5 識見の魔術師
その後すぐに臨時室長会議が開かれた。
このところ各部署がそれぞれ待機状態を維持していたためだろう、会議は華火の予知からほぼ間を開けずに、各部署の室長が集まった。
もちろん高瀬たちはその会議に呼ばれることなく、螺旋が戻るのを魔捜部屋で待っていた。小一時間ほどして彼女が戻ってきたとき、二階堂、そして漆と智歩を連れていた。当然のように漆の猫たちも一緒である。
そしてもう一人、魔捜部屋に入室してきた人物がいた。真山華火である。同行を許可されたのだな、と高瀬たちは理解した。それはつまり、今回の現場にはつづりの同行も許可されたことを意味する。
再び魔捜部屋の人口密度が上がった。
「――と言うわけで」
螺旋が口を開いた。
「例のビルにヴェパールが現れる、という真山さんの予知を受け、ひとまず決戦の場はあのビルになりそうなのですが」
「ふふっ、悪神が関わっている以上、こちらの想定通りには事は運ばないでしょうね」
「……ヴェパールと悪神は……同時に現れると考えられますか? それとも、別々ですかね?」
高瀬が問うと、二階堂が応じた。
「何とも言えないけど……一遍に片が付くとは思えないねぇ」
やれやれ、と言った様子で肩を竦める。
「その辺はまだ僕にも視えない。けど……ヴェパールが現れるのは、二日後の夜だ」
華火が静かな口調で告げた。
「ヴェパール、及び悪神の危険性を考えて、記操、異次捜、それから未解――あたしも全面協力することになりました。よろしく」
会議の結果を高瀬たちに報告するように、智歩が言う。
「こちらこそよろしくお願いします」
黒峰とつづりの声が重なる。
「あ、多分いつものことだと思うけど、空管と情管、情分も全面バックアップに回ってるから、その辺も問題ないよ」
智歩は念のためという様子でそう続けた。
「心強いですね」
高瀬はどうにかそう口にするが、明らかにこれまでと異なる空気や華火の予知を受けて、ほぼ余裕はなかった。
「ふふ、独自の空間に棲んでいる悪神が関わっているとなると……魔術師だけの領分じゃないものねぇ。私の領域にまで喰い込んでくるなんて、さすがは悪神と言ったところかしら?」
漆は楽しそうに言いながら、二匹の使い魔を抱き上げた。猫たちはにゃあと声を上げる。見た目はごく普通の黒猫と白猫だが、何らかの力を秘めている猫にあらざるモノたちらしい。高瀬には猫にしか見えないのだが。詳しい理由を高瀬は知らないが――まあ大方の予想はつく――漆を毛嫌いしているフシのある華火は、何も言わずに漆と使い魔たちを険しい目で眺めていた。
「悪神の空間が、空間軸なのか、それとも次元軸か、時間軸か――それすらも特定できない以上、あたしの管轄でもあるわけだしね」
智歩が漆の言葉を引き継ぐ。
「……いずれはこのような事態も招き得ることを、全く想定していなかったわけではありませんが……いざここまで来ると……思った以上に厄介ですね」
螺旋はため息交じりに呟き、
「…………」
城戸と華火は無言でそれを受け取った。
「会議で作戦の大筋は決定したわけだけど……想定通りに通用するかって訊かれると、それは――否、としか言えないしね」
二階堂の口調には余裕があるものの、やはり先日から――目が笑っていない。いつもの軽薄な調子が、このところやや薄れている。
「あ、そだ、螺旋ちゃん、そろそろセンセにも連絡しとかなきゃじゃない?」
「……そうですね」
――ついに咲坂伶那が呼ばれるらしい。高瀬は短く息を吐いた。
「少し失礼します」
断ってから螺旋はスマートフォンを取り出し、伶那の番号を呼び出す。伶那はすぐに電話に出たらしく、螺旋は短くいくつかの単語だけ伝えて通話を終了した。そして黒峰に向け、
「黒峰さん、伶那さんにデータの転送をお願いします。Nのフォルダに全て入っていますので、そちらを」
「了解です」
応じた黒峰はすぐに端末を操作した。
「……よし、完了です」
「ありがとうございます」
「……はぁ、いよいよ動き出しちゃった感じですね」
つづりは少し元気のない様子で誰にともなく言い、
