3 密かな繋がり
「これまで伶那さんには、あくまで一般人寄りの――術名を行使しない人間として協力者をお願いしてきましたが――この件に関しては、魔術師としての協力をお願いすることになるかもしれません」
「――センセが、ねぇ」
ある程度の事情を知っていたらしい二階堂が肩を竦める。口振りから察するに、面識もあるのかもしれない。記操室長であるのだから、二階堂は自分には想像できないほどの情報――記憶に触れているのだろう、と高瀬は思考を巡らせた。
「……特捜設立以来最大の案件になりそうだね」
二階堂はその言葉の重みを感じさせない調子で言って、
「ま、きっちり片付けて……それから食事でも行こうよ、螺旋ちゃん」
「悪神は片付けますが、食事はお断りします」
「あっはは、今日も即答だぁ。相変わらずつれないねぇ、そこが良いんだけど」
一種の様式美が繰り返された。
「……相変わらず凝りませんね、二階堂室長」
「うんうん。タフですよねぇ、鋼のメンタル」
「だねぇ」
高瀬とつづり、黒峰が小声でそんな言葉を交わす。
智歩は苦笑を浮かべ、漆は変わらず楽しげに童話に出てくる猫のような笑みを浮かべたままである。城戸は呆れたように嘆息した。
「――じゃ、ひとまず今後の大まかな方針は決定か。細かい作戦は……奪われたヴェパールの紋章と悪神について、もう少し情報が揃わないと何とも言えないのかな」
瞬時に切り替えた二階堂がそう仕切り、
「そうですね、こちらでも捜査は進めますが、真山さんの能力もお借りしないと盤面は動かないかもしれません」
螺旋が静かに引き取る。
真山――真山華火は、非科捜こと非科学捜査研究室所属のプレコグ、つまり予知能力者である。その能力のレベルは非科捜の複数名のプレコグの中でトップだが、年齢は若干十四歳、そして一人称に『僕』を用いる少女だ。正規の職員である。未だにそれについて高瀬に疑問が残っているが、やけに大人びた様子や高瀬に対する当たりがやたらとキツいことも加味して、高瀬はその疑問を胸の奥に仕舞っている。そもそも魔力だとか悪魔だとか超能力がごく普通に存在してしまっている時点で、常識というものはとっくに迷子になってしまっているのである。
「そうだね、これだけの規模になってきたんなら、兆候はほぼ確実に真山くんがキャッチするだろうし」
二階堂の言葉に螺旋は頷く。
「……ええ。彼女にあまりこういったことを背負わせたくはないのですが」
「ま、それは僕も同感だね。ホントよくやってるよ、真山くんは」
それを受けた全員が静かに頷く。高い能力を有しているとは言え、華火は年齢的には、まだ十四歳なのである。本人は子供扱いされることを嫌うが――実際、まだ子供なのだ。
「ふふ、まあそれも宿命と言ったところかしらね? とにかく、じゃあ、ここで一旦解散かしら?」
「……そうですね、進展がありましたら再度皆さんにお伝えします」
「了解です、じゃああたしは一旦未解に戻ります。ちはちゃんたちの調査も、一段落した頃かもしれないし」
「じゃ、僕も一度記操本部に戻るかな。ちょっと別件の指示をしてくるよ。城戸はこっちに残ってて良いから」
そんな言葉を残し、智歩と二階堂が退場した。それを見送った漆も、
「私も行くわぁ。素敵なノイズが増幅している場所があるから、ちょっと様子を見に行かなくちゃ、ふふふっ。さあ、クロエ、シャルロット」
何やら不穏な言葉を吐いてから、二匹の猫を伴って出て行く。
そして魔捜部屋には、いつもの常駐メンバーと、それから城戸が残された。
「――では、ヴェパールと悪神の痕跡を探すことにしましょうか」
螺旋の指示に、一同は揃ってはい、と応えた。
* * *
日比谷公園の北側に、その長身の男は立っていた。
