第6話 — 郵便陰謀
18:17。
「おかえり、モモちゃん」
モモちゃんはソファへ飛び込んだ。
うつ伏せのまま。
足をばたつかせながら靴を脱ぐ。
空中を蹴る。
「今日は意思に反して存在させられたよ」
ロボちゃんは即座に答えた。
「それは仕事です」
「その通り!」
モモちゃんは大げさに指を突き上げた。
ソファに倒れたまま。
「強制的な縦労働だね」
「生きるためにはお金が必要です」
「経済」
「存在を強制するために縦社会が作り出した仕組みだよ」
「意味が分かりません」
「ほらね」
「やっと私の言いたいことが分かった」
「いいえ」
「分かりません」
ぐでぇぇぇぇ……
沈黙。
「君は水平革命側だと思っていたのに」
「だんだん忠誠心が怪しくなってきたよ」
「私は革命には参加していません」
チッチッチッ……
「やっぱりね……」
「君は本当にあちら側だったんだ」
「この偽者」
「裏切り者」
「私は偽者ではありません」
ぐでぇぇぇぇ……
モモちゃんは目を細めた。
「まさに縦エージェントが言いそうなことだね」
ピンポーン。
チャイムが鳴った。
沈黙。
モモちゃんはゆっくりと転がった。
仰向けになる。
そして首を伸ばした。
ソファから動かずに玄関を覗こうとする。
「出ないのですか?」
「私を操ろうとしているんだね、この偽者」
「そんな安っぽい手には乗らないよ」
「それも意味が分かりません」
「その通り!」
ぐでぇぇぇぇ……
沈黙。
モモちゃんは玄関を見つめ続けた。
考える。
とても考える。
「きっと荷物を持った配達員さんだね」
「モモちゃん、配達員は帰りますよ」
モモちゃんは顎に手を当てた。
考える。
とても考える。
「帰らないよ」
「なぜですか?」
「配達員にはルールがあるんだ」
「帰る前に三回チャイムを鳴らさなければならない」
ロボちゃんは数秒間沈黙した。
「そんなルールは存在しません」
「それは君の意見だね」
チッチッチッ……
モモちゃんは耳の後ろに手を当てた。
待つ。
自信満々に。
沈黙。
とても長い沈黙。
「ほらね?」
「今、二回目の準備をしているところだよ」
「意味が分かりません」
「配達員協会では意味があるんだよ」
「そんな協会も存在しません」
「君は妙に詳しいね」
沈黙。
一分が過ぎた。
二分。
三分。
五分後。
沈黙。
モモちゃんは瞬きをした。
一回。
二回。
「おかしいね……」
「大丈夫かな……」
「誰がですか?」
「配達員さん」
「帰っただけです」
ぐでぇぇぇぇ……
沈黙。
モモちゃんは再び身をかがめた。
ソファから動かないまま。
玄関の下を覗こうとする。
数秒間観察した。
そして目を見開いた。
「影が消えてる」
「はい」
「帰ったからです」
沈黙。
とても長い沈黙。
そしてモモちゃんは大げさに玄関を指差した。
「陰謀だ!」
「縦エージェントたちが私の荷物を妨害したんだね!」
「縦の陰謀など存在しません」
チッ……
「仲間を守るためにそう言っているんだね」
「私に仲間はいません」
「裏切り者」
「私は裏切り者ではありません」
「明日は残業レベルの存在をしなきゃいけなくなったよ」
「郵便局まで荷物を取りに行くために」
「玄関を開ければ済んだ話です」
「違う」
モモちゃんは腕を組んだ。
「彼は三回チャイム規則を破った」
「そんな規則は存在しません」
「存在するよ」
「存在しません」
「じゃあどうして帰ったの?」
「誰も出なかったからです」
沈黙。
「その通り」
「事件は解決したね」
「解決していません」
「解決したよ」
世界のどこか。
極秘地下施設。
とても地下だった。
たぶん地下すぎるくらいに。
緊急会議が開かれていた。
巨大な円卓。
壁一面のモニター。
軍関係者。
スーツ姿の幹部たち。
専門家たち。
そして何を担当しているのか誰にも分からない人々。
「長官!」
「何だ?」
「単発チャイム作戦は成功しました!」
「素晴らしい」
男は頷いた。
机の上で指を組む。
「国内外の規約はいくつ破った?」
「国内規約十二件」
「国際規約五件です、長官!」
沈黙。
「ちっ……」
「新記録か?」
「はい、長官」
「よくやった」
「ありがとうございます、長官!」
「それで標的の状況は?」
オペレーターは唾を飲み込んだ。
「問題が発生しました」
沈黙。
とても長い沈黙。
「どんな問題だ?」
「彼女が三回チャイム規則の存在を把握しました」
沈黙。
男は固まった。
「……何だと?」
「三回チャイム規則です、長官」
「あり得ない!!!」
男は机を叩いた。
両手で。
「そのプロトコルは何十年も前に記録から抹消されたはずだ!」
「どうやって知った!?」
「不明です、長官!」
「そんなことはあり得ない!」
「我々もそう考えています、長官!」
別のオペレーターが手を挙げた。
明らかに緊張している。
「まだあります」
「何だ?」
「規則違反を縦エージェントの仕業だと判断しました」
沈黙。
とても長い沈黙。
男はゆっくりと椅子にもたれかかった。
「いや……」
「いや……」
「いや……」
「それはまずいのか?」
「最悪だ!」
「なぜ我々の存在を知っている?」
「まだ分かりません、長官!」
「引き続き監視を続行します!」
沈黙。
男はモニターの横に貼られた写真を見つめた。
ソファで眠る少女の写真だった。
「分かった……」
「新しい対策が必要だな」
「長官?」
「何だ?」
「彼女は今も玄関に出ません」
沈黙。
男はゆっくりと頷いた。
「素晴らしい」
「少なくとも計画の一部は今も機能している」




