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「……判りました、こちらにあります」

「は? え? はい?」

 想定外の答えに高瀬は戸惑う。既に術式とやらが用意されている、ということか?


 そんな高瀬に構うことなく、螺旋は黒いバッグの中から二枚の紙片を取り出した。


「こちらが私の魔力回路に合わせて作成したもので、私の磁場内での物理干渉効果を最大限に引き出すためのものです。そしてこちらが、高瀬さんの能力に最適化し、強化する役割を与えたものです。こちらを朝倉さんにお渡しして組み込んで頂いてください」

「あ、は、はい、ありがとうございます……あの羽佐間さん、あまりにも準備良すぎません?」


 高瀬の疑問はスルーされたが、手間は省けたと言えるのだろう。慎重にその紙片を受け取る。複雑な記号のようなものが書かれていた。


「ええと、じゃあ、戻ったらそのまま総務に寄りますね」

「そうして下さい」

「……じゃ、螺旋。とりあえず、食事はなるべく摂りなさいね。魔力は生活に回さずに――温存しときなさい」

「……はい」


 螺旋は珍しく素直に頷いた。このところ余力はないと言っていたが、普段螺旋は食事や睡眠といった生活をその強大な魔力で補っているらしい。規格外なのである。


「では夕鷹さん、失礼します……高瀬さん」

「はい」

 螺旋が立ち上がり、高瀬もそれに続く。

「じゃあまた、二人とも」


 夕鷹は二人を見送ったあと、その顔に決意を浮かべていた。



 警察庁刑事局特殊捜査部、二・五階のフロアに戻ってきた高瀬は、総務の区画で一旦螺旋と別れ、カウンターの方へと歩を進めた。今日もその近くで、小宮山(こみやま)(ほまれ)が端末に向かっていた。


「小宮山さん」

「あ、高瀬さん。大忙しですね。朝倉さんですかね?」

「はい、よくお判りで」

「ふふ。お待ち下さい、すぐに呼んできます」

 一旦奥へ引っ込み、誉は朝倉を伴って戻ってきた。


「どうも、拳銃ですかね?」

 朝倉は軽やかに問う。

「いえ、今回は……魔法銃をお願いします」

「お、魔法銃ですか。了解です」

「あ、えっとこれが術式らしいんですけど……」

「さすが羽佐間さん、仕事が早いですね。お預かりします」


 高瀬は二枚の紙片を朝倉に手渡した。

「ん、二枚ある? ……なるほど」

 素早く確認した朝倉は頷き、

「これは相当威力の高い魔法銃になりますね」


 にこやかに言って武器庫へと高瀬を促す。


「……にしても高瀬さん、特捜設立以来の大ネタ続きですけど、大丈夫です? 考えてみれば高瀬さんって、うちに来て四か月足らずでしょう?」

「そうですね、そろそろ四か月ですかね。大丈夫かどうかで言うと……大丈夫とは言えないんでしょうけど」

 苦笑交じりで返す高瀬。

「はははっ。総務でも話題に上がったりはしてますよ、魔捜の高瀬さんの適応力の高さ。能力者レベルで高いって」

「……それはどうも」


 曖昧に返している間に、武器庫に辿り着く。

「さて、魔法銃の準備をしますか」


 朝倉は魔法銃が保管されているロッカーを解錠し、以前高瀬に見せたことのあるそれを取り出す。外見は普通の拳銃と変わらない。


 それを庫内にあるテーブルの上にそっと置くと、高瀬が先ほど手渡した二枚の紙片をその隣に置いた。そしてまず一枚目の紙片――螺旋の魔力回路に合わせたとかいう術式である――を手に取り、魔法銃の上にかざす。


「――〈結合〉」

 短くそう唱えると、紙片に書かれていた記号が発光し、その複雑な模様が魔法銃に吸い込まれた。それと同時に紙片が霧消する。螺旋が悪魔を封印するときの紋章の様子に似ていた。

「よし、じゃあ次」


 言って朝倉は、二枚目の紙片を手に取る。高瀬の能力に最適化したもの、だったか。同じように魔法銃にかざし、先刻と同様に唱える。その模様の光も魔法銃に吸い込まれる。


「――〈起動〉」

 朝倉の一言で、魔法銃が一瞬光を放った。

「うわっ?」


 高瀬は思わず声を上げるが、魔法銃が光ったのはほんの一瞬のことだけだったようだ。既に見た目は普通の拳銃に戻っている。


「よし、状態良好。高瀬さん、魔法銃の準備は完了です。あとは普通の拳銃と同じように扱ってもらえたら、それで大丈夫です。弾丸が対象に着弾した際に効力が発動する感じなんで、扱いとしては普通の拳銃と変わらないです。撃つときも、銃とか高瀬さん自身に何か変化が起こるとかないんで」

