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その翌日、魔力捜査室室長代行として春日井伽羅が臨時で着任した。
「お久しぶりです、皆さん。羽佐間さんのようにはとてもじゃないけど無理なんですが、精一杯頑張ります」
春日井は僅かに緊張をにじませながら言って、
「いや、どうして僕なのか理解できないんですけど」
頭を掻いた。
「元気そうで何よりだよ、春日井くん……いや、春日井室長代行。まあ、魔捜の実態を把握してる魔術師となると、咲坂先生こと深森さんか、春日井くんくらいだしねぇ。深森さんは今、螺旋さんの看病で手一杯のはずだし」
「室長代行なんて呼ぶの止して下さいよ、黒峰さん」
春日井は困ったように笑う。
「螺旋さんも、室長って呼ばれるの嫌ですし……似てますねっ」
つづりが茶々を入れた。
「まったく皆さんは……その羽佐間さんは、目を覚ましましたか、高瀬さん」
春日井の視線を受けて高瀬は、
「一度意識を取り戻してから眠って……それからはまだ眠っている、と、咲坂さんから連絡を受けています」
先ほど伶那から受けた連絡をそのまま伝える。
「……概ねの事情は伺ってます。まあ、意識の海の蔦が焼き払われて、循環も戻っているのなら――心配ないですね」
春日井は何度か頷きながら言った。実のところまだ不安だった高瀬は、その様子を見ていくらか心が軽くなるのを感じた。
「……にしても、こっちまでのフライトがこんなに長く感じたことはなかったです。結崎さんにテレポートで連れて来てもらえたら楽だったんですけど」
「理論上は可能なんですけど……法的に色々と面倒になるんですよね、それ、後々。それにテオドールとかいう悪神の世界から螺旋さんたちを救出するのと、その後でビルの下に運ぶのとで力使いすぎましたし」
「いや結崎さん、散々魔力だの超能力だの悪魔だの悪神だのやってきて、いきなりそこは現実的なんすね!?」
高瀬の至極もっともな突っ込みは、にっこりと笑顔でスルーされた。
「まあ向こうからテレポートは冗談として……その悪神が本当に消滅したかどうか、とか、ある程度裏取りが必要でしてね、それを魔術師として仕切るために、何故か僕が呼ばれたらしいんですけど」
春日井が笑顔で話を本筋に戻す。
「じゃあ僕は、こっちで拾える限りの情報をかき集めます。例の件当夜のデータがある程度集積されたので、その空間へのアクセスも可能なはずなので」
「いや可能なんすか!」
「ふふっ」
黒峰は爽やかな笑みを浮かべてから、端末に全力で集中を注ぎ始めた。
それから高瀬は、いちいち全力での突っ込みを余儀なくされながら春日井の指示に従い、つづりとともに裏取りを進めた。
二階堂や智歩、漆もたまに顔を出し、それぞれの情報を交換しながら気付けばその日が終わろうとしていた。
螺旋が目を覚ましていない、という短い連絡が伶那からもたらされ、時間を迎えて退庁した高瀬はその足で伶那のクリニックに向かった。
「あ、いや、別に来なくてよかったのよ、ただの現状報告だから」
高瀬の姿を認めた伶那は、意外そうな表情を浮かべて言う。
「ただの、って……いや、だっておかしいでしょう、羽佐間さんがそんなに寝続けてるなんて」
「心配性ねぇ高瀬くん。考えてもみなさいよ、普段から生活すら魔力で回すような人間が、あれだけの消耗戦をしたのよ。そんなほいほい回復してみなさいよ、それこそ人間じゃなくなるわ」
「……まあ、そう言われれば……」
高瀬は一度納得しかけるが、
「いや、でもあれから一度も目を覚ましてないわけですよね?」
伶那相手に食い下がる。伶那は軽く嘆息し、
「まあずっと張り付いてたわけじゃないから、何度か目を開けるくらいはしたかもよ。大丈夫だから帰んなさい」
しっしっと追い払うような動作をする。高瀬は妙な胸騒ぎを覚えながらも、確かに伶那が一日中螺旋を見ていたわけではないだろう、という点は納得する。
「……そう、ですよね。では、何かありましたら、連絡お願いします。いつでも大丈夫なんで」
「はいはい」
「あ、目を覚まされたら、室長代行で春日井さんがいらしている、とお伝え下さい」
「ん? それ……探索魔術専門の春日井伽羅?」
「? はい。ご存知で?」
「まあね。なるほど、じゃあそっちの業務は春日井くんが回せるわね。了解」
「?」
伶那はそれ以上説明せず、高瀬は疑問符を浮かべたまま帰路に就いた。
