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永久螺旋 ―Unlimited Spiralー  作者: 天澤榧乃
第一章 晩秋
9/24

9

 そうして落ち込む高瀬を、螺旋が気遣うはずなど無論あるわけがなく、二人は警察庁の二・五階、魔捜部屋へと戻ってきた。

 すぐに螺旋は黒峰に何かを命じ、彼は軽やかな動きでデスクトップ端末を操作して、ある画面を表示させる。

「あ、これは……」

 画面に見入る螺旋と黒峰の後ろから覗き込むと、ところどころ見覚えのある図面が表示されていた。

「うん、第二小学校の校舎平面図と、立体構造図だよ」

 黒峰がキーボードを叩きながら応える。


「悪魔の逮捕は、彼らの動きが活発になる夜に行います。それまでに、建物の構造を知り尽くしておく必要がありますから」

 視線をモニターに向けたまま、螺旋。眼鏡のレンズに、図面が反射している。

「はあ……知り尽くす……」

 この人の記憶力や空間認識能力は、どれだけ高いんだ。内心舌を巻く高瀬であった。

「――やはりこの位置でこの構造ならば、そして目撃証言を考えると、屋上に追い込むのが一番でしょうね。となると……」

 螺旋が静かな声でシミュレーションをするのが聞こえてきたが、高瀬にはさっぱり理解できなかった。



 昨日はきっかり定時に仕事を終えたが、今日はそういうわけにはいかなかった。

 もっとも、捜査一課にいた頃はそれが当然だった高瀬にとっては、昨日の方がイレギュラーだ。だから終業時間については気にならない。


 問題は、逮捕する相手が悪魔というモノである、ということだった。


 捜査一課では、緊急逮捕でない限り逮捕状の請求などに追われていたものだが、この特殊捜査部魔力捜査室では、高瀬はただ静かに夜を待つだけだった。やはりこれは、窓際部署への左遷と受け取るべきなのかもしれない、と思ってしまう。ひがんでいるだけだろうか。

「逮捕するのは悪魔ですよ。逮捕状など必要ありません。そもそも『逮捕』というのも、便宜上使っているだけの言葉ですから」

 螺旋はそう言うが、手持ち無沙汰に悶々としながら待つ夜までの時間は、永遠のように感じられた。やはり、身体を動かす方が性に合っているのだな、と高瀬は自分の性質について再認識する。


 ただ、この特殊捜査部にも独自のルールがあるらしく、螺旋や黒峰は忙しそうに端末や内線を操っていたし、つづりも書類をテレポートさせたり、自分がテレポートして行き来したりと慌ただしくしていた。自分だけ何もできないのが、高瀬にはひどく苦痛で、もどかしかった。こんなことなら、何か超能力が欲しい、とすら思ったほどだ。



 やっと声がかかったのは、夜九時前のことだった。

「準備が整いました。行きますよ、高瀬さん」

 静かに言って、螺旋が立ち上がった。

「はい!」

 高瀬も弾かれたように立ち上がる。

「じゃあ、わたしたちはここで待っています。お気を付けて!」


 つづりと黒峰に見送られ、二人は部屋を出、再度、中央区立第二小学校を目指す運びとなった。ただし今回は、記憶操作室や、空間管理室という部署――つづりも本来はこの部署の所属のはずだ――の十数名と共に、数台のワゴン車で向かうらしい。高瀬は螺旋と同じ車両に乗り込む。他の部署の人間と思われる数名も乗り込んだ。


