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そうして落ち込む高瀬を、螺旋が気遣うはずなど無論あるわけがなく、二人は警察庁の二・五階、魔捜部屋へと戻ってきた。
すぐに螺旋は黒峰に何かを命じ、彼は軽やかな動きでデスクトップ端末を操作して、ある画面を表示させる。
「あ、これは……」
画面に見入る螺旋と黒峰の後ろから覗き込むと、ところどころ見覚えのある図面が表示されていた。
「うん、第二小学校の校舎平面図と、立体構造図だよ」
黒峰がキーボードを叩きながら応える。
「悪魔の逮捕は、彼らの動きが活発になる夜に行います。それまでに、建物の構造を知り尽くしておく必要がありますから」
視線をモニターに向けたまま、螺旋。眼鏡のレンズに、図面が反射している。
「はあ……知り尽くす……」
この人の記憶力や空間認識能力は、どれだけ高いんだ。内心舌を巻く高瀬であった。
「――やはりこの位置でこの構造ならば、そして目撃証言を考えると、屋上に追い込むのが一番でしょうね。となると……」
螺旋が静かな声でシミュレーションをするのが聞こえてきたが、高瀬にはさっぱり理解できなかった。
昨日はきっかり定時に仕事を終えたが、今日はそういうわけにはいかなかった。
もっとも、捜査一課にいた頃はそれが当然だった高瀬にとっては、昨日の方がイレギュラーだ。だから終業時間については気にならない。
問題は、逮捕する相手が悪魔というモノである、ということだった。
捜査一課では、緊急逮捕でない限り逮捕状の請求などに追われていたものだが、この特殊捜査部魔力捜査室では、高瀬はただ静かに夜を待つだけだった。やはりこれは、窓際部署への左遷と受け取るべきなのかもしれない、と思ってしまう。ひがんでいるだけだろうか。
「逮捕するのは悪魔ですよ。逮捕状など必要ありません。そもそも『逮捕』というのも、便宜上使っているだけの言葉ですから」
螺旋はそう言うが、手持ち無沙汰に悶々としながら待つ夜までの時間は、永遠のように感じられた。やはり、身体を動かす方が性に合っているのだな、と高瀬は自分の性質について再認識する。
ただ、この特殊捜査部にも独自のルールがあるらしく、螺旋や黒峰は忙しそうに端末や内線を操っていたし、つづりも書類をテレポートさせたり、自分がテレポートして行き来したりと慌ただしくしていた。自分だけ何もできないのが、高瀬にはひどく苦痛で、もどかしかった。こんなことなら、何か超能力が欲しい、とすら思ったほどだ。
やっと声がかかったのは、夜九時前のことだった。
「準備が整いました。行きますよ、高瀬さん」
静かに言って、螺旋が立ち上がった。
「はい!」
高瀬も弾かれたように立ち上がる。
「じゃあ、わたしたちはここで待っています。お気を付けて!」
つづりと黒峰に見送られ、二人は部屋を出、再度、中央区立第二小学校を目指す運びとなった。ただし今回は、記憶操作室や、空間管理室という部署――つづりも本来はこの部署の所属のはずだ――の十数名と共に、数台のワゴン車で向かうらしい。高瀬は螺旋と同じ車両に乗り込む。他の部署の人間と思われる数名も乗り込んだ。
ワゴン車は静かに走行し、目的地に着くまで、螺旋と記操の人間が小声で何かをやり取りしているのが、微かに聞こえるだけだった。
「着きました」
運転手の声と共に、ワゴン車が止まる。
「守衛などに対する人払いはしてありますね」
質問というよりは確認といったニュアンスで、螺旋。
「はい、徹底してあります。周囲に結界を張るのも、たった今完了したと、空管の担当者から連絡が入りました」
男性の声が応じた。
「では、皆さんはこちらで待機をお願いします。高瀬さん、行きますよ」
「は、はい。ですが自分は、何も……その、能力は持っていませんが……」
人払いやら結界やらという言葉を聞いて、高瀬の不安は募っていた。
残念なことに、と言うべきなのか、彼に超能力は備わっていない。
「――魔捜の仕事もしてみたい、そう仰っていましたね。その言葉に偽りがないのでしたら、それだけで結構です。どうされますか」
「それでしたら、お供します」
自分にできることはよく判らない。ただ、それなら自分にできることをするまでだ。螺旋に背中を押された気分だった。
「それでは、お願いします……危険を伴います、決して気を抜かないようにして下さい」
「はい」
高瀬の返事を聞くと、螺旋はインカムを装着した。そして、車を降りて歩き出す。彼もそれに続いた。
施錠されているはずの校舎の玄関扉は、どういうわけか難なく開き、二人は校舎内に足を踏み入れる。昼間の喧騒はそこにはなく、しん、と静まり返ったがらんどうの建物は、不気味、という以外に言葉が見つからない。
「…………」
「大丈夫ですか」
闇に包まれた時間の、その学校の雰囲気に気圧され、無意識に足を止めた高瀬を、先を歩く螺旋が気遣って振り返った。窓から差し込む微かな月明りに照らされた顔には、しかし何の感情も浮かんでいない。精巧な人形のようだった。
「すみません、大丈夫です」
気を取り直し、高瀬は螺旋に追いついた。そのとき、
「!」
彼の耳に、ピアノの音が流れ込んできた。
「あの、は、羽佐間さん……ピアノが……」
「高瀬さんにも聞こえるようですね」
螺旋の声は、相変わらず無感動だ。
「ええと、誰かが校舎内にいて、それで弾いて……」
論理的に考えて理性を保とうとするが、先ほど螺旋たちが口にしていた、人払い、結界、という言葉を思い出した。今や守衛すら、この校舎には近づけないことになっているはずだ。
「悪魔の仕業です。子供たちが聞いたのも、こういう状況だったのでしょう。音楽室はこの北校舎の三階、西側の端です。行きますよ!」
早速、昼間に叩き込んだ情報が引き出されたらしい。
「はい!」
高瀬も、走り出した螺旋を追いかけた。
階段を上がっていると、それまで聞こえていたピアノの旋律がぴたりと止んだ。
「……気付かれましたか」
「え? ですがまだ距離が……」
「悪魔も必死ですからね。魔術師、つまり自分たちを統べる能力者の気配には敏感なのです。封じられることが解っているのでしょう。スピードを上げますよ、高瀬さん……やはりこの魔眼は、眼鏡のレンズ程度では隠し切れませんか……」
「は? って、うわっ」
階段を更に加速して駆け上がりながら交わしていた会話が、踊り場に着いた高瀬のそんな声で一旦途切れた。階段の上から、光る物がかなりのスピードを出して飛んできたのを避けたのだ。
「攻撃までしてくるとは、良い度胸ですね」
「は、は、羽佐間さん、い、今のは一体……」
「やはりレラージュの配下、競技を好む、というわけですか」
「話が見えません、羽佐間さん!」
腰が抜けそうになりながら、高瀬は必死の抗議をした。怪奇現象のウワサは数あれど、実際にこんなモノを目にするのは初めてだった。そういうウワサはウワサであって、それは実在するモノではない、と高をくくっていた高瀬にとって、これまでの彼の全てを否定されたかのような衝撃だった。
「今の光は、矢ですよ、高瀬さん。レラージュというのは、弓矢で武装した、侯爵のヒエラルキーに位置する悪魔です。その配下の者が、今回の犯人でしょう。直接、物理的に人体に危害を加えることはできないはずですが、気を付け――危ない!」
「えっ――」
「っ!」