黒いコートをはためかせながら、表情の浮かばない、しかしやけに整った顔立ちが中央合同庁舎第二号館の方を向いている。その青い目に感情は浮かんでいない。さらりとした金髪が、風にそよいでいた。
――男は先日紋章の形にまで封印されたはずの、ヴェパールである。
一度は紋章の紙片になり、羽佐間螺旋の右手の指の間に挟まれていたはずのその悪魔は、再びヒトの姿を取り戻し、東京の街に佇んでいた。
「…………」
ヴェパールは言葉を発しない。彼はヒトの言葉を話さない。
辺りを行き交う人々の中に、そのあまりにも人間離れした容姿に目を引かれるのかちらちらと彼を気にする者もいた。ヴェパールはそれを気にも留めず――実際彼は気付いていなかった――その視線を中央合同庁舎第二号館の方――警察庁のある場所へ向け続けている。
一陣の風が抜けた。
寒さの一番厳しい時期は抜けようとしているものの、やはりまだ風にそこまでの柔らかさはない。春まではもうしばらくかかる。
ふとヴェパールは警察庁方面から視線を切る。
「…………」
何かに反応するように頷くと、彼はその場からゆらりと姿を消した。
街を行き交う人々は、その異様な美しさを持つ男が忽然と姿を消したことには気付かなかった――彼にちらちらと視線を向けていたはずの人間たちも含めて、誰も。
そしてまた、街は何も――ヒトの形をとる悪魔のことなど何も知らなかったように、普段の喧騒を取り戻した。
* * *
人目につかない場所に、その車は停まっていた。
運転席に座っているのは十六夜参事官だ。その顔はいつものように、感情を浮かべていない。
後部座席には観月審議官と、もう一人の女性が座っている――警視庁捜査一課強行犯捜査五係所属の刑事、雨野怜香である。怜香は一介の女性刑事だと思われているが、そしてそう振る舞っているが――実は観月と、そして警察庁刑事局特殊捜査部と、密かに繋がりがあるのだった。
「――思った以上に適任だったようね」
女帝、観月がその異名に相応しい微笑を湛えて口を開いた。
「まさか能力者側だとまでは、思わなかったんですけど」
怜香は少し困ったような笑みを浮かべて応じる。
「ま、あなたの観察力には昔から目を見張るものがあるし――さすがは雨野怜香と言ったところね。最適な人選だったわ。担当をあなたに変えてみた価値があったわね」
「……それは警察庁刑事局審議官としてのお言葉ですか?」
「ふ、それもあるけど――昔なじみとしての意味合いも含めているわね」
「ふふ、ありがとうございます……高瀬くんを推薦したのは早乙女警視長の条件リストあってこそなので、私個人の手柄というわけではないですけど」
「…………」
二人の会話など聞いていないかのように――ここではそう振る舞うべきである――侍従長、十六夜は静かに座っている。
「……ですが」
怜香は表情を引き締めて言った。
「ここからが山場ですね。全てが問題なく解決すると良いんですけど……」
「そうね。羽佐間や黒野、柊に――二階堂。それから高瀬と――例の協力者、彼らに任せるしかないのだけれど……厳しいものにはなるでしょうね、間違いなく」
観月もやや表情を硬くして応じる。
「まあ、高瀬くんがそういうことなら、切り札にはなると思うんですけど」
「ええ。実際この数か月で状況はかなり動いているわけだし」
「――誰も命を落とさないことを願っています」
「――そうね」
「……では、私はそろそろ失礼しますね」
「呼び出して悪かったわね」
「とんでもないです。では、十六夜参事官も、失礼します」
「はい」
怜香が車を降りる。
「……では、観月審議官、戻ります」
「ええ、お願い」
侍従長は静かに車を発進させ、庁舎を目指した。
女帝は腕を組んで、窓の外を流れる東京の街に目を遣っていた。




