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一時間半ほどして螺旋が緊急室長会議から戻ってきた。
「詳細が詰められました。現場には我々は二日後の夜八時に向かいます。先行して空管や記操の担当者が七時から結界などの準備を進める手筈です。黒野さんや柊さんも、我々と同じ八時に向かう形です」
「華火ちゃんとわたしも、八時に一緒に行けるんですよね」
「はい」
「……よし、頑張ります!」
つづりが気合いを入れるように頷く。
「僕も」
華火も短く、しかし覚悟を込めた声でそう放った。
「……ありがとうございます。まずはヴェパールの逮捕を最優先事項とします。引き続き動向を追いますが、何も得られない可能性が高いです――ただ、二日後の午後九時の出現は、ほぼ確定と見て間違いない、とのことです。あの後、真山さんの他にも、非科捜のプレコグ何名かがその未来を視たそうです」
「…………」
高瀬はごくりと唾を呑んだ。的中率がトップクラスだと言われる華火の他にも、非科捜には十名近くのプレコグ――予知能力者が所属していると以前黒峰から聞いたことがあった。その中の数名が同じ予知をしている。華火の視た未来が、他の能力者によっても裏打ちされている。
――ヴェパールは、現れるのだ。ほぼ確定事項として。
「ヴェパールは我々の能力をコピーする力を与えられている――その前提のもと、常に先手を打つ形で対峙します。こちらの力を複製されれば、状況は悪化します。高瀬さん、援護をお願いします」
「はい」
「……ヴェパールには、私の魔眼――対象を魔法円に縛る術がほぼ効きませんでした。それは悪神の影響が大きいと踏んでいますが……魔眼だけではどうにもならないことは確かです」
「……羽佐間さんの魔眼と、この魔法銃を組み合わせれば勝算はあるんですか?」
高瀬が不安げに問うと、
「可能性は格段に上がると私は考えていますし、室長会議での見解も同様です。高瀬さんの補助能力は物理干渉を可能にするというもので間違いないでしょうし、魔術的な強化を施した銃を使えばその威力は上がるはずです。黒野さんや柊さんの能力も共鳴するはずですし、夕鷹さんもいますから」
螺旋は高瀬に視線を合わせ、静かにそう述べた。
「……はい」
その言葉に、ゆっくりと頷く高瀬。そのとき、
「……ちょっと戻る」
城戸が立ちあがり、短くそう告げた。
「……二階堂さんに呼ばれましたか」
螺旋が城戸に目を移すと、彼は頷いた。そして魔捜部屋を退出する。記操も記操で、細かい準備や伝達を行っているのだろう。
「……結崎さんには空管、情管との調整をお願いします。今回は結崎さんも同行になりますから、改めて甲斐さんからも伝達事項があるはずです、一度空管に戻って指示を仰いだのち、またこちらにお願いします」
「あ、そうですよね。甲斐室長のところに行ってきます! えっと、では、認識!」
つづりははっとしたようにそう応じると、テレポーテーションで姿を消した。
「黒峰さん、相変わらずそちらには何も引っかからないのでしょうね」
確認のようなニュアンスの言葉に、黒峰がはい、と応える。
「悪神の世界への手がかりは入って来ないですね。ヴェパールに関しても……あ」
「はい?」
「螺旋さん、ヴェパールって――やたら長身で、金髪で、整ってる感じでしたよね?」
「そうですね」
「妹もこの世のものとは思えないイケメンだって言ってましたし、実際そんな感じの外見ですよね」
高瀬も口を挟む。そう、妹も――紗雪も過日、それを目撃しているのである。
「……日比谷公園での目撃情報が上がりました、情分本部に寄せられた最新情報です」
「! ちょっと、すぐそこじゃないすか!」
「だね。あ、でも……すぐに姿を消したみたいですね――監視カメラ当たります」
