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「……ではこちらの指示を出します」
各室長たちが魔捜部屋を辞してから一拍おいて、螺旋が静かに口を開いた。
「黒峰さんは、引き続きヴェパールに関する情報を追って下さい。何か動きが拾えれば良いのですが、ただそれは難しいかもしれません。何か掴めるのか、それとも掴めないのか――情報網を張り巡らせて注視をお願いします」
「お任せ下さい!」
「結崎さんは、空管と連携しつつ、黒峰さんのサポートをお願いします。ヴェパールの背後に悪神がいる以上、空管の領域や情分の領域、個々では難しいでしょう。ですが連携すれば精度の向上は期待できます」
「はいっ」
「私はこれから伶那さんと話します。先ほど黒峰さんに転送して頂いたデータを用いた細かい調整をします。高瀬さんも着いてきて頂けますか」
「了解です」
魔捜関係者への指示出しが終わると、螺旋は華火に向き合う。
「真山さんはこちらで、引き続き予知できたことがあれば最新情報の共有をお願いします」
「はい」
「……無理をなさる必要はありません。普段通りの予知をお願いします」
「ありがとう、螺旋さん」
華火が微笑む。あどけなさが残る表情だ。普段の振る舞いや口調、そしてその能力から忘れそうになるが――やはり子供なのである。高瀬や黒峰たちは、静かにその事実を噛みしめた。
「城戸さんは――そうですね、二階堂さんの指示通りになさって下さい」
『了解』
「では高瀬さん、行きましょう」
「はい」
螺旋がコートとバッグを手に取る。高瀬もコートを羽織った。
「それでは皆さん、お願いします」
ドアの前で魔捜部屋の一同を振り返って言うと、螺旋は高瀬を伴って部屋を出た。
「行ってらっしゃい」
黒峰とつづり、華火の声が重なった。城戸は口を開かず、螺旋と高瀬を見送った。
螺旋に連れられて高瀬が向かったのは、咲坂伶那の――特捜の外部機関とも呼べるというクリニックだった。
外観はごく普通のクリニックである。
自動ドアを抜けて院内に入るが、やはりこれと言って魔術的な要素は見当たらない。どこにでもあるクリニックに見える。
受付にいた女性が二人の姿を認め、会釈をしてから姿を消す。すぐに伶那がやって来た。白衣を纏っており、見た目は完全に医師である。
「螺旋」
いつもの強気な口調ではなく、普段よりやや抑制された静かなトーンだった。
「伶那さん――いえ、夕鷹さん」
螺旋は伶那を、その術名で呼んだ。
「深森夕鷹としての出番がこんな形で来るとはね――黒峰くんから送ってもらったデータには目を通したわ。とりあえず奥の部屋に行きましょ。高瀬くんも」
「はい」
伶那――夕鷹に導かれ、クリニックの廊下を進んでいく。患者の姿は見当たらなかった。看護師とは数名すれ違った――彼女たちもまた、何らかの能力者である可能性は否定できない、と、高瀬は思った。
クリニックの奥にある部屋には、カウンセリングルームと書かれたプレートが掛かっていた。室内は落ち着いた内装で整えられていた。座り心地の良いソファに促されたところで、
「本当はあんたの診察をしたいんだけど、まあ今はそのタイミングじゃなさそうね」
少しばかりいつもの調子を取り戻し、夕鷹は呟く。
「ヴェパールの出現は二日後の夜、と、予知されています」
「――あれも、現れる可能性が高いわけでしょ。師匠を――暁音さんを、喰った」
「……はい」
「――っ」
夕鷹の表情に一瞬、険しいものが浮かぶ。
その時のことを詳細には覚えていない、と螺旋は言っていたか。そしてその場には伶那――夕鷹も一緒にいた、と。夕鷹にも詳細な記憶はないのかもしれない。ただそのあまりに重い事実は今も、夕鷹を苛んでいるのかもしれなかった――もちろん、螺旋にとってもその事実は重くのし掛かっている。だからこそ二階堂が言っていたように――この件が絡むと危なっかしい、のだろう。高瀬は何と言葉を掛けるべきか判らず、黙っていた。その件に関して口出しできる立場でもないだろう。
「ちなみに螺旋、あれの――姿は見てないんだったわね?」
「全容は見ていません、が――腕は……子供のようでした」
「ちっ。あの時は、おっさんだったわよね?」
「少なくとも子供ではなかったはずですね」
「データにあった通り、魔術師を喰う度に若さを手にしていると言うのなら――」
夕鷹は吐き捨てるように、
「本っ当に――虫唾が走るわ」
「ええ、本当に」
螺旋はあくまで感情を乗せずに応じたが、その瞳に異様に冷ややかな光を湛えていた――これは彼女なりの怒りの表出だ、と、高瀬は読み取った。
「――悪神は、どの軸にも属さない独自の空間を造り出し、そこに棲んでいる可能性が高いです」
