12 出現
「ふぅん」
漆がそんな夕鷹を一瞥してから、
「ふふ、よろしく」
意味深な笑みを浮かべる。
「お話は伺ってます、識見の魔術師ですね。私は時空探索者の柊智歩です」
智歩は姿勢を正して名乗り返した。
「……あなたが……」
華火ははっとしたように言い、続けて名乗った。
「……というわけでよろしく」
夕鷹がそう述べたところで、二階堂も現れる。
「やあやあ、皆さんお揃いだね……センセも」
「……どうも」
「……夕鷹さん、二階堂さんをご存知でしたか?」
螺旋がやや訝しげに問うと夕鷹は腕を組み、
「そりゃ、うちのクリニックは特捜御用達だもの。何度か会ってるわよ、この胡散臭い室長さん」
「ははっ、センセは相変わらずだねぇ、本人目の前にして酷くない?」
二階堂はへらりと応える。
「そういうところよ!」
とにもかくにも二階堂は記憶操作室の室長である。魔捜の案件はもちろんのこと、他の部署が扱う案件の事後処理も引き受けている部署だ。夕鷹のクリニックが外部機関的な位置づけであるのなら、面識があってもおかしくないか、と高瀬は思った。確か螺旋の話によれば、夕鷹は魔術を伴った医療処置も行っていたはずだ。ならば記操と関係がある可能性も――充分に考えられる。螺旋がそれに思い至らないはずはないが、今のやや不自然な間は何だ? 高瀬は首を傾げたが、
「――さて、と。時間が来るね」
高瀬が口を開く前に、二階堂がそう言った。空気がぴしりと音を立てたようだった。
「そろそろ屋上に上がってもいい頃じゃないかな」
「――そうですね」
螺旋があとを引き取り、装着したインカムに向け、
「各自、準備は整っていますか」
静かに確認した。はい、と返ってきたのを受け、
「どこにも不備はありませんね」
更に確認を重ねる。再びそれぞれがはい、と応じた。
「――では、行きましょう」
さっと吹き抜けた風が、螺旋の黒髪を靡かせ、次いで漆の銀髪も揺らした。
「……はい」
高瀬とつづり、華火が静かに返事をする。二階堂と智歩も頷き、漆は童話の猫のような笑みで応える。
「……螺旋」
夕鷹は目だけを螺旋に向け、
「生きて戻るわよ」
短く言った。
「ええ」
螺旋も短く応じると、両目を閉じ、静かに眼鏡を外した。左目、右目の順に開き、この時点で魔眼を発動させる。その瞳の色は変わったが、いつもなら現れる魔法円や魔方陣のようなものは展開されなかった――使い方を変えたのかもしれない。
「……高瀬さん、預かっておいて頂けますか」
丁寧に眼鏡をたたみ、螺旋はそれを高瀬に手渡す。
「……いや、眼鏡投げない選択もできるんなら、毎回そうして下さいよ……」
決戦に向けて緊張していたはずの高瀬は妙に力が抜けるのを感じながらぼやき、それを受け取る。とりあえずコートのポケットに仕舞っておこうとすると、
「高瀬」
華火が口を開いた。
「はい?」
「それ、僕が預かっとく。いいでしょ、螺旋さん?」
「――ええ」
「ん」
華火が高瀬に向けて手を伸ばしたので、高瀬はその手に眼鏡を預けた。
「高瀬も魔法銃使うんだろ。戦闘中に眼鏡壊れるといけないだろ、ヴェパールは一筋縄ではいかなさそうだし」
「……あ、それはそうですね」
「……では、屋上に上がります」
螺旋のその言葉で、一同は廃ビルの屋上に繋がる唯一の通路――非常階段を昇り始めた。
屋上に近づくに連れて、既に高い空気の密度が益々その段階を上げていく。
「全員一気にテレポーテーションは……さすがにちょっと厳しいので……」
空気を軽くするかのようにつづりが囁くと、
「もし出現先があいつの磁場の真ん中だったら大変でしょ、これでいいんじゃない?」
そう夕鷹が引き取った。
「だねぇ」
先頭を進む二階堂も頷く。屋上へ続く非常階段は――もう残すところ十数段である。
と、
「……あらぁ」
漆が楽しそうにそう漏らした。
「ノイズが賑やかになったわ」
「うわあ」
音叉を携えた智歩が、あからさまに嫌そうな顔をする。
「ヴェパールもういる感じです? 屋上に」
「ふふ、どうかしらぁ。まだ九時には少し早いわ――けれど」
屋上へと、辿り着いた。
「ふふっ、場は完成しているわね」
一同が揃った屋上は――既にヴェパール、もしくは悪神の磁場として形成されているらしかった。嫌な密度の高い空気が充満している。高瀬は思わず、一瞬だけ息を止めた。
「……結崎さん、真山さん、夕鷹さんはこちらに隠れていて下さい」
螺旋が屋上全体から死角となる、給水タンクの裏を指した。最初に高瀬がヴェパールと対峙した際も、春日井伽羅とともに一旦身を潜めた場所である。
「二階堂さんも」
「オッケー」
「夕鷹さん、結界をお願いします。私も張るので――二重にしておけば、さすがに手出しはできないでしょう」
「了解」
夕鷹が応じ、胸の前でパン、と両手を合わせてからそのまま右手を下にねじる。その両手から淡い光が漏れ、小さな文字が光りながら周囲にこぼれ始めた。
「…………」
高瀬は固唾を呑んでその様子を見守る。つづりも華火も同様だった。
光る小さな文字が給水タンクとその先を隔てるように整列したのを見届けてから、螺旋も魔眼の左側を発光させる。見慣れた魔法円や不思議な文字が展開し、夕鷹の結界を補強した。
「では夕鷹さん、二階堂さん、こちら側をお願いします。もし何が起きても、誰も通さないように。結崎さん、何かあれば真山さんとともに即時撤退をお願いします」
「判ったわ」
「うん、こっちは任せて、螺旋ちゃん」
「了解ですっ」
「……うん」
それぞれが了承したのを確認した螺旋は、高瀬や漆、智歩を向く。
「では、我々は――ヴェパールを今度こそ確実に逮捕します。高瀬さん、援護をお願いします。柊さん、黒野さん、後ろを任せます」
「……はい」
「お任せ下さい!」
「ふふっ、これは見物だわぁ」
漆の軽口に軽く嘆息してから、螺旋は静かに言った。
「――行きます」
そして、夕鷹と彼女の結界から高瀬たちが足を踏み出し、屋上の中央へと向かい始めたその時、
――屋上のフェンスの近くに、ヴェパールは音もなく現れた。




