ベッドから起き上がった彼女は、目を押さえた。
「目が痛い……」
肩を回す。
「肩も痛い……」
腰を押さえる。
「腰も痛い……」
さらに頭まで押さえた。
「頭も痛い……」
主人公が言った。
「筋肉痛は?」
「ない」
「じゃあ肉体労働なしは合ってるな」
彼女が睨む。
「そういう問題じゃない!」
しばらく沈黙したあと、彼女は小さな声で言った。
「……肉体労働のほうが楽だった」
「え?」
「草刈りに戻して……」
主人公は思わず聞き返した。
「お前、昨日まで刑務所って言ってただろ」
「監視センターよりマシ!」
彼女は急いで端末を開き、職種変更画面を表示した。
しかし――。
ピコン。
『現在の職種変更可能日まで、あと89日』
彼女は固まった。
主人公も画面を見る。
「三か月くらいだな」
彼女の唇が震える。
「……あと三か月?」
「そうみたいだな」
「この仕事を?」
「そうなるな」
「毎日八時間?」
「労働の義務だからな」
彼女は今にも泣きそうな顔になった。
そして次の瞬間。
「あと三か月もあるじゃん!!」
家中に彼女の叫び声が響いた。
主人公は思った。
結婚前は、もう少ししっかりした人だと思っていた。
どうやら、恋人として付き合うのと、一緒に暮らすのとでは――見えてくるものが、かなり違うらしい。
妻は、想像以上に猫をかぶるのが上手だった。




