4 華火が視た未来
それからしばらくの間、状況は動かなかった。
魔捜では螺旋や黒峰が中心となってヴェパールや悪神に関する情報を追っていたが、悪魔たちはその気配を掴ませなかった。
漆や智歩、二階堂たちも入れ替わり立ち替わり魔捜部屋に出入りしては、いくつかの情報交換を行っていたし、螺旋も他の部署に出かけることがあった。しかしその中にも決定的なものはないらしいのを、高瀬も感じ取った。
これまでと違って城戸がほぼ魔捜部屋に常駐しており、二階堂が過日言っていた通り螺旋の様子を注視しているらしい。
確か二階堂は――昔から、螺旋はこの件が絡むと危なっかしい、とか言っていたか。師匠に、そして叔母にあたる人物を喰われた、と言うのならそれも当然だろう。
有用な情報が入ってこない妙な静けさが、却ってその後に訪れる嵐を予感させている。
「はぁ……何だか嫌ですね、この空気」
つづりがぽつりとこぼす。いつも元気な彼女だが、ここ最近その活力にやや減衰が見られる。
「……ですね、ヴェパールも悪神とやらも、これまでの悪魔とは違うみたいですし。この一週間は何も動きがないのも気になります」
高瀬も頷きながら応じた。
「ヴェパールって一度封印はできてるんですよね? 紋章にはなったんですよね?」
「はい、それは確かです。けどあの手が――奪っていったんですよ」
「……紋章の形にまで封印できているのなら、奪われたところで大して問題にはならないはずなんだけど……背後にいるのが悪神だしねぇ……」
黒峰も参加してきた。
「螺旋さん、どう考えます?」
「……そうですね、あれが現在、どこまでの力を手にしているのかは判明しませんが……楽観視はできません。ヴェパールが紋章のままでいるとは考えない方が良いでしょう」
螺旋の声には相変わらず温度がない。
「……厄介」
それまで黙っていた城戸が、小さく短く、しかし聞き取りやすい声でそれだけ言った。全員が同意を示すために頷く。
「悪神の作成した空間に関する情報も、この数日全然得られないしねぇ。これ、どこまで強大になってるんでしょうね、その悪神」
「嫌だなぁ……」
黒峰の言葉に、つづりがあからさまに顔をしかめる。
と、つづりの端末に何か通知が届き、
「あ、ちょっと非科捜に行ってきます」
彼女はテレポーテーションで姿を消した。
十数秒後、
「戻りました、華火ちゃん連れて来ました!」
プレコグの真山華火を伴ってテレポーテーションで戻ってきた。空管所属のつづりが魔捜に常駐している理由の一つに、こうした緊急時のテレポート要員としての顔がある。
「……真山さん」
高瀬は僅かに不安をにじませた声でその名を口にした。
一週間ほど前、螺旋や二階堂たちが話していた。盤面が動く兆候は――真山華火がキャッチする。
「螺旋さん」
華火はいつにも増して真剣な面差しをしていた。
「――ヴェパールは、ヒトの姿に戻ってる。そして……あのビルに現れる」
「!」
あのビル。それは昨年末に螺旋とヴェパールが対峙した、あの廃ビルに違いなかった。
「それから、僕に隠そうとしてるみたいだけど」
「…………」
「もっとヤバいものが、ヴェパールを操ってる。そいつ、螺旋さんを、狙ってる」
「……そうですか」
螺旋はあくまで静かに応じる。
「螺旋さん――僕はまだ確かに子供かもしれない。けど、けどさ」
華火は歯がゆそうに絞り出す。
「――僕だって覚悟はしてる。こんな力を持って生まれた時点で――この力を受け容れた時点で……ちゃんと覚悟はしてるよ」
「……華火ちゃん……」
「僕も連れてってよ。僕を……置いてかないでよ」
「…………」
華火の目は真剣だった。螺旋も、高瀬たちも、それを同じように真剣に受け止める。
しばしの沈黙ののち、
「……真山さん」
螺旋が静かに口を開いた。
「子供扱いした結果として黙っていた訳ではありません。ただ――真山さんを守ることも、我々の大きな責任なのです」
「っ……けど、けどさ!」
「華火ちゃん」
黒峰も口を開く。
「次の時代を、僕たちは華火ちゃんに繋がないといけないし、その先を引っ張っていくのは華火ちゃんたちなんだ。そのためにも――僕たちは華火ちゃんを守らなきゃいけない」
「……けど、その未来に」
華火はやや泣きそうな顔で、
「――その未来に、螺旋さんがいないなんて、やだよ」
「……ちょっと真山さん、何を視たんですか」
高瀬が割り込んだ。
「羽佐間さんがいない、って、それ、どういう――」
「言ったろ、高瀬。ヤバいのが、螺旋さんを狙ってる」
「……螺旋さん」
表情を引き締めたつづりが、螺旋を向いた。
「危険が迫ったら、わたしが責任を持って安全圏までテレポートさせて、華火ちゃんを避難させます。ヴェパールが……それから悪神が現れるあのビルに、わたしたちも同行させてください」
「…………」
螺旋は数瞬黙って、思考を巡らせる。そして、
「……一度保留にさせて下さい。どちらにせよこの件は既に魔捜だけの案件ではありません。室長会議の開催を要請する必要があります。その場で――真山さんの件についても話してきます。問題なく各部署の連携が取れることが確認できれば――善処します」
「! ありがとう、螺旋さん!」
「まだお約束はできませんよ」
「うん」
「……真山さん、あなたは本当に……」
一旦視線を切って、やや目を伏せて小さく呟いてから、
「ありがとうございます、それでは真山さん、非科捜に戻って頂いて結構です」
また華火に目を合わせ、そう締めくくった。
「判った。じゃあまたね、螺旋さん」
「ええ、また」
華火が魔捜部屋を退出する。
「…………」
城戸はそれを見送ってから、螺旋に視線を向けた。テレパシーで何か伝えたらしい。
「……ええ、そうですね、城戸さん」
螺旋は城戸に向けて、短くそれだけ言った。城戸が何を伝えたのかは、高瀬たちには解らなかった。