 ワゴン車は静かに走行し、目的地に着くまで、螺旋と記操の人間が小声で何かをやり取りしているのが、微かに聞こえるだけだった。

「着きました」

 運転手の声と共に、ワゴン車が止まる。

「守衛などに対する人払いはしてありますね」

 質問というよりは確認といったニュアンスで、螺旋。

「はい、徹底してあります。周囲に結界を張るのも、たった今完了したと、空管の担当者から連絡が入りました」

 男性の声が応じた。

「では、皆さんはこちらで待機をお願いします。高瀬さん、行きますよ」

「は、はい。ですが自分は、何も……その、能力は持っていませんが……」


 人払いやら結界やらという言葉を聞いて、高瀬の不安は募っていた。

 残念なことに、と言うべきなのか、彼に超能力は備わっていない。


「――魔捜の仕事もしてみたい、そう仰っていましたね。その言葉に偽りがないのでしたら、それだけで結構です。どうされますか」

「それでしたら、お供します」

 自分にできることはよく判らない。ただ、それなら自分にできることをするまでだ。螺旋に背中を押された気分だった。

「それでは、お願いします……危険を伴います、決して気を抜かないようにして下さい」

「はい」


 高瀬の返事を聞くと、螺旋はインカムを装着した。そして、車を降りて歩き出す。彼もそれに続いた。

 施錠されているはずの校舎の玄関扉は、どういうわけか難なく開き、二人は校舎内に足を踏み入れる。昼間の喧騒はそこにはなく、しん、と静まり返ったがらんどうの建物は、不気味、という以外に言葉が見つからない。


「…………」

「大丈夫ですか」

 闇に包まれた時間の、その学校の雰囲気に気圧され、無意識に足を止めた高瀬を、先を歩く螺旋が気遣って振り返った。窓から差し込む微かな月明りに照らされた顔には、しかし何の感情も浮かんでいない。精巧な人形のようだった。

「すみません、大丈夫です」

 気を取り直し、高瀬は螺旋に追いついた。そのとき、


「!」

 彼の耳に、ピアノの音が流れ込んできた。


「あの、は、羽佐間さん……ピアノが……」

「高瀬さんにも聞こえるようですね」

 螺旋の声は、相変わらず無感動だ。

「ええと、誰かが校舎内にいて、それで弾いて……」

 論理的に考えて理性を保とうとするが、先ほど螺旋たちが口にしていた、人払い、結界、という言葉を思い出した。今や守衛すら、この校舎には近づけないことになっているはずだ。


「悪魔の仕業です。子供たちが聞いたのも、こういう状況だったのでしょう。音楽室はこの北校舎の三階、西側の端です。行きますよ!」

 早速、昼間に叩き込んだ情報が引き出されたらしい。

「はい!」

 高瀬も、走り出した螺旋を追いかけた。

 階段を上がっていると、それまで聞こえていたピアノの旋律がぴたりと止んだ。

「……気付かれましたか」

「え? ですがまだ距離が……」

「悪魔も必死ですからね。魔術師、つまり自分たちを統べる能力者の気配には敏感なのです。封じられることが解っているのでしょう。スピードを上げますよ、高瀬さん……やはりこの魔眼は、眼鏡のレンズ程度では隠し切れませんか……」

「は? って、うわっ」


 階段を更に加速して駆け上がりながら交わしていた会話が、踊り場に着いた高瀬のそんな声で一旦途切れた。階段の上から、光る物がかなりのスピードを出して飛んできたのを避けたのだ。

「攻撃までしてくるとは、良い度胸ですね」

「は、は、羽佐間さん、い、今のは一体……」

「やはりレラージュの配下、競技を好む、というわけですか」

「話が見えません、羽佐間さん!」

 腰が抜けそうになりながら、高瀬は必死の抗議をした。怪奇現象のウワサは数あれど、実際にこんなモノを目にするのは初めてだった。そういうウワサはウワサであって、それは実在するモノではない、と高をくくっていた高瀬にとって、これまでの彼の全てを否定されたかのような衝撃だった。

「今の光は、矢ですよ、高瀬さん。レラージュというのは、弓矢で武装した、侯爵のヒエラルキーに位置する悪魔です。その配下の者が、今回の犯人でしょう。直接、物理的に人体に危害を加えることはできないはずですが、気を付け――危ない!」

「えっ――」

「っ!」

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