「けど、現場での華火ちゃんの安全は、わたしがテレポーターとして責任を持って守ります!」
いつもの明るさを取り戻して頼もしげにそう言い切った。
「お願いします、結崎さん」
螺旋も静かに頷く。
「真山さんの安全は我々全員で守りますが――最も近くでその安全を確保するのが、結崎さんになるでしょうから」
「お任せください!」
「つづりさん、よろしく」
華火が控えめな笑顔を見せた。十四歳という年齢相応のはにかみだった。高瀬はやや胸を打たれた。
「伶那さんも――当日は識見の魔術師、深森夕鷹として現場に呼びます。医師ではなく――魔術師として、です」
螺旋が静かに言い、全員が頷いた。それが伶那の術名であり、識見の魔術師とやらが、螺旋にとっての秩序の魔術師というような二つ名なのであろう。
「異例のことではありますが……魔術的、医療的両面からのサポートが必要になる可能性が高いので、これが最適解だという室長会議での判断です」
高瀬たちの疑問を解消するかのように、螺旋が事情を説明する。
「早乙女部長が、珍しくきっぱり断言したもんね」
智歩がため息交じりに言った。
「センセはあくまで螺旋ちゃんの協力者なわけだけど――まあ、状況がここまで来るとねぇ」
「ふふっ、まあ、そのための切り札だったわけでしょう? なら、ちょうど良いんじゃない? それでこそ切り札というものだわ、ふふふ」
華火の予知によれば、ヴェパールが現れるのは二日後の夜だが、既に緊張感は飽和している――しかしまだこれは、最高潮ではないのだ。
何とも言えない予感に寒気を感じるのは高瀬だけではないようで、黒峰もつづりも重い空気を纏っていることが覗える。華火も口を固く結んでぎゅっと手を握っていた。城戸は相変わらず無言だが、いつもより更に伏し目がちに壁にもたれている――その目に普段より重い光を宿して。
室長である螺旋、二階堂、漆、智歩は、高瀬たちに比べると落ち着いた様子ではあったが、余裕があるわけではなさそうだ。
「――では、二日後の夜に向けて……準備を始めましょう。二階堂さん、黒野さん、柊さんは一度それぞれの本部に引き揚げて下さい、そちらで指示することもあるでしょうし。真山さんは非科捜でもこちらでも、お好きな方にいて下さって結構です」
「じゃあ僕はここにいる」
「判りました。高瀬さん、黒峰さん、結崎さんにはこの後私から指示を出します。城戸さんは……」
螺旋が城戸に目を向けると、
「城戸もこっちにいな。何かあったら都度、テレパス飛ばして」
城戸の上司である二階堂が指示を飛ばす。
『了解』
城戸のテレパシーによる返事は、螺旋と二階堂しか受信できない。しかしそう頷いたことは全員に理解できた。
「それじゃ、螺旋ちゃん、僕は一旦記操に戻るよ。大筋は会議で決まった方針で問題ないね?」
「はい」
「じゃ、あたしも一度未解に戻ります。たけるんにちょっと演算頼まなきゃ。二日後には必要になるだろうし――そうそう、高瀬さん。たけるんも――十六夜尊くんも、時間軸に対する補助能力者なんだよ」
「――え?」
「この件片付いたら、仲良くしてあげて。たけるん、いい子だよ」
にこりと言って、智歩が魔捜部屋を退出する。二階堂もそれに続いた。
「……補助能力者、他にもいたんです、ね……?」
高瀬が螺旋に視線を向けると、彼女は静かに頷いた。
「はい。十六夜さんは高校生ですが、補助能力で柊さんの支援をなさっています」
「それはそれは……」
高瀬は何と返せば良いのか迷い――時間軸に対する補助能力、が、具体的に何を意味するのかも判らないのである――とりあえず頷く。
「ふわふわしてるけどすごい男の子でしたよ。十六夜参事官の弟さんです。ほら、この前の、数学の天才」
つづりが補足した――年末のヴェパールの件の際、そう言えば螺旋が姿を消した際にその予兆を拾ったのが十六夜少年だったか、と、高瀬は記憶を辿る。
「ふふ、青年、この事件きっちり片付けなくちゃね」
漆が童話の猫のような笑みを浮かべて言い、青年とは自分のことか、と高瀬が思い当たった頃にはもう、二匹の使い魔を伴って魔捜部屋から退出していた。




