11話 転生後の自宅
自動運転の車に揺られること十数分。
車は静かな住宅街へ入り、二階建ての家の前で止まった。
『目的地に到着しました』
機械の声が告げると、ドアが自動で開いた。
家の外観は、主人公が以前暮らしていた時代の住宅と大きく変わらない。ただ、以前住んでいた家よりも大きかった。
壁は白く、屋根は濃い灰色。庭には小さな花壇があり、春らしい色とりどりの花が咲いている。
もっと空中に浮いていたり、壁が透明だったりするのかと思っていたので、少し拍子抜けした。
「ただいま」
母に続いて家に入る。
玄関の照明は、人が入ると自動で点いた。
しかし、その程度なら以前の世界にもあった。
リビングは広かった。大型テレビがあり、壁際にはエアコン。台所には冷蔵庫や電子レンジ、炊飯器が並んでいる。
どれも形は少し洗練されていたが、基本的な使い方は以前とそれほど変わらないようだった。
「意外と普通……」
思わず声に出してしまった。
「何が?」
母が振り返る。
「ううん、何でもない」
慌ててごまかした。
自動運転の車が当たり前に走っているのだから、家の中も見たことのない機械ばかりだと思っていた。
だが、テレビはテレビだったし、冷蔵庫は冷蔵庫だった。
洗濯機も掃除機も、見た目こそ少し変わっているものの、主人公の知っている家電とそこまで大きな違いはない。
テレビは声だけで操作でき、冷蔵庫は中に何が入っているのかを自動で管理してくれるらしい。
それでも、空中に映像が浮かんだり、ロボットが家事をすべてやってくれたりするわけではなかった。
どうやら、この世界ではすべての技術が同じように進歩しているわけではないらしい。
「部屋を見てみる?」
母に聞かれ、主人公はうなずいた。
二階へ上がり、廊下の奥にある部屋へ案内される。
扉には、かわいらしい飾りと主人公の名前が付けられていた。
中へ入って、思わず目を見開く。
「広い……」
十二畳くらいはありそうだった。
勉強机にベッド、洋服だんす。
それでも窮屈には感じない。
机の上には薄いタブレット端末が置かれていた。
しかし、本や教科書は一冊もない。
それどころか、部屋の中を見渡しても紙らしいものがほとんど見当たらなかった。
どうやら、この世界ではかなり電子化が進んでいるらしい。
タブレットの横には、まだあまり使われていないような真新しい鞄が置かれていた。
その鞄を見た瞬間――。
頭の奥に、かすかな映像が浮かんだ。
桜の咲く校門。
ほとんど新品の制服。
体育館にずらりと並べられた椅子。
――入学式。
「……っ」
断片的な映像は、一瞬で消えてしまった。
主人公はしばらく鞄を見つめたあと、机の上に置かれていた電子学生証を手に取った。
画面には、この身体の顔写真と名前が表示されている。
そして、その下に書かれていた文字を見て固まった。
――中学校一年。
「……主人公、中学生なの?」
「そうよ」
母は少し寂しそうに笑った。
「この春に入学したばかり。まだ学校には一か月くらいしか通っていなかったの」
どうやら事故に遭ったのは、中学校へ入学して間もない頃だったらしい。
主人公はもう一度、学生証を見る。
鏡に映った自分が幼いとは思っていた。
だが、まさか中学一年生だったとは思わなかった。
「十三歳?」
「この前、十三歳になったばかりよ」
母が答える。
前の人生では、とっくに大人だった。
それなのに今は、中学校へ入学したばかりの少女になっている。
しかも、事故によって記憶を失ったことになっているため、学校のことも、友達のことも、授業のことも、何一つ知らない。
主人公は机の上のタブレットを手に取った。
画面を見ると、すぐに顔認証が行われる。
『認証しました』
ロックが解除された。
「顔だけでいいんだ……」
中を確認すると、学校用のアプリが入っていた。
恐る恐る時間割を開いてみる。
国語。
数学。
理科。
英語。
ほかにもいくつか科目が並んでいるが、名前そのものは以前の世界とほとんど変わらない。
「学校の勉強も普通そう……」
小さくつぶやく。
自動運転の車が当たり前に走る未来のような世界なのに、中学生は相変わらず数学や漢字を勉強しているらしい。
そこだけは妙に現実的だった。
「体調が戻るまでは、学校を休んでいていいのよ」
母が優しく言った。
「先生も、みんなも心配しているから」
「みんな……」
その言葉に、胸がざわついた。
この身体には、すでに学校で築いてきた人間関係がある。
友達だっているだろう。
仲のいい子もいるかもしれない。
逆に、苦手な相手がいる可能性だってある。
だが、主人公はその誰の顔も知らない。
「学校に戻ったら、どうすればいいんだろう……」
不安を口にすると、母は主人公の頭をそっとなでた。
「急がなくていいわ。少しずつ思い出せばいいの」
「……うん」
主人公は曖昧にうなずいた。
けれど、本当は分かっていた。
――思い出せるはずがない。
主人公は、この少女ではないのだから。
窓の外を見る。
春の日差しの中、見知らぬ街が静かに広がっていた。
家の中は思っていたより普通だった。
家電も家具も、学校の勉強も、以前の世界と大きくは変わらない。
けれど、自動運転の車が当たり前に走り、主人公は十三歳の少女として生きることになった。
やはり、ここは主人公の知っている日常ではない。
ふと、机の横を見る。
そこには、新品同然のセーラー服がきれいに掛けられていた。
「……これ、着るのか」
退院したばかりだというのに、次の不安がもう目の前に置かれている。
近いうちに主人公はこの制服を着て、何も知らない中学校へ戻らなければならないのだ。
その学校で何が待っているのか。
今の主人公には、まだ何も分からなかった。




