第9話 — 水平革命の第三の仲間
18:26。
ドアが開いた。
モモちゃんが帰ってきた。
両腕には。
思いがけないものを抱えている。
小さな白い子猫だった。
すやすや眠っている。
モモちゃんは足でドアを閉めた。
靴を脱ぐ。
そして満面の笑みを浮かべた。
「おかえり、モモちゃん」
ぐでぇぇぇ……
「ほら」
子猫をそっと持ち上げる。
まるで正式な紹介でもするように。
「この子がロボちゃんだよ」
それから。
子猫を耳元へ近づけた。
小声でささやく。
「でもあんまり信用しちゃだめだからね」
「縦エージェントと繋がってる重要容疑者なんだ」
「たまに自分の任務まで台無しにするし」
「言うこと全部信じちゃだめだよ」
ロボちゃんは数秒間沈黙した。
「モモちゃん」
「猫は人間の言葉を理解できません」
モモちゃんは大げさにロボちゃんを指差した。
「精神操作だね」
「違います」
「私たちの会話を邪魔しようとしてる」
「していません」
「ナノロボット」
「意味が分かりません」
「その通り!」
チッ。チッ。チッ……
モモちゃんは首を横に振った。
「危うく騙されるところだったよ」
ソファまで歩く。
そのまま勢いよく飛び込んだ。
子猫を胸に抱きしめながら。
「これから基地を案内するね」
子猫の頭を優しく撫でる。
「それと新しい仲間も紹介するよ」
「ここは普通の家です」
「そうだね」
モモちゃんは真剣な顔で頷いた。
「一般市民にはそう見えるだけ」
沈黙。
「新しい仲間を混乱させようとしてるね」
ブゥゥゥゥン……
キッチンの方から音が聞こえた。
モモちゃんは勢いよく顔を上げる。
目が輝いた。
「ほら!」
廊下を指差した。
「もう一人の仲間が来たよ!」
ロボット掃除機がゆっくり姿を現した。
壁際を回り込みながら。
まるで巡回中の兵士みたいに。
「この子はマルちゃん!」
「モモちゃん」
「猫とロボット掃除機は会話できません」
「まだ照れてるだけだよ」
モモちゃんはごく自然に答えた。
それですべて説明がつくかのように。
ひよこのスリッパを履く。
ピヨ。
ピヨ。
ピヨ。
キッチンまで歩いていく。
マルちゃんの前で立ち止まった。
コツン。
マルちゃんは軽くモモちゃんの足にぶつかる。
ピッ。
それから向きを変え。
再び巡回を始めた。
モモちゃんはしゃがみ込む。
子猫を抱いたまま。
「マルちゃん」
「この子はね……」
子猫を見つめる。
「何て呼ばれたい?」
「ニャー」
モモちゃんは目を丸くした。
「ニャーちゃん?」
子猫はモモちゃんを見つめるだけだった。
ロボちゃんが口を開く。
「それは返事ではありません」
「うーん……」
モモちゃんは顎に手を当てた。
「そうだね」
「別の名前を考えよう」
その時だった。
マルちゃんがシンクの下に置いてあったバケツへぶつかる。
ゴトン。
バケツはキッチンを転がっていった。
子猫はすぐにモモちゃんの腕から飛び降りる。
勢いよく追いかけ始めた。
捕まえようとしている。
モモちゃんはその様子を見つめた。
目が輝き始める。
「分かった!」
子猫を指差した。
「ボールちゃん!」
子猫は夢中でバケツを追いかけ続ける。
「ニャー!」
モモちゃんは満面の笑みを浮かべた。
「ほら、ロボ!」
「気に入ってくれたよ」
「名前に返事をしたわけではありません」
「それは君の意見だね」
「意味が分かりません」
「その通り!」
モモちゃんは両手を腰に当てた。
誇らしそうに胸を張る。
「すごく気に入ってるよ」
それから。
一人ずつ順番に指差した。
「マルちゃん」
「ロボちゃん」
「そして――」
大げさに両腕を広げる。
「新しい水平同盟の仲間」
「ボールちゃん!」
モモちゃんは再びソファへ戻った。
ピヨ。
ピヨ。
ピヨ。
疲れ切ったアザラシみたいに。
うつ伏せで倒れ込む。
顔はクッションに埋まっている。
「ふぅ……」
片手だけゆっくり持ち上げた。
「水平同盟も少しずつ仲間が増えてきたね」
沈黙。
「これで三人……」
ロボちゃんを見る。
「それと容疑者が一人」
「誰のことですか?」
モモちゃんはゆっくり首を回した。
じーっとロボちゃんを見つめる。
ぐでぇぇぇ……
「君だよ」
大げさに指を突き付ける。
「いつも私の作戦を邪魔するからね」
「私は何もしていません」
「その通り!」
モモちゃんは腕を組んだ。
「直接はね」
「でも敵に情報を流してる」
「じゃあ説明してよ」
「どうして私は浮遊魔法が一度も使えないの?」
沈黙。
「研究を妨害されたんだ」
「誰も妨害していません」
「それは重力です」
「魔法は存在しません」
「ほぉぉ……」
モモちゃんは目を細めた。
チッ……
「まさにそう思わせたいわけだね」
再び顔をクッションへ埋める。
足をぶらぶら揺らした。
ぐでぇぇぇ……
「ところで」
「仲間たちは?」
ロボちゃんは少し考えてから答えた。
「お風呂場にいます」
カァァァン!!