「お願いします」
螺旋の返事を聞くと、黒峰は凄まじい指さばきで端末を操作する。黒縁眼鏡のレンズに様々な映像が反射している。
「……これですね、五分前」
黒峰が、確認していた映像を一時停止し、螺旋と高瀬、華火をデスク周りに呼び寄せる。
高瀬たちが覗き込むと、画面には複数のカメラの映像が分割して表示され、確かにそこには一人の男がズームアップされて写っていた。
「……ヴェパールですね」
螺旋が感情のない声で断言する。高瀬も頷いた。
「ふん。ま、イケメンかそうじゃないかで言うなら、まあまあイケメンか」
華火が皮肉な微笑を浮かべ、毒のある調子でそう評する。審査基準が異様に高かった。相手が悪魔だからなのかもしれないが。
高瀬が初めてその男――悪魔を目撃したのは、例の廃ビルの屋上だった。あの時はニューヨーク市警所属の魔術師、春日井伽羅と一緒で、螺旋はその能力をコピーされて生命の危機に瀕していた。その次には、ヴェパールが作成したとか言う謎の灰色の空間に引きずり込まれた。殴りかかってきたのを制圧したものの――実体はあった――逃げられている――あの時ヴェパールが何を目的にしていたのかは判然としない。そしてその直後、バシンを逮捕――封印する際にも、ヴェパールは姿を現した。普通の拳銃の弾は命中しており、しかし衝撃は与えられたらしいものの、ヒトの姿をとる悪魔は出血しなかった。
物理干渉は高瀬の補助能力とやらで可能になっているらしいが、それにしても、
「……羽佐間さん、ヴェパールの何とか空間に引きずり込まれたとき、あいつ殴りかかってきたんです。それを止めたとき、実体はありました……けど、あの時って羽佐間さんと自分は別行動をしてましたよね? 自分の能力で物理干渉が可能になるのって、羽佐間さんの魔力の磁場内限定じゃなかったでしたっけ?」
解決しそびれている疑問があった。
「……そうですね、前回の件ですね」
螺旋はしばし黙考し、
「……昨年末、私はヴェパールに力を複製されましたが――その残滓が、ヴェパールに留まっていた結果ではないかと思います。悪神が関わっているために起きた事態でしょう」
そう分析した。
「では……バシン逮捕の際にはその力のコピーが発動してなかったのは、その時には残滓も消え去っていた、という解釈で構いませんかね?」
腕を組んで考えながらの高瀬の言葉に、螺旋はそうですね、と頷く。
「……悪神が敢えてそうした可能性もあるよね、螺旋さん」
華火がおもむろに不吉なことを言う。
「……ええ、それも否定はできません」
「くそっ、何でもありだな悪神! 魔女よりもタチが悪い!」
吐き捨てる華火に、高瀬も完全同意である。これでは――先の読みようがない。
「まあ、厄介なことに違いないね。ほら、見て、この映像の直後だけど……」
言いながら黒峰は、画面を操作して全ての映像の一時停止を一斉に解除する。
「――――!!」
一時停止状態から再び動き始めたヴェパールは、数秒後、全ての画面の中からその姿を忽然と消した。
「つづりちゃんのテレポーテーションみたいだよね」
黒峰は敢えて軽い調子で言うが、場には嫌な沈黙が下りた。
「羽佐間さん、そう言えば」
高瀬はヴェパールの紋章が悪神によって回収されたあの場面を思い浮かべた。
「そいつの紋章、空間を裂くみたいに出てきた手に、奪われましたよね」
「はい」
「今の映像のヴェパールも……空間の裂け目に消えた、みたいな感じですかね」
「可能性は高いですね」
ならば、その空間の裂け目の向こうには――
「……なるほど、ヴェパールが消えた先が、悪神が所有する軸の世界、かな」
黒峰の仮説に異を唱えるものはいない。
「ちょっと難しそうですけど、特定できないか探ってみます」
「お願いします」
「了解です」
そして黒峰は再び、端末を華麗に操り始めた。




