10話 退院した。
目を覚ましてから、主人公は家族について少しずつ説明を受けた。
父と母は、どちらも36歳。兄は17歳で、弟は10歳らしい。
兄は遠く離れた高校に通っており、学校の近くにアパートを借りて彼女と2人暮らしをしている。それでも、主人公が事故に遭ったと聞くと、わざわざ駆けつけてくれたそうだ。
窓の外には、柔らかな春の日差しが差し込んでいた。
医師の話によると、主人公は走ってきた車にはねられ、一週間ほど意識を失っていたらしい。
しかも、車にはねられるのはかなり珍しいらしい。
ただ、身体の痛みよりも気になったことがあった。
自分の顔である。
家族が病室を出たあと、主人公は洗面台の鏡をのぞき込んだ。
そこに映っていたのは、透き通るような肌に、大きな瞳、整った鼻筋を持つ、とんでもなくかわいい少女
だった。
「……これ、私?」
思わず自分の頬をつねる。
鏡の中の美少女も、頬をつねって痛そうな顔をした。
間違いない。
この美少女は私だ。
主人公は表情を変えないようにしながら、心の中で大きく叫んだ。
(ラッキイイイィィィ――ッ!)
事故に遭ったことはもちろん不幸だ。
前の人生で死んだことだって、かなりの不幸だ。
普通なら泣いて絶望する場面なのかもしれない。
しかし、転生先がこれほどの美少女となれば話は別だった。
(神様、最後の最後でいい仕事した!)
危うく両手でガッツポーズをするところだった。
「どうしたの?」
隣にいた母が、不思議そうに私の顔をのぞき込んだ。
「う、ううん。自分の顔も覚えていなかったから、びっくりしただけ」
主人公は慌てて悲しそうな顔を作った。
「そう……」
母は少し寂しそうに笑い、優しく私の頭をなでてくれた。
その姿を見て、さすがに罪悪感が湧いてくる。
母は本気で私を心配してくれているのだ。
ここで美少女になったことを喜んでいる場合ではない。
主人公は真剣な表情で鏡を見つめた。
(これからは、この子として生きていかないといけないんだ)
家族のこと。
学校のこと。
この少女が以前どんな性格だったのか。
知らなければならないことは山ほどある。
主人公は静かに深呼吸をした。
そして、もう一度鏡の中の顔を確認する。
(それにしても、本当にかわいいな)
反省は、三秒しか続かなかった。
一週間してなにも異常か見つからなかったので退院することとなった。
病院の玄関を出ると、父が駐車場に止めてあった車の扉を開けてくれた。
主人公と母と一緒に後部座席へ乗り込む。
ところが、運転席には誰も座らなかった。
「お父さん、運転しないの?」
主人公が尋ねると、父は不思議そうな顔をした。
「運転? 目的地を設定すれば、車が勝手に走ってくれるだろう」
父が車内の画面に自宅の住所を入力する。
次の瞬間、車は音もなく動き始めた。
ハンドルがひとりでに回り、車は滑らかに駐車場を出ていく。
「自動運転!?」
思わず大声を上げると、家族全員がこちらを見た。
「どうしたの?」
母が心配そうに聞いてくる。
「い、いや……車って、こんなに進化してるんだなって……」
主人公は窓の外を眺めながら、冷や汗を流した。
どうやら主人公は、ただ別人の身体で目覚めただけではないらしい。
ここは、主人公が生きていた世界よりも、ずっと未来の世界なのかもしれなかった。