少し間を開けて――瞳に宿った冷たい光もやや弱めてから――螺旋は淡々と切り出す。
「ま、黒峰くんですらその情報を掴みきれないとなると、そうなんでしょうね。二日後の夜、例のビルだったわね?」
共有されたデータには、その辺りのことも記されていたようだ。
「はい。夕鷹さん、同行をお願いできますか。我々がその空間に踏み込まねばならなくなったとき――こちら側の世界との境界を守って頂きたいのです。魔術師として」
「判ったわ」
夕鷹は短く応じ、頷く。
「そちらの空間に踏み込む事態になれば――補助能力者である高瀬さんには危険度が高すぎるため、基準を満たす能力者である黒野さんと柊さんの同行が限界です。しかしお二人がそちらに取られれば――境界が危うくなります。その守護を夕鷹さんにお願いします」
「了解。あれが関わってるなら、その役目はあたしが負うべきだわね……けど、螺旋」
「はい」
「……あんた、無茶をするつもりじゃないでしょうね?」
夕鷹の瞳が鋭い光を帯びる。
「……羽佐間さん、自分も……ちょっと理解できてない部分はありますけど、かなり危険だろうってことは把握しました。何を――するつもりですか?」
高瀬も慎重に言葉を紡いだ。
「――その悪神のいる空間に、自分は――行けない、ということ、ですか?」
質問を重ねる。
「悪神を消滅させるのに必要なことは――私にできる範囲で行います。そうでなければ我々の世界が脅かされます。秩序の魔術師としての使命は――全うします」
「……ったく、まああんたらしいって言えばらしいんだけど。実際あれ相手となるとなると、あんたじゃないと――羽佐間螺旋でなければ手の打ちようがないのは確かね」
先に夕鷹の問いを片付けてから、螺旋は高瀬に向けて、
「悪神独自の空間となれば、完全な能力者でないとその存在を保てない危険性が高いのです。高瀬さんの補助能力は極めて有用ですが、悪神のテリトリーに踏み込むのは――自殺行為です」
「……羽佐間さんの魔力の磁場内にいても、ですか?」
「はい。補助能力者は、その精神性は一般の……非能力者に近いとされます。悪神のテリトリーに足を踏み入れた瞬間に――存在ごと消滅する可能性が極めて高いです。悪神は――名のある魔術師を、その霊魂すら残さずに喰ってきた存在ですから」
「っ――」
あくまで淡々と告げられた言葉に、高瀬の肌が粟立つ。
「……そんな、空間に」
衝撃は隠せないまま、それでも高瀬は言葉を探した。
「……羽佐間さんは、踏み込むつもり……なんですか……?」
「……はい」
「……羽佐間さんがそいつに……喰われない保証はあるんですか?」
「保証はありません」
「羽佐間さん!」
「……私に課された使命です」
螺旋は静かにそう応えた。
「ちょっと咲坂さん――深森さん、ですか、何とかならないんですか?」
「咲坂でいい。無駄よ高瀬くん。螺旋がここまで覚悟固めてる以上、行くなとか言っても無駄」
夕鷹は静かに言う。
「そんな――」
「まあだから、あたしも行くし、黒野さんとかはそっち側の空間にも連れてくでしょうから……とにかく、螺旋、あたしの仕事を増やさないでよ? あんたの死亡確認とかごめんだから。最悪のケースが発生した場合でも――必ずこっちに戻ってきなさい。姉弟子としての命令よ」
「――はい、夕鷹さん」
螺旋は頷いた。そして、
「高瀬さん、ヴェパールを確実に封印するためには、高瀬さんのお力を借ります。高瀬さんの物理干渉と私の魔力、両方を用います」
「……はい」
高瀬は危険な空間については納得しきれないままで、ヴェパールの件に関しては了承する。
「まずはヴェパールとの決着をつけます。今度こそ――確実に」
螺旋の双眸に、静かな光が宿っていた。その覚悟は――もう誰にも覆せないのだろう。高瀬はついに、理解した――せざるを得なかった。
「……はい」
「では夕鷹さん、詳細はまたご連絡します」
「判ったわ。こっちも準備進めとく」
「ありがとうございます。では高瀬さん、戻りましょう」
「はい……あの、羽佐間さん」
高瀬はある決意を胸に、切り出す。
「何でしょうか」
「あの、総務の朝倉さんに――魔法銃について伺いました」
「……はい」
「術式を埋め込むとかなんとか……それは――魔法銃は、ヴェパールに対して有効ですか?」
「そうですね、有効でしょう」
「……なら」
高瀬は一度大きく息を吐いてから、
「自分は魔法銃を携帯します。なので、それに埋め込む術式を用意して頂けないでしょうか」
一息で言いきった。得体の知れない魔法銃とやらに手を出す気はなかったのだが、螺旋や夕鷹、そして他のメンバーたちの覚悟に触れ、高瀬はその考えを改めたのだ。




