13
翌日。
魔捜部屋にはいつものメンバーと、記操の二階堂と城戸が集まっていた。つづりのテレポーテーションの誤差は、バシンを封印したことによって解消された。
「いやぁ、参ったよ。後処理に思いの外手間取っちゃってさ」
外国の映画俳優のように肩をすくめながら、二階堂がぼやいた。
「……アプローチ的には……広域認識処理の系統ですかね?」
相変わらず端末をいじりながら黒峰が問うと、
「そ。ネット上でもある程度拡散はされたからねぇ。けどまあ、ネットならネットで策はあるんだけど」
「情管もその辺りは専門分野の一つですからね」
何故かつづりが胸を張った。
「……帝和大学でもかなり騒ぎにはなってたはずですけど、そう言えば紗雪――妹、今朝は何も言ってなかったですね。昨日の朝はぎゃあぎゃあ言ってましたけど……」
高瀬が何気なく呟く。そう、紗雪は今朝、ペンケースの不審な動きのことなど忘れたかのように、バイトの話をしていた。
「はは、ちょっと力技になっちゃったかなぁ。こういうのあんまり好きじゃないんだけどねぇ」
二階堂はへらりと笑いながら応える。
「…………」
入り口付近の壁にもたれている城戸は、無言で目を逸らした。
「? こういうの?」
つづりがきょとんとしながら疑問を口にすると、
「あはは、二階堂さんって、力でねじ伏せるの嫌いですよねぇ」
軽い調子で黒峰。二階堂も同じ調子で頷きながら、
「そそ、まあねー。ほら、スマートじゃないし?」
「…………」
螺旋は何か言いたげにも見えたが、結局口は開かなかった。
「……にしても」
急にトーンを落とし、二階堂はいつもの軽薄な調子を消し去る。
「螺旋ちゃん、これまでと状況が違くない? そう言えばここに来る前に漆ちゃんに会ったけど――ノイズは消えてないってさ」
「……ええ、少々――厄介なことになってはいます」
螺旋はやや苦い口調で応える。
「…………」
壁にもたれたままの城戸は、静かに高瀬に視線を遣った。しかしそれには誰も気付いていない。
「それってさ、関係ある? こないだのと」
螺旋に向ける二階堂の目に、いつもと違う光が宿っていた。
「こないだの?」
意味が取れない高瀬やつづり、黒峰の声が重なったが、螺旋も二階堂もそれには答えない。悪神、か? それとも――別の何かか。
「――恐らくは」
螺旋は二階堂に向けてそれだけ言った。
「……やれやれ。何だかこのところさぁ――おかしいよね? 状況の加速具合が」
「…………」
口調だけは軽さを取り戻した二階堂の言葉に、しかし螺旋は応じずに沈黙を返す。高瀬はここで、城戸の視線が自分に向けられていることに気付いた。
「……城戸さん? 何か……?」
その言葉に釣られるように、黒峰もつづりも城戸の方へ目を向ける。
「ん? 城戸、どうした? んぁ? あー、なるほどね、補助能力か……」
「二階堂さん」
城戸から何らかのテレパシーを受け取ったらしい二階堂のそんな言葉に、螺旋は咎めるような声を刺した。
「……?」
補助能力、というワードから自分が関係しているらしいことを高瀬は察するが、何故螺旋がそんな温度を持つ声を発したのかまでは高瀬は解らない。
――自分の補助能力とやらが、何か状況を悪化させているのか?
