110話 お父さんが失業した
ある日、主人公が家に帰ると、父がリビングのソファに座り込み、ひどく落ち込んでいた。
「……お父さん、どうしたの?」
母に尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「お父さんの勤めていた会社、倒産しちゃったのよ」
「えっ!?」
どうやら父の勤め先が突然倒産し、そのまま失業してしまったらしい。
父は深いため息をついた。
「まさか会社がなくなるとはな……」
主人公は心配になった。
しかし、不思議なことに母はまったく慌てていない。
いつも通り夕食を作りながら、のんびりしている。
「お母さん、心配じゃないの?」
「何が?」
「何がって……お父さん、失業したんでしょ?」
「そうね」
「収入なくなるじゃん!」
母はきょとんとした顔をした。
主人公はそこで思った。
――ああ、そうか。
失業保険があるから、それほど心配していないのだろう。
「まあ、失業保険があるからしばらくは大丈夫か」
すると母が首をかしげた。
「失業保険?」
「うん」
「なに、それ?」
「……え?」
今度は主人公が固まった。
「仕事を失った人がお金をもらえる制度だよ」
「そんな制度ないわよ?」
「ないの!?」
主人公は驚いて父を見る。
父も当然のようにうなずいた。
どうやら、この世界には失業保険そのものが存在しないらしい。
「じゃあ、なんでそんなに落ち着いてるの!?」
母は笑った。
「だって、国が次の仕事を用意してくれるもの」
「……はい?」
この世界では職を失った場合、国の就労機関がすぐに新しい仕事を紹介してくれるらしい。
本人の経験や資格、前職、希望する仕事内容などを登録すると、条件に合う職場が自動的に選ばれる。
母は父に言った。
「落ち込んでないで、さっさと登録しちゃいなさいよ」
「でもなあ……」
「同じような仕事を希望すればいいじゃない」
主人公も横から説得する。
「そうだよ。とりあえずやってみたら?」
父はしばらく迷っていたが、ようやく携帯を取り出した。
希望職種の欄に、
『現在と同じような仕事を希望』
と入力する。
そして登録ボタンを押した。
すると――。
数十分後。
ピコン。
端末に通知が届いた。
父が画面を見る。
「……決まった」
「早っ!」
なんと、もう再就職先が決まっていた。
しかも仕事内容は、以前の会社でしていた仕事とほとんど同じだった。
数日後には新しい職場で働き始められるという。
ただし、一つだけ問題があった。
父は少し残念そうに画面を眺める。
「給料、前より少し下がるな……」
母はあっさり言った。
「仕事があるだけいいじゃない」
「まあ、そうなんだけどな」
主人公は二人のやり取りを聞きながら思った。
――失業保険がない代わりに、失業期間そのものをほとんど作らない制度なのか。
前の世界とは、失業に対する考え方そのものが違うらしい。