羽佐間螺旋はそれから十日間、一度も目を覚まさなかった。
「いやそれ、昏睡状態ですよね?」
警察庁からの帰りに伶那のクリニックに寄るようになった高瀬は、五日目についに伶那にそう詰め寄った。
「……そういうんじゃないわよ」
「じゃあ何なんですか、さすがにおかしくないすか?」
「……魔力の回路にも供給源にも、問題は起きてないわよ、何も」
「それじゃあ、どうして――」
「判んない。けど、危険な状態ってわけじゃないわ」
伶那の両目にも、微かに疲労がにじんでいる。
「…………」
その疲労の色を察知して、高瀬も黙った。
「……すみません」
「別にいいわ……目を覚まさない理由は――正直特定できないのは事実」
「…………」
「……けど」
伶那は静かに高瀬の目を見る。
「あの胡散臭い室長さんも、城戸くんも、それにそうね、プレコグの真山ちゃんなんかも――何も言ってないでしょ?」
「……それは、はい」
「なら、問題ないはずよ。そう、真山ちゃんがそういう未来を視てない限り、螺旋は目を覚ます。少し時間はかかるかもしれない」
そういう未来――最悪の想定、か。高瀬は黙った。
「ま、神降ろしなんて禁術中の禁術なんだから――その反動でちょっとやそっと目を覚まさないからって慌てなくていいわ。一度意識を回復している、その事実がある以上、心配しなくていい」
「……ですけど咲坂さん――」
「何か良くないことが起きるなら、真山ちゃんが察知する。あの子はそういう子でしょ」
「――そう、ですよね」
「はい、じゃあ今日はここまで。あたしはまた螺旋の様子見に行くから、帰んなさい」
「……はい。お邪魔しました」
高瀬は完全には納得しないまま、クリニックを後にする。
五日前に病室を辞して以降、彼は螺旋の姿をその目では確認していなかった。それは特捜関係者全員にも言えることであり、つづりも黒峰も春日井ももちろんのこと、あの二階堂でさえ螺旋の病室には通されていないらしい。
螺旋が不在の魔捜部屋は、春日井がどうにかうまく回していた。先日伶那が言っていた通りだ。
本来の主であるはずの螺旋の容態を気にする声は幾度となく上がったが、それでも回すべき業務は山ほどあった。
「…………」
高瀬は足を止め、もう一度、かなり遠ざかったクリニックを振り返る。
「本当に大丈夫なのか?」
呟くと同時に、得体の知れない不安が押し寄せた。
「…………」
どうにかその不安を制御すると、高瀬はそのまま帰路に就いた。
翌日も、その翌日も、螺旋が目を覚ましたという報せはなく、そして、真山華火も不吉な予知を伝えには来なかった。
「――よし」
そのまた翌日の午後、魔捜部屋で端末に集中していた黒峰が顔を上げた。
「どの空間軸にも乱れはないみたいだよ。悪神はもう、目覚めることもないはず。完全に――消滅したみたいだね」
「良かった……」
高瀬も大きく息を吐いた。
「こっちの書類とかもそろそろ片付きますし、そうしたら――魔捜の業務はどんな感じになるんですか?」
つづりが室長代行の春日井を見遣る。
「そうですねえ、悪神も片付けたわけなので、次のステップに進む感じですね。当面は、イリーガルな魔力の流れがないか監視することになりますかね」
「僕の視える範囲では、しばらく何も起こらないみたいだけどね」
華火が魔捜部屋に入ってきた。
高瀬は思わず、表情を引き締める。
「とりあえず――〈夜明けの魔術師〉があの空間ごと消滅して――悪神も完全に消え去った。それからは歪みなんかも消えたし、今僕が視える範囲で何も問題は起きてない」
「…………」
夜明けの魔術師が消滅した、という部分に反応したらしく、つづりが静かに息を呑んだことに、高瀬は気付いた。
「……結崎さん?」
「……あ、何でもないです。華火ちゃん、螺旋さんは大丈夫だよね?」
黒峰と春日井も、華火に注目する。
「うん。三日後の午後――螺旋さんは目を覚ますよ」
「!」
「二階堂さんとかにも伝えといて」
「判った、ありがとう華火ちゃん!」
黒峰が軽やかに端末を操作する。そこでのいくつかのやり取りの結果、当日は高瀬と二階堂が伶那のクリニックに向かうことになった。高瀬は魔捜代表、何より相棒として、城戸は記操代表として、例の意識の海とやらも含めて彼女の様子を確認するための人選だった。二階堂は室長としてまだ後処理に追われているらしく、向かえそうにないとのことだった。