一瞬遅れてそんな思考に到達したところで、二階堂はひらひらと手を振りながら、
「ああ、違う違う、責めてなんかないって。そうじゃなくてさ、やっと――動き出したってことだろ?」
「……ええ、そう見るのが自然かと」
「羽佐間さん……? この補助能力とかいうやつ、本当に問題には――」
「問題にはなりません。寧ろ――高瀬さんのお陰で、あの悪神に近付けそうです」
「……悪神――螺旋さん、まさか……」
「……!」
黒峰とつづりはそれぞれそんな反応を見せた。やはりある程度は、その存在を認識しているのだな、と高瀬は確信する。
「昨夜、ヴェパールの紋章が奪われたのも、あれの仕業でしょう――ついにこちらに直接手を出してきたということでしょうね」
「……それさ、つまり――あれ、螺旋ちゃんを――」
二階堂はそこまで言って、そしてそれ以上は続けなかった。二階堂が何を知っているのか、高瀬には読めなかった。
「……可能性は否定しません」
あくまで無感情に応える螺旋に、二階堂は苦い顔をする。黒峰も無言でやや視線を下に向ける。
「……無茶するなよ」
いつもと違う口調で、二階堂はそれだけ言う。
「約束はできません」
「おい――」
「あれがこちら側に干渉してくるのなら、我々が守るべきはこの世界そのものでしょう。私個人ではなく」
「っ――」
「……羽佐間さん?」
「ちょっと、何の話ですか? 螺旋さん?」
つづりと高瀬だけが、話を完全には飲み込めていないようだ――逆に言えば、二階堂も黒峰も城戸も、何かを知っているのだろう。
張り詰めた空気を緩めるように、二階堂はふっと息を吐いた。
「……ま、螺旋ちゃんならそう言うか。けど――一人であれと闘うのは許さないよ? 僕らは――秩序の魔術師、羽佐間螺旋を失うわけにはいかないしね」
城戸も無言のままで頷く。螺旋は一瞬だけ少しばかり面倒そうな表情を浮かべ、
「……善処はします」
「あーこれ信用できないやつだぁ。城戸、しばらく魔捜との連絡回数増やすよ。螺旋ちゃん無理してたら即報告」
『了解』
テレパシーで応じた城戸の言葉を受け取れるのは、この場では二階堂と螺旋だけである。
「高瀬くんも螺旋ちゃんから目を離さないようにね。この件絡むと昔から危なっかしいんだよねぇ螺旋ちゃんは」
「はい!」
「……二階堂さん、あなたに高瀬さんへの指示権限はないでしょう」
「まあまあ螺旋ちゃん、堅いこと言わない。じゃ、次の案件あるから僕はこれで。城戸はこのままここに張り付いてていいから」
「二階堂さん……」
螺旋はため息交じりにそれだけこぼす。
「さてと、次は……弓狩が適任か――けど昨日の負荷があるからなぁ、んー……」
顎に片手を当てて何やら呟きながら、二階堂はそのまま魔捜部屋を退出した。
しばらく場に下りた沈黙を破るように、
「けど螺旋さん、もし本当に――あれが直接手を出してきたんだとすれば……」
黒峰が言葉を選ぶように言う。
「ええ、できる限りの準備を整えましょう。こちらの想定がどこまで通用するのか、判りませんけれど」
螺旋の両目に、いつにも増して静かな光が宿っていた。
「はい」
城戸も含めた一同揃って返事をする。それから高瀬は、
「その悪神について、お話頂けるのはいつになりそうですか?」
正直昨夜から、その疑問が脳内の大半を占めていた。
「今日明日中にはお伝えします。結崎さんにも、必要でしたら城戸さんにも――黒峰さんにも」
最後だけ含みを持たせたことからしても、やはり黒峰は高瀬たちよりも事情を把握しているらしい。ただしその入手経路はグレーなのかもしれない――否、確実にグレーなのだろう。
この先に待ち受けているのであろう何か巨大な気配を感じつつ、高瀬はゆっくりと息を吐く。
螺旋も、黒峰もつづりも、そして城戸も、それぞれの場所でそれぞれの沈黙を抱えていた。
その日のうちに悪神についての話はなく、そして、それ以上空気が軽くなることもなかった。
しかし間違いなく全員が、無言のうちにそれぞれの決意を新たにしていた。
To be continued...
これにて第三章は完結です。
続いて2つ目の幕間「貪婪の悪神」の掲載を行います。
4つのエピソードのあと、終章(長いです)を掲載しますのでお付き合いくださいませ。
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