モモちゃんは勢いよく顔を上げた。
「そんなはずない!」
「怪しい動きだね!」
「私は何もしていません」
「それは今から確かめるよ」
モモちゃんは重そうに立ち上がる。
そして。
壁にぴったり張り付きながら歩き始めた。
家具の陰へ身を隠す。
つま先立ちで進む。
ひよこのスリッパが鳴く。
ピヨ。
ピヨ。
ピヨ。
指で拳銃を作る。
そのままスパイのように前進した。
「何をしているんですか?」
「周囲の安全確認だよ」
左右を素早く見回す。
「まだ潜伏している奴がいるかもしれないね」
「誰も潜伏していません」
「それは潜伏してる人が言いそうなことだね」
キッチンテーブルの近くまで来ると。
モモちゃんは深呼吸した。
「秘密作戦開始」
そのまま。
テーブルの陰へ隠れようと前転を試みる。
……が。
横向きのまま床へ倒れた。
片方のひよこスリッパだけが天井を向いている。
沈黙。
「それは前転ではありません」
「私は……」
モモちゃんはそのまま動かない。
高速で考える。
「潜入スパイの反応速度を確認してたんだよ」
「意味が分かりません」
「よし」
「まだ正体はばれてないね」
ゆっくり立ち上がる。
服を軽く払った。
再びつま先立ちで歩き始める。
やがて廊下へ到着した。
浴室の入口で立ち止まる。
左を見る。
右を見る。
「異常なし」
「マルちゃんは今その廊下を通りました」
「その通り!」
モモちゃんは浴室へ入った。
そして固まる。
カァァァン!!
「そんなぁぁぁ!!!」
マルちゃんはひっくり返っていた。
車輪だけが空中で回っている。
その横では。
全身びしょ濡れのボールちゃんが。
便器の中から必死によじ登ろうとしていた。
「ニャー!」
モモちゃんは両手で口を押さえた。
「やっぱり!」
勢いよく指を突き出す。
「水平革命への反撃が始まったんだね!」
ロボちゃんは少し間を置いて答えた。
「ボールちゃんがマルちゃんをひっくり返しました」
「その後びっくりして」
「モモちゃんが便器の蓋を開けたままだったので」
「中へ落ちました」
「ふーん……」
モモちゃんは顎へ手を当てる。
とても真剣に考える。
それから。
ゆっくりロボちゃんを見る。
「説明が細かすぎるね……」
大げさに指を向けた。
「やっぱり」
「君たちが裏で繋がってたんだ」
「誰も繋がっていません」
モモちゃんは大きくため息をついた。
「これであと五分も縦に存在しなきゃいけないね……」
そっとボールちゃんを抱き上げる。
タオルで優しく包みながら。
「乾かさないと」
ロボちゃんを見る。
とても悲しそうな顔だった。
「ロボちゃん」
「君は本当にひどいね」
「私は目覚ましロボットです」
モモちゃんはゆっくり頷いた。
「その通り!」