「な、なるほど、ありがとうございます」

「管理に関しても、これまでの普通の拳銃と同じでOKです。魔法銃とは呼びますけど、まあ見た目もそれですし、効力が出るのは弾丸が命中したときなんで」

「そうなんすね……」


 朝倉に手渡された魔法銃を、高瀬はしげしげと眺める。重みも普通の拳銃と同じである。一通り感触を確かめると、高瀬はそれをホルスターに装着した。


「じゃ、毎度」

「ありがとうございます」

 そして高瀬は武器庫をあとにし、誉にも挨拶してから全面磨り硝子の自動ドアの前に歩いて行く。六桁のパスコードを入力し、音もなく開いたドアの向こうに吸い込まれるように歩を進めた。



 魔捜部屋では、一足先に戻っていた螺旋、そして黒峰とつづり、城戸と華火が待っていた。

「戻りました、魔法銃、受け取ってきました」

「お、魔法銃」

 黒峰が反応する。

「普通の拳銃も、高瀬くんが使ったときってヴェパールに有効だったわけだもんね。魔法銃となると更に威力は増すわけだ」

「……ですかね? 普通の拳銃は、あいつ、衝撃はいくらか受けていたみたいですが血が出たりはなかったんです。魔法銃だとどうなりますかね?」

「ヒトの形をとる悪魔が出血するかどうかは情報不足で何とも言えないけど……魔法銃だから術式組み込んでるよね。なら――普通の拳銃の件も考えて、高瀬くんならかなり有効に使えるはずだよ」


 黒峰の言葉に、そうか、と高瀬は思い至る。銃弾を受けたヴェパールが出血しなかったことに高瀬は驚いたのだが、確かにあれはヒトの形をした悪魔なのだ。悪魔が撃たれたからと言って出血するとは限らない。悪魔は、人間とは異なる存在だ。人間の常識が通用する相手では――ない。


「……良かったな高瀬。疑問は一応解決しただろ」

 にやりと笑みを浮かべて華火が言い放った。

「……真山さん、もしかしてこうなる未来視えてました?」

「ふん、さあな」

「あはは、まあまあ二人とも。高瀬さん、こっちは相変わらずヴェパールや悪神に関する情報に進展はないです。けど、着々と準備は進めてますよ」

 つづりが明るく割り込む。


()()()()()()()()()()()()()()()()……やっぱり悪神は独自の空間に潜んでるっていうことだろうし、ヴェパールもその庇護を受けているからこそ動きが見えづらいんだろうね。まあこれはこれで進展だよ」

 黒峰が引き取ってそう締めたところで、華火がはっと目を見開いた。


「螺旋さん」

 小さく鋭くそう発する。


「はい」

()()()()()()

「――二日後の、何時ですか」

「夜、九時」

「――判りました、ありがとうございます」

「……けど、これまでみたいに状況が加速するかもしれないし、確定とは言えない」


 華火は少し自信を失った調子でそう続けた。


「いえ、お気になさる必要はありません、真山さん。ズレが発生する可能性も含めて、各部署で連携を進めています」

「……ありがとう」

「そのための組織ですよ、真山さん――では黒峰さん、この情報を各部署に回して下さい」

「了解です」

 黒峰が軽やかに端末を操る。城戸も一瞬ふっと目を逸らしていたので、二階堂にテレパシーを送信したのかもしれなかった。

「よし、螺旋さん、完了しましたよ」

 タン、とエンターキーを弾いて、黒峰が顔を上げた。


 その数秒後、螺旋のデスクトップ端末から大きめの通知音が響く。


「……緊急室長会議の開催の旨が早乙女部長から届きました。更に詳細を練ることになりそうですね。では私は行ってきますので、その間こちらを頼みます」

「はい!」

 高瀬たちは魔捜部屋を出て行く螺旋を見送った。


 ――状況は、どんどん動いている。高瀬は静かに深呼吸し、息を整えた。


「……うまくいきますよね」

 つづりが不安げにこぼし、

「……不安要素がないって言ったら嘘だけど――これまでのことを踏まえて、万全の用意は調えてるし――高瀬くんもいるし、咲坂さん――深森さん、かな――もいる。全部署が連携してるしね」

 黒峰がそれを引き取る。ただその表情にはやや緊張がにじんでいた。


「……自分がどこまで役に立てるのかは判らないですけど――やれるだけのことはしますよ」

 高瀬も硬い声ながら、己を鼓舞する意味も込めて呟く。

「…………」

 城戸は黙ってその様子を眺めてから、


「……大丈夫」


 小さくそう言った。その声は不思議と聞き取りやすく、魔捜部屋の空気が少しその緊張を緩める。


「――その未来は僕にはまだ見えない、けど――螺旋さんならきっとなんとかしてくれる。まあ腹は立つけど魔女もいるし、柊さんもいるし――高瀬もいるしな」

 華火の言葉の最後の部分に、高瀬が反応して彼女を見やる――当たりのキツい華火から、そんな言葉が出るとは高瀬には想定外だった。


 その視線に気付いたのか、

「……ふん」

 華火はそっぽを向く。


 その様子をつづりがにんまりした笑顔で、黒峰はにこにこと頷きながら、城戸がほんの僅かにその口元を緩めて眺めていたが、高瀬も華火もそれに気付くことはなかった。それで場の空気がやや緩み、各自は今すべきことに取り掛かる。

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