114話 弟の小学校卒業試験(1)
弟は、毎日勉強していた。
小学六年生。
もうすぐ、小学校卒業試験があるからだ。
学校から帰ると、すぐに机へ向かい、学習用タブレットを開いた。夕食の時間になっても勉強をやめようとしない。
両親は高い料金を払って、家庭教師まで雇っていた。
弟はもともと勉強が得意ではない。
前回の進級試験も、合格点ぎりぎりで、なんとか六年生へ進級できたほどだった。
しかし、どれだけ勉強しても、弟の成績はなかなか上がらなかった。
家庭教師が帰ったあと、母は毎晩のように弟のタブレットを開き、その日の学習記録を確認していた。
解いた問題はすべて自動保存され、正解率や間違えた問題まで一覧で表示される。
母は画面を指さした。
「この問題、昨日も間違えていたでしょう」
「……ごめんなさい」
「謝るだけじゃ駄目なの。小学校卒業試験に落ちたら、神の世界へ行くことになるのよ」
母は弟の肩をつかみ、強い口調で言った。
「二度と、私たちと一緒に暮らせなくなるの。お父さんにも、お兄ちゃんにも会えなくなるかもしれないのよ」
弟は泣きそうな顔でうなずいた。
「分かってる。ちゃんと勉強するから……」
それから弟は、さらに必死になった。
朝は一時間早く起き、登校前にもタブレットで練習問題を解いた。
画面に専用のペンで答えを書き込むと、その場で自動採点される。
間違えるたびに解説が表示され、似た問題が次々と出題された。
休みの日も友達とは遊ばず、家庭教師から送られてきた課題を何度も繰り返した。
それでも、試験当日の弟の顔は青ざめていた。
「大丈夫だよ」
主人公は玄関で弟の頭をなでた。
「今まで、ずっと頑張ってきたんだから」
「うん……」
弟は笑おうとしたが、その口元は震えていた。
数日後。
試験結果が発表される日、家族全員がリビングに集まっていた。
弟はソファの中央に座り、両手でタブレットを握りしめていた。
母はその隣で祈るように手を組み、父は黙ったまま窓の外を見ている。
午後六時。
タブレットが短く震えた。
画面に通知が表示される。
弟は、しばらく指を動かせなかった。
「早く開きなさい」
母に促され、弟は震える指で通知を押した。
画面いっぱいに文字が表示された。
――小学校卒業試験結果。
その下に書かれていたのは、たった四文字だった。
『不合格』
誰も声を出せなかった。
弟は画面を見つめたまま、固まっていた。
「……うそ」
やがて、かすれた声が漏れた。
「もう一回、試験を受けられるんだよね?」
母は答えなかった。
「追試があるんでしょう? 僕、次はもっと頑張るから」
弟は母の服をつかんだ。
「ゲームもしない。友達とも遊ばない。毎日ずっと勉強する。だから……」
「ごめんなさい」
母は弟を抱きしめた。
その声は震えていた。
「小学校卒業試験に、追試はないの」
「そんな……」
次の瞬間だった。
弟の携帯が、淡い青色に光り始めた。
普通の通知ではなかった。
画面だけではない。
端末そのものが、内側から発光しているかのように青白く輝いている。
主人公は、その光を知っていた。
神の世界からの迎えが来たときにだけ現れる光だった